白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

文字の大きさ
15 / 50
第3章 同族嫌悪も甚だしく

14話

しおりを挟む
「お前……自分が今日何をされたか覚えていないのか」

 その夜は、いつもとは少し違う形で食卓を囲む。テーブルに肘をつく厘は、不機嫌そうに岬を見据えた。

「忘れたわけじゃないけど……」

「おぉ、これ美味いな。なんつーんだっけ、茶碗蒸す?」

 岬の声に被せた庵は、目を爛々とさせて厘を見る。

「……茶碗蒸しだ。阿呆」

「あぁ?阿呆だぁ……?」

 今夜は庵が一緒に食卓を囲んでいた。ホームレスさながらの暮らしをしている庵を案じ、岬が「一緒に夕飯食べない?」と誘ったからだ。
 厘が機嫌を損ねる理由は二人の不仲にあると知っても、厘の美味しいご飯を食べればきっと、と多少の希望を抱いたのも事実。しかし、早速瓦解しそうになるプランに、岬は汗を飛ばす。

「こっ、この茶碗蒸し、私もすごく美味しいと思う。銀杏も入ってるはずだよ」

 ピリつきそうになった空気を、どうにかぎ払った。

「実が入ってんのか?」

「うん、厘に頼んで入れてもらったんだ。私が、上手く作れればよかったんだけど……」

「カハハッ、お前見るからに不器用そうだもんな。非力だし」

 ゴツン———厘が庵に拳を降らせる。唾を飛ばしながらキレる庵を、厘はその額を押さえて冷静に動きを封じる。
 また、何かが彼の気に障ったらしい。岬は休まらない心に、茶碗蒸しの温かさを落とした。

「いいから大人しく食え。あぁ、もしや、共食いになることをうれいているのか?」

 眉を下げて意地の悪い表情を見せるのは、庵に限ってなのか、否か。少しだけこっちにも、と考える自分はどこかおかしいのだろうか。岬は自分を憂いた。

「残念ながら杞憂だな。そんな小さいこと俺は気にしねぇ。なんたって、お前よりも漢だからな」

「それは、雌雄異株の雄だから、という意味か」

「あぁ?他に理由なんてねぇだろうが」

「はん……岬を使って俺を誘き寄せるなど、雄々おおしさ皆無だけどな」

「……」

 反論、と思いきや珍しく黙り込む庵は、そっと岬の顔を覗き込む。

「悪かったよ。怖がらせて」

 そして、弱々しくそう言った。金色の髪から覗く彼の耳は、またしても赤い。同時に岬も、芯から温かくなったように感じた。

「ううん、もう平気だよ。……それより、どうして厘に会いたかったの?」

「その言い方には語弊がある。俺は別に、会いたかったわけじゃねぇ」

「じゃあどうして……」

「いわゆる、同族嫌悪っつーやつだ。とくにこいつはチャラチャラしていて気に食わない」

 言われた厘は、ツンとそっぽを向いている。どちらかと言えば、庵の身なりの方が “チャラチャラ” に等しい気もするけれど。と、着崩された制服を見据えて苦笑した。

「もうひとつ、聞いてもいいかな?」

「うん?なんだよ」

「庵はいつから学校にいたの?今日まで全然気づかなくって……」

『俺、知ってる。最初は分からなかったけど、たぶん一か月くらい前に現れた転校生だよ。こいつ』

 庵よりも先に答えたのは中の声。汐織は環央学園に棲みついた霊だ、と聞いていたので、諸々の事情を知っているらしい。

「へぇ……なるほどな」

「何がだよ」

 頷いた厘に、庵は眉間を狭める。やはり、庵には汐織の声が届かないようだ。

「えっと……もしかして、転校してきたの?少し前に」

「まぁ、そんなとこだ」

 今さっき仕入れた情報に狂いはなさそうだ。しかし聞けば、“転校生” というステータスは庵にとって相当に不本意なものだったらしい。

「人に変わってすぐ、目立たねぇように周りと同じ恰好をしたんだが……門の前でやたら偉そうな人種に捕まった」

 つまり、門番の先生に捕まってしまった、ということ。今朝見た光景と相違なく、映像が再生される。当時も、頭髪をしつこく注意されたのだろう。

「並木道を歩いていた生徒の、制服姿を模倣した……ってこと?」

「一日一食、飯の当てがあるのはいいが、学校生活っつーのは窮屈だ。俺にとってはとくに」

「術を掛けたのか」

「ふん、別に構やしねぇだろ」

 術———?
 首を捻る岬を、厘はじっと見つめる。庵よりも濃い瞳の色に、吸い込まれてしまいそうだった。思わず、喉を鳴らした。

「学校では多少なりとも身分証明が必要だろう。おそらく、こいつは教師陣に思い込ませたんだ。……転入してくる予定の生徒だと」

「それが、庵の術……?」

 使い慣れていないフレーズをたどたどしく紡ぐ。そういえば、厘も鈴を鳴らして———。

「大筋は合ってんな。お前に当てられんのは癪だが」

「衣服も即興で縫い上げたんだろ。妖術で」

「いかにも勘が鈍りそうな造りだけどな」

 犬猿ながらもテンポのいい会話を聞きながら、ああ、本当にこの二人は妖精みたいだ、と岬はしばらく呆けていた。


「庵。よかったら、今日はうちに泊まっていく?」

 同時に、高揚していたのかもしれない。庵を誘いながら、オーラを尖らせている厘の方へは向かないように気を付けた。

「まぁ……今日だけなら」

 言いながら、庵は奥に詰まっていた銀杏を口に含む。

「あ、うめぇなコレ」

 金色の長い睫毛が落とした影に、岬は柔く微笑んだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜

天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。 行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。 けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。 そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。 氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。 「茶をお持ちいたしましょう」 それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。 冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。 遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。 そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、 梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。 香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。 濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

エリート警察官の溺愛は甘く切ない

日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。 両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜

二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。 そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。 その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。 どうも美華には不思議な力があるようで…?

処理中です...