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第6章 聖夜の夜は湿っぽく
24話
しおりを挟む針が頬を刺すような寒さの中、岬は白い息に高揚を込めていた。
「岬。これで合っているのか」
「うんっ。そのままバーを押して……ね、できたでしょ?」
チケットを機械に翳し、先導して入場ゲートをくぐった厘に追いつく。瞬間、目の前には別世界が広がる。クリスマス前だからか、リースやベルの装飾も園内を彩っていた。
「ほう。これが遊園地なるものか」
瞳に装飾を反射し、当たりを見渡しながら感心する厘。一度訪れたことのある岬も、さらに高揚が抑えられないでいた。
……それに今日は、二人きり。噛みしめて、今更頬が蒸気する。園内に響き渡るファンファーレを背に、岬は記憶を辿った。
──────……
「どこか出かけるか」
ちょうど、師走を駆けだす間際のこと。洗い物で冷えた指に息を吹いていると、唐突に影がかかった。
「え……どこかって、」
「好きなのだろう。出かけるのが」
影の主、上から覗き込む厘を見上げ、思わず目を見開く。岬は、と含まれる裏側に胸が締め付けられる。くるりと後ろを振り向くと、厘は視線を逸らして耳を染めていた。
「でも厘は、」
「悪霊の影響か、最近は憑依も落ち着いているだろう。いまなら邪魔され……いや、快適に気分転換ができると思っただけだ」
妙に饒舌な様子に違和感を覚えながら、首を捻る。それでも、受けた誘いに息は弾んだ。
「……いいの?」
厘はあまり好きじゃないでしょ?
彼の真似事のように、裏に込めながら尋ねる。しかし彼は「いい」と一言、横目で岬を捉えた。照れ隠しの手段は変わっていないようで、岬は思わず息を漏らした。
「そうしたら、庵も一緒に誘ってみようか? 私、いまから聞きに行っても──」
「ダメだ」
「え、わ……ッ」
玄関へ向かう岬の身体を、片腕でいとも簡単に引き戻す厘。反動で、後ろから抱き寄せる形になる。こういう仕草は本当に心臓に悪い、と岬は頬を赤らめた。
「な、んでダメなの……?」
ぬるい体温を感じながら、横目で厘を見上げる。どんな角度から見ても綺麗な表情が、羨ましい。今までそれほど気にしていなかった “容姿” や “格好” が、昨今、岬の心を乱すことも少なくなかった。可愛いと思われたい、なんて。
「二枚しかない」
「え?」
「二枚しかないから、ダメだ」
雑念の隙間。呆けた返事の直後、いきなり目の前に現れる紙切れ。厘が指の間で挟んだそれは、思いもよらない代物。
「えっ……これって、」
遊園地のペアチケットだった。
「お前のような娘が好むと、風の噂で聞いた」
再び、前へ差し出されたチケット。岬はもう一度その文字を読み上げる。間違いなかった。
「ど、ど、どうしたのこれ……」
たった一度きり、母に連れて行ってもらったことがあるが、もはや数年前の話。岬にとっては未知の世界に等しく、ともに羨望の対象でもあった。目は爛々と輝いた。
「当たったんだ」
「えっ、当たった?」
「スーパーの、懸賞に」
たどたどしく紡がれる厘の言葉に、岬は鼓動を速めた。
あやかしと人間───薄れない境界線。だからこそ、俗世に通じていく厘を見るほど、同じ世界に生きていると実感して心が叫ぶ。岬は二つの意味で舞い上がった。ああ。やっぱり、私は厘が……───思い伏せながら、岬はペンダントを握りしめた。
「私、行きたい。厘と行きたい」
──────……
<遊園地デートには、待ち時間という名の魔物が住んでいる>
雑誌に書かれた太字の見出しを思い出しながら、岬は隣を見上げる。
「ん、なんだ」
「う、ううんっ、何も……行こっか」
大丈夫、浮かれてない。
岬は心の内で “魔物” と “平常心” を交互に唱える。そうでもしなければ、二人きりで外出している状況に、恥ずかしいほど弾んでしまいそうだった。出来るだけ厘と温度を合わせて、同じ時間を共有したかった。
「体調に変化はないか?」
「うん。本当に、憑かれないみたい」
「そうか。しかし、油断はしてくれるな。いつ憑かれるか分からない」
「うん」
厘は至って普段通り。だから、絶対に隠し通さなければいけない。張り裂けそうなほど心臓がうるさいことも、端麗な横顔をこっそり盗み見ていることも。
風を切るコースターを頭上に、岬はドクドク、と脈を荒立てた。
「あれは、人が乗っているのか」
「え?」
「上の。蛇のような、」
「ジェットコースターのこと?」
「じぇ……なんだ、その奇怪な名は」
「奇怪って……」
真剣に眉を顰める彼の姿に、岬は笑いが堪えられなくなる。
「何がおかしい」
その様を見ながら放たれる言葉は、もはや常套句に等しい。岬は首を振った後、「乗ってみる?」と袖を引く。怪訝そうにこちらを覗くその表情さえ、愛おしかった。
「そうだな。試してみるのも悪くない」
そして案の定、その表情は『満更ではない』と読み取れた。
「じゃあ行こっか」
「ああ。こっちみたいだな」
素直でない言い回しも、たまに見せる眉を下げた微笑みも、甘さを与える唇も……全部、大好き。
心の内で、彼の背に呟いた瞬間、白髪がハラリと揺れて振り返る。肩が跳ねると同時、彼は「人波に呑まれるぞ」と、岬の手を引いた。心を読まれたわけではない、と胸を撫で下ろしながら、しかし伝う手の感触に、また鼓動を逸らせた。
「みて。あのカップル可愛い」
「えぇ?もうすぐクリスマスなのに和装だよ?」
「うん。でもさぁ、可愛いじゃん」
───厘以外は何もない。
擦れる葉の鳴き声、雑多な機械音、ファンファーレに喧騒も、全てが彼を引き立てる。故に、周りが「可愛い」と二人を微笑む訳など、知る由もなかった。
岬の手を引く厘の頬は、同じ薄紅色に染まっていた。
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