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第8章 愛の行方は揺るぎなく
36話
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厘は口を固く結んだ。初詣の日。意識を失った後のことを、一度も話そうとはしなかった。
あれから早一ヶ月。眉間に皺を刻み、深刻そうに思い伏せている彼の姿は珍しくない。言われずとも、自分が瘤になっている、と岬はすぐに理解した。だからこそ詮索は出来ない。怖くて、とても出来なかった。
聖バレンタインデーを目前に、世間が甘い香りで満たされていくなか、ぎこちない日々が続いた。
「岬。いいか」
「……うん」
そんな最中で、キスは何故こうも懇切丁寧なのか。
岬は彼のぬくもりと香りを取り入れながら、半分嘆いて、半分溶ける。そして、勘付いた。精気とともになだれ込む吐息が、今まで以上に甘美であること。
「んぅ……」
"注ぐ" よりも "塞ぐ" イメージで、何度も、何度も。角度を変える必要はあるの、と問う間も与えず。厘はそうして、キスを懇切丁寧に愉しんでいるようだった。
「妙に赤くなるな。最近は」
カァァァ———。言われてさらに染めあがる。器用に持ち上がる口角から視線を逸らし、岬は口を尖らせた。
厘のキスがいつもより、今までより色っぽいのが悪いのに……。傍に居られるだけで十分。建前ではないはずなのに、時を経るごと、欲張りになっていく。詮索にも、危うく手を伸ばしたくなる。
「……厘」
「なんだ」
「最近、元気ない……?」
しかし稚拙で、こんな言葉でしか図れない。伸ばした手は赤子のものと見紛うほどに、稚拙だった。
「至って普通だ。……強いて言うなら、手足が多少冷えるくらいか」
低い体温が頭上にそっと乗せられる。同時に自分の頼りなさを痛感し、岬は肩を落とした。
汐織が憑いていたときと、全然変わっていないじゃない。……また何もできない。厘に頼るばかり。助けてもらうばかり。いつも私は、貰うばかりだ。
「ちゃんと、毛布被って寝てね。じゃあ……おやすみ。厘」
「ああ。おやすみ」
厘が現れたばかりの頃。「おやすみ」すら返してくれなかった厘から、こんなに溢れる想いを貰うことになるなんて。最初は夢にも思わなかった。
岬は、冷えたベッドに横たえながら体を縮める。厘が昼間に干していた布団を被ると、ふわり、日溜まりが香った。
「私……厘の居場所になれるかな。お母さん」
強くなりたい。彼の居場所になっていたい———。岬は天に馳せながら、薄い目蓋を静か閉じた。
厘がいつもの調子を取り戻したのは、またその数日後。立春を過ぎ、スーパーやコンビニに大量のチョコレートが陳列する様相にも、目が慣れてくる頃。
『俺も甘いものが食べたいなー。ねぇ、岬ちゃん。聴こえてる?』
バレンタイン当日には、内側から響く “新たな声” も脳に馴染んでいた。
三日前に憑いた飛沙斗。口調はともかく、声の高さや厚みが厘に少し似ていて、心地いい。たまに窺える吐息がかった声もそっくりで、その艶っぽさはとても心臓に悪い。脳に直接響くとなお、悪かった。
「うん……そうだね。今日はバレンタインだし」
放課後の生徒玄関。岬はローファーに足を沈めながら、顔を赤らめ微笑んだ。いつもなら周りを気にして声を潜めているところ。しかし今日ばかりは、その必要がなかった。
「どうしよう、やっぱり直接の方がイイかな……?!」
「他の人に見られたくないんでしょ?だったら、手紙添えて置いた方が賢明だって」
「そうだよねぇ、ハァ……置くだけなのに緊張する……」
女子生徒のほとんどはチョコレートを手に。男子生徒は手持無沙汰で、どうにも落ち着かない様子だったから。
『あーあ、いいなぁ。あの下駄箱に入れられたチョコ、俺にちょうだいよ』
「ダメだよ。皆んな、あげたい人が他にいるんだよ」
『えぇー。じゃあさぁ、このあとスイーツ食べに行かない?』
スイーツ———?
岬は魅惑的なその響きに、ソワソワと心を踊らせた。
あれから早一ヶ月。眉間に皺を刻み、深刻そうに思い伏せている彼の姿は珍しくない。言われずとも、自分が瘤になっている、と岬はすぐに理解した。だからこそ詮索は出来ない。怖くて、とても出来なかった。
聖バレンタインデーを目前に、世間が甘い香りで満たされていくなか、ぎこちない日々が続いた。
「岬。いいか」
「……うん」
そんな最中で、キスは何故こうも懇切丁寧なのか。
岬は彼のぬくもりと香りを取り入れながら、半分嘆いて、半分溶ける。そして、勘付いた。精気とともになだれ込む吐息が、今まで以上に甘美であること。
「んぅ……」
"注ぐ" よりも "塞ぐ" イメージで、何度も、何度も。角度を変える必要はあるの、と問う間も与えず。厘はそうして、キスを懇切丁寧に愉しんでいるようだった。
「妙に赤くなるな。最近は」
カァァァ———。言われてさらに染めあがる。器用に持ち上がる口角から視線を逸らし、岬は口を尖らせた。
厘のキスがいつもより、今までより色っぽいのが悪いのに……。傍に居られるだけで十分。建前ではないはずなのに、時を経るごと、欲張りになっていく。詮索にも、危うく手を伸ばしたくなる。
「……厘」
「なんだ」
「最近、元気ない……?」
しかし稚拙で、こんな言葉でしか図れない。伸ばした手は赤子のものと見紛うほどに、稚拙だった。
「至って普通だ。……強いて言うなら、手足が多少冷えるくらいか」
低い体温が頭上にそっと乗せられる。同時に自分の頼りなさを痛感し、岬は肩を落とした。
汐織が憑いていたときと、全然変わっていないじゃない。……また何もできない。厘に頼るばかり。助けてもらうばかり。いつも私は、貰うばかりだ。
「ちゃんと、毛布被って寝てね。じゃあ……おやすみ。厘」
「ああ。おやすみ」
厘が現れたばかりの頃。「おやすみ」すら返してくれなかった厘から、こんなに溢れる想いを貰うことになるなんて。最初は夢にも思わなかった。
岬は、冷えたベッドに横たえながら体を縮める。厘が昼間に干していた布団を被ると、ふわり、日溜まりが香った。
「私……厘の居場所になれるかな。お母さん」
強くなりたい。彼の居場所になっていたい———。岬は天に馳せながら、薄い目蓋を静か閉じた。
厘がいつもの調子を取り戻したのは、またその数日後。立春を過ぎ、スーパーやコンビニに大量のチョコレートが陳列する様相にも、目が慣れてくる頃。
『俺も甘いものが食べたいなー。ねぇ、岬ちゃん。聴こえてる?』
バレンタイン当日には、内側から響く “新たな声” も脳に馴染んでいた。
三日前に憑いた飛沙斗。口調はともかく、声の高さや厚みが厘に少し似ていて、心地いい。たまに窺える吐息がかった声もそっくりで、その艶っぽさはとても心臓に悪い。脳に直接響くとなお、悪かった。
「うん……そうだね。今日はバレンタインだし」
放課後の生徒玄関。岬はローファーに足を沈めながら、顔を赤らめ微笑んだ。いつもなら周りを気にして声を潜めているところ。しかし今日ばかりは、その必要がなかった。
「どうしよう、やっぱり直接の方がイイかな……?!」
「他の人に見られたくないんでしょ?だったら、手紙添えて置いた方が賢明だって」
「そうだよねぇ、ハァ……置くだけなのに緊張する……」
女子生徒のほとんどはチョコレートを手に。男子生徒は手持無沙汰で、どうにも落ち着かない様子だったから。
『あーあ、いいなぁ。あの下駄箱に入れられたチョコ、俺にちょうだいよ』
「ダメだよ。皆んな、あげたい人が他にいるんだよ」
『えぇー。じゃあさぁ、このあとスイーツ食べに行かない?』
スイーツ———?
岬は魅惑的なその響きに、ソワソワと心を踊らせた。
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