白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

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第3章 同族嫌悪も甚だしく

13話

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 庵が立ち止まったのは、校門を後にして数分後。秋の香りがより強く漂い、ほんのり黄色く染めた葉がハラハラと舞っている。その場所は少し前に、車が衝突事故を起こした銀杏の並木道だった。あのときは、まだ葉も色づいていなかったっけ。

「これだ」

「……?」

「これが、俺の本来の姿だ」

 庵が手を添えたのは、視界を占めていた銀杏の木。直ぐに納得できるほど、高い所で風に揺られる葉は彼の髪色とよく似ていた。

「じゃあ、ずっと傍にいたんだね。厘と同じだ」

 思わず笑みを零すと、二人は息継ぎまでぴったり合わせて「同じじゃない」と岬を睨んだ。そういうところが似てるんじゃ、と放とうとした言葉は寸前で呑み込んだ。

『岬、俺よく分からないんだけど、木がこいつに化けてるってこと?』

「化けている……というか、妖花っていう種類のあやかし?精霊?なんだよ。厘も庵も、他の植物とは違うみたい」

『ふーん、なるほどねぇ』

 まだ言い争っている二人を横目に、汐織と密かに言葉を交わす。あやかし、と言われても冷静さを欠かない彼に、岬は感心した。終いには『妖精みたいだね』と的を射た表現が好きだと思った。そんな彼の姿に、会ってみたいと思った。

「で、お前は何故化身として現れた。ずっと此処で眠っていたら良かったものを」

 厘は腕を組みながら庵を睨む。背丈は厘の方が高く、庵はそれが気に入らないと言った様子で丸い背筋を伸ばした。

「わかんねぇよ俺だって……ただ、覚えてることはある」

「覚えてること?」

「あぁ。この姿になった瞬間の出来事のことは、はっきり覚えてんだよ」

 庵は「これだ」と傍にある木を差した。並木道に植えられた、他のどれとも変わらない樹木。しかし庵にとっては、ひとつひとつ見分けがつくのかもしれない。

「コイツが蹴られてた」

「蹴られていた?誰にだ」

「通りすがりのガキだよ。珍しいことじゃねぇけど……ソイツら実を無理やり落として、終いには鼻をつまんで騒ぎやがった」

「ほぉ……それで、そのガキを追い払ったってわけか。お前が」

 厘は顎に手を当て、感心したように言った。

「……気付いたらこの姿になってたんだよ。だから、一発食らわしてやろうかと思った。野郎のくせに、女を蹴りやがって」

「女……?」

 岬は首を捻った。庵が見据える銀杏の木は女性・・ということなのだろうか。

「イチョウは雌雄異株しゆういしゅ。つまり、鈴蘭のような草花よりも性別が明確に分かれていてな」

「そうなんだ……」

『確か、実をつけるのはメスだけだった気がする』

 汐織の声が補足する。つまり庵は彼女・・を助けるために、人の姿になったということ。

「やっぱり、悪い人じゃない」

「……は?」

 正面で眉を顰める庵。隣を見上げると、厘も同じ表情をしていた。

「本当は、優しいよね。庵って」

 ……こういうところも、やっぱり二人はよく似ている。岬が笑みを漏らすと、庵は視線を逸らしながらほんのり頬を赤らめた。

「うるせぇ……」

 まるで、秋の身支度をする葉のように。
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