白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

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第5章 理性の破綻は著しく

20話

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 いつになく気分の悪い寝覚めだった。

「いってらっしゃい、厘」

「……」

 翌朝。両手足にかせをつけた岬の身体が、物憂げにこちらを見上げる。地べたで器用に足を折る。その窮屈な様に、胸は強く締め付けられた。

「精々大人しくしていろ」

 ……動揺するな。こいつは早妃であって、岬ではない。厘は懸命に言い聞かせながらアパートを出る。本来ならずっと見張っていたいところだが、仕方ない。せめて家から出ないよう、ああして手錠と足枷を施し食い止めるしか方法は無かった。
 監禁さながら。アレを宇美が見ていたとしたら、と考えるだけで悍ましい。しかしそれよりも、手枷足かせに縛られた岬の姿に、全身が粉々になりそうなほど脈を打った心臓が、なにより一番悍ましい。

「———あそこまでやるって、お前ムッツリってやつだろ」

 ボコン———。ため息を吐き出す最中、横から響いた嘲笑に、厘は拳を振り下ろした。

「……っ!痛ぇだろうがこの野郎!」

「ああ。すまない」

 淡々と心にもない謝罪を放ると、庵は解せない様子で「お前……実は俺より暴力的だろ」と後頭部を擦った。

「だろうな。お前は逆に猫を被っていないか? 殊更、岬の前では」

「っ、んなこと……あるわけねぇだろうが、」

 徐々に細くなっていく声が図星を物語っている。癪に障る。……だが、と厘は不満を飲み込み、咳を払った。

「まぁいい。今日は頼んだぞ、庵」

「言われなくてもわかってる……んなことより急なんだよお前、色々と」

 文句を垂れながらも、庵は銀杏の葉を取り出し、柄の部分を指に挟む。黄金色の扇をそっと唇に添える。

 ヒュウッ———。
 庵の身なりに似合わず、隙間から細く響き渡る。葉笛のように、一直線に音は往く。厘が鈴を鳴らすのと同じく、それは妖術の発動合図だった。


 ———遡ること、数時間前。

「……はぁ?憑依だと?」

 下弦の月が見下ろすアパートの上。厘は不本意ながら、庵に打ち明けた。岬の特異な体質と置かれている状況について、それはそれは丁寧に説いた。

「夢魔が憑いている。しばらくお前は離れて寝ろ。雄の強い者は奴の天敵だ」

「……別に平気だろ。今まで通り、屋根の上なら」

「駄目だ」

 お前が我を失い、岬を襲いだしたらどうするつもりだ。たとえ中身が早妃であっても、俺は容赦なくお前を葬るぞ。そう加えると、庵はようやく観念した。脅しではない、と嗅覚が働いたのだろう。

「……それで、どうすんだよ。いつ出てくるかわかんねぇんだろ」

「ああ。問題はそこだ」

 厘は腕を組みながら、瓦の上で広げられる器用な胡坐を見据えた。

「お前、何か妙案はあるか?」

「は?」

 仮にも葬ると放った相手に、一体何を頼るというのか。庵の表情はそう語っていた。

「一つは明日からの学校。通常なら欠席でも問題ないが、どうやらテスト期間らしい。あいつは特待生……つまり、テストを放れば困窮に拍車をかけるわけだ」

「……あのナリで勉強できんのか、あいつ」

「母親譲りだろう。記憶力がとくに優れている」

「気持ち悪ぃほど詳しいな、お前」

 ボコン———。厘は眉を持ち上げ、悪態をついた頭上に拳を食らわせた。

「で、本題は二つ目だ」

「華麗にスルーすんじゃねぇ!」

「手が滑っただけだ。喚くな」

「っ、……いつか痛い目見せてやる……」

 なんだ、やり返してこないのか、と一瞬目を見張り、先を続けた。

「もう一つは、その中身にいる夢魔をどう追い出すか、だ」

「あぁ?知らねぇよそんなもん」

「考えろ。岬の命に関わる」

 後半を強調すると、庵は頭を抱えて唸りだす。「命だぁ?」と何度も重ねながら、ため息も混じる。その様子は真剣と呼んでも相違なく、岬の名を出したのは正解だったらしい。

「……前者の方は、俺がなんとかできる。お前が協力すれば、だけどな」

 やはり、正解だった。

「なんだ」

「俺の妖術で、周りにお前を岬だと思わせる。……面倒くせぇが、できなくはない」

 そういえば、庵はその妖術で学園に居座れているのか。すっかりなじんだ制服姿を横目に、庵が転入した経緯を思い返した。

「俺のできる範囲は、姿と声色を刷り込むだけだ。つまり、岬に見えるかどうか……言動は全て、お前の裁量次第だからな」

「わかっている。問題ない」

 問題は、後者———夜風に当たりながらしばらく沈黙が続く。それを破ったのはまたしても庵だった。

「お前、鈴蘭だよな」

「……それがどうかしたか」

「なら、使え・・———」

 次に、庵の放った言葉が的を得ていたことは事実。厘は納得し、同時に眉間を摘まむ。妙案ならぬその “方法” とは、出来る限り、厘が回避したいと考えていた案だった。


 ——————……

「おい。もうかかってるからな、術」

「ああ。分かっている」

 案ずるな。岬の歩き方、食べ方、筆跡、何についても模倣は容易い。心の内で自負する厘を横目に、庵はほくそ笑んだ。

「感謝しろよ、俺様に」

「そうだな。だが、これは贖罪しょくざいに過ぎん。お前が岬にした所業へのな」

「……つーか、なんで縛ったんだよ。岬の身体、傷つけたくねぇんだろお前」

 都合が悪いときはすぐに話と視線を逸らす。不本意ながら、自分を見ているようで腹が立った。

「他の男に晒されるよりマシだ」

「ああ……まぁ、確かにな」

 珍しく素直な肯定にも同じく、腹が立った。
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