白の甘美な恩返し 〜妖花は偏に、お憑かれ少女を護りたい。〜

魚澄 住

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第6章 聖夜の夜は湿っぽく

25話

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 声をあげて笑う厘、なんて、都市伝説よりも伝説に近しいと思っていた。

「ハハハッ、やはり面白い。痛快だな。よし、もう一度乗るぞ」

「う、厘ー……」

 四度。ジェットコースターだけを乗り回し、これで四度目になる。蛇のようだ、と眉を寄せていたはずのアトラクションを、厘は偉く気に入ったらしい。声を上げて笑う姿なんて、初めて見た。

「どうした? 体調が優れないか」

 可愛いなぁ、と浸る反面、岬の三半規管は限界に達しようとしていた。

「ごめんね。……少し、座ってもいいかな」

 厘の手を借り、すり寄るようにベンチへ腰掛ける。……せっかく楽しんでくれているのに、情けない。岬はぐったり背をもたれながら、息を吐いた。

「水、飲むか」

「うん。……あ、あっちに自動はんば、」

 ポトポトポト───。
 言い掛けた直後、横で注がれる音に岬は目を丸くする。厘が手にしたのは、街で買ったプレゼント。彼の白髪のように、淵まで白く彩られた水筒だった。

「ほら」

「ありがとう」

 使い慣れた様子で差し出された、そのコップを受け取る。一体、どこに仕舞っていたのだろう。もしかして、ずっと懐に入れて持ち歩いてくれているとか……さすがに、自惚れすぎかな。岬は冷たい水を含みながら、期待を寄せた。

「どうだ、気分は」

「うん……少し、良くなったみたい」

 厘はいつもの調子で、動揺にも全く気が付いていない。しかし岬にとって、あの水筒が日常の一端になり得ていることが、何よりも幸せだった。

「今度は何を笑ってる」

「え?」

「お前は口元が緩い」

 言いながら、軽く口角をつまむ厘。その表情は先ほどまでのあどけなさから、色気に満ちた笑みへ移り変わっていた。

「……そう、かなぁ」

「そうだ。あまりヘラヘラしていると、変な男が寄りつくぞ」

 寄せられた肩に響く、少し尖った声。それさえも心地いい。同時に、初めて芽生えた感情の正体に、いよいよ気づき始めていた。

「厘はもう少し、笑ってくれたら嬉しいなぁ……なんて」

 彼の言う、ヘラリとした笑みはこういう感じだろうか。岬は語尾を弱めながら、照れを隠すように口元を緩めた。

「……俺には似合わん」

「そんなことないよ。さっきだって、」

「あれは……、忘れてくれ」

 厘は視線を逸らしながら口を覆う。先ほどまで人目も憚らずはしゃいでいたのに、我に返ると恥ずかしいのだろうか。その新鮮な反応が可愛らしくて、岬は思わず厘の肩に額を寄せた。
 直後、大槌を奏でる心音。初めて感じる “衝動” と “欲”。友人関係も、恋愛経験も積み重ねたことのなかった岬にとって、未知の領域だった。

「ん……どうした?」

 ノスタルジーへ連れ出す、鈴蘭の香り。頭上にふわりと被さる掌の体温は、湿っぽいその感情に拍車を掛けた。

「……好き」

「え?」

「厘、大好き」

 これ以上、何も欲していないのに。ただ隣に居てくれるだけで幸せなのに……どうして。瞳から、一筋の涙が零れる。
 母よりも大切なモノは何もなかった。でも再び、大切な人が出来た。温かくてぶっきら棒で、たまに口が悪くて、実はとても優しくて———涙が溢れるくらい、大好き。

 でも分かっている。厘にとって私は “使命” にすぎないのだと。岬は彼の口元から目を逸らし、幾度も首を振った。

「岬、」

「違う、違うの。ごめんね、厘。大好きだけど、違うの」

「何がだ。何が違う」

 低い声が、腹の底に響く。

「お母さんと同じように、大好きだって……そう言いたかったの」

 目を細めると、淡い視界にまたもやがかかる。厘がどんな表情かおをしているのか、怖くてとても見られなかった。嘘だと見抜かれ、彼の言葉の続きを聞くのが怖かった。
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