22 / 50
第5章 理性の破綻は著しく
21話
しおりを挟む岬に扮装した一日。四教科のテストに関してはもちろん、特段問題は生じなかった。全く支障は無かった。全く、だ。
「……お前、もう岬のフリすんのやめとけよ」
「なんだ。ついてきたのか」
帰り道。後ろを振り返ると、庵が苦虫をつぶしたような顔でこちらを見据えていた。「お前にはもて余す役割だった」「素人にも見抜かれる所業だ」などとぬかしていたが、聞く耳を持たなかった。
「明日には元に戻れるんだろうな?」
岬に扮する日々が続くことを、庵はよほど案じているらしい。厘は寄せたくなった眉を堪え、「まぁ、おそらく」と息を吐いた。
「煮え切らねぇな……。とりあえず俺はもうごめんだ。お前に術をかけるのはな」
クシャッ、と金髪を乱しながら放つ庵を横目に、思い返した。周りから敬遠されている岬の立ち位置。そして、妙に居心地の悪い教室の様子がこびりついたまま離れない。
乱暴な庵はともかくとして、温厚でお人好しな岬が孤立する理由に、心当たりはなかった。易々と苛立ちを覚えた。
「庵」
「……なんだよ」
「学校で、岬はいつも一人なのか」
今も、生けられていたときも。岬は毎夕、「ただいま」と朗らかな笑みを浮かべ帰宅する。そして、宇美も同じように目を細め、常套句をなぞる。
———『おかえり、岬。学校はどうだった?』
岬の答えは毎度具体的で、聴いているだけの間も情景が手に取るように浮かんだ。順序立ても、まるで準備を拵えたかのように、彼女は歯切れよく話した。
しかし、思えば確かに。周りの出来事についてはよく話していたが、自身を取り巻く手の話はほとんど無かったように思う。
「俺はクラスが違うからな。いつもかどうかは知らねぇけど……まぁ、一人だな。大体」
「だろうな。岬自身ではなく、周りが避けている。それは今日で痛感した」
いや “させられた” と言った方が正しいか。あいつの居場所は、少なくともあの窮屈な箱の中には無かったと言える。……ああ、そうか。だから “母親との極楽” を望んでいたわけか。
「お前、またなんかキレてんだろ」
「……キレてなどいない」
庵からの指摘に視線を背ける。存外、顔に思惑が出やすいのか、と口元を覆った。
「アッソ。まぁどうでもいいけど、……この後は絶対、上手くやれよな」
言われるまでもない———返答は固唾に飲み込まれる。アパートの下、庵は朝と同じように銀杏の葉を口に当て、音を響かせる。
午後二時、術の解除。
「庵、お前は念のため離れておけよ」
「ふん、偉そうに。分かってるっつーの」
「そうか。じゃあ、また明日」
まさか、庵にこんなセリフを吐くことになるとは。存外、腰が引けているのか……情けない。
厘は結んだ唇から笑みを零し、早妃の待つ1DKへ向かった。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
【完結】『左遷女官は風花の離宮で自分らしく咲く』 〜田舎育ちのおっとり女官は、氷の貴公子の心を溶かす〜
天音蝶子(あまねちょうこ)
キャラ文芸
宮中の桜が散るころ、梓乃は“帝に媚びた”という濡れ衣を着せられ、都を追われた。
行き先は、誰も訪れぬ〈風花の離宮〉。
けれど梓乃は、静かな時間の中で花を愛で、香を焚き、己の心を見つめなおしていく。
そんなある日、離宮の監察(監視)を命じられた、冷徹な青年・宗雅が現れる。
氷のように無表情な彼に、梓乃はいつも通りの微笑みを向けた。
「茶をお持ちいたしましょう」
それは、春の陽だまりのように柔らかい誘いだった——。
冷たい孤独を抱く男と、誰よりも穏やかに生きる女。
遠ざけられた地で、ふたりの心は少しずつ寄り添いはじめる。
そして、帝をめぐる陰謀の影がふたたび都から伸びてきたとき、
梓乃は自分の選んだ“幸せの形”を見つけることになる——。
香と花が彩る、しっとりとした雅な恋愛譚。
濡れ衣で左遷された女官の、静かで強い再生の物語。
エリート警察官の溺愛は甘く切ない
日下奈緒
恋愛
親が警察官の紗良は、30歳にもなって独身なんてと親に責められる。
両親の勧めで、警察官とお見合いする事になったのだが、それは跡継ぎを産んで欲しいという、政略結婚で⁉
バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました
美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?
後宮の手かざし皇后〜盲目のお飾り皇后が持つ波動の力〜
二位関りをん
キャラ文芸
龍の国の若き皇帝・浩明に5大名家の娘である美華が皇后として嫁いできた。しかし美華は病により目が見えなくなっていた。
そんな美華を冷たくあしらう浩明。婚儀の夜、美華の目の前で彼女付きの女官が心臓発作に倒れてしまう。
その時。美華は慌てること無く駆け寄り、女官に手をかざすと女官は元気になる。
どうも美華には不思議な力があるようで…?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる