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第6章 聖夜の夜は湿っぽく
28話
しおりを挟む数分前まで見上げていたモミの木が、いまは視線の下で点っている。岬は不規則に揺れる小さな箱の中で、白い息を吐いた。
「コースターより随分遅い乗り物だな」
「ゆっくり、外の景色を眺めるための乗り物だからね」
正面で腕を組みながら、少し退屈そうな厘。対して岬は、二人だけの空間に高揚と緊張を隠せないでいた。
夜景を一望できる解放感と、数分間外へは出られない閉塞感が交互に訪れる空間。“観覧車” と呼ぶのだと教えたとき、厘は「車の要素はどこにある」と首を傾げていた。それが、ちょっとだけ可笑しかった。
「好きなのか」
ドクン。窓に張り付く岬の心臓は、唐突な一言に跳ね上がる。
「観覧車」
「え……なんだ……」
そっちか、と胸を撫で下ろす。息を整え、頷いた。
「私は好きだよ」
「そうか」
身動きひとつなく放ちながら、厘は散りばめられた光を見下ろす。反射した瞳も、パサリと揺れる白いまつ毛も、ただただ綺麗だ。岬の視線はいつの間にか、景色ではなくその横顔に釘付けていた。
「岬」
「はっ、い……」
おかげで、素っ頓狂な返事が飛び出す始末。厘はいつも兆しがなくて、少し困る。
「何が欲しい」
「え?」
「結局聞けていなかったからな。抱き着かれたせいで」
「……っ」
生き生きと意地の悪い笑みを浮かべる厘に、岬は顔を赤らめた。
火照る頬に手を当てながら、懸命に熱を冷ます。どうして厘はそんなに愉しそうなのだろう、と口を尖らせた。
「私は、もうたくさんもらってるよ」
「何も贈った覚えはないぞ」
「違うの、物じゃなくて……」
岬は口籠る。『この居場所だよ』———と。これまでなら他意なく伝えられていたはずが、詰まってしまう。恋心を自覚して、気恥ずかしさを覚えた。
「どうした」
厘は首を捻りながら覗き込む。岬は拳を握りしめた後、意を決して唇を割った。
「お母さんの、着物」
「宇美の?」
「……うん。着物を、着せてほしいの」
逡巡して出した答えは、夢に現れた母の着物姿。あながち出任せでもなく、最適解だった。
「着付け、ってことか?」
「うん。……あ、そうだ。この着物、厘は見たことある?」
人とあやかし———。
想いを正直に伝えたら、きっと厘は戸惑うに違いない。この居場所を失くしてしまうかもしれない。……もう、失くしたくない。邪念なく “敬愛” に変わるときまで。この恋心が消えるまで、私待つから。だからずっと、傍に居てほしいの……厘。
携帯の画面に写る母の姿を見せながら、岬はこっそり鼻を啜った。
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