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フィリア編(1)
だから、言えることもある
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旦那さまは、どこにでもいそうな、害のない平凡な大人。いつも柔和な微笑を浮かべ、多弁でも寡黙でもなく、目を惹くような特徴があるようで、ないような……不思議な大人だった。
いつもは、風のようにふんわりとして、かみどころのない依頼主が、なんだかいつもとは違って見えた。
無精髭が剃られ、着ている服が日頃から身につけている旅装姿ではなく、初めて見る裾の長いローブ姿だったからかもしれない。
手にしている銀色の錫杖も初めて見るものだったが、旦那さまの手にしっかりとなじんでいる。
旦那さまの着ている服は、色鮮やかで派手なものではない。だが、裾や袖口、衿口には細かな刺繍が施され、上質な生地で仕立てられたものだというのがひとめでわかる。
まとっているマントのような外套も魔力が込められた上等なもので、旦那さまの瞳と同じ鮮やかな青色だった。
その威厳に満ちた別人のような姿に、一瞬だけフィリアは気後れしたものの、腹の底から大きな声をだす。
「落ち着つことなんて……で、できません!」
肩に置かれた手を振り払おうとするのだが、旦那さまの大きな手はピクリとも動かない。
フィリアの涙に濡れた目に、怒りの感情が灯る。
幼馴染みがものすごく怒っていることを感じ取ったギルは、気配を消してできるだけ両者を刺激させないように、静かに、ゆっくりと……後退し、フィリアとの距離をとる。
後退した先には煙突があったので、その陰にこっそりと隠れ、ふたりの様子を息を潜めてさぐることに徹する。
今のフィリアは怒りの感情に支配されていた。
なにに対して、誰に対して怒っているのか、本人にもよくわからないのだが、とにかく、怒りに我を忘れそうなくらい、フィリアは怒っていた。
旦那さまの言うことが本当のことなら、ここ数日間の苛つき、嫌な気分の核となる部分は『恐怖』だった。
その恐怖は、フィリアの大事な魂の片割れが体験していたものだ。
そのことに対して、フィリアはなんの疑問を抱くことなく、それを事実として受け入れていた。
それがわかったからには、じっとしていることなどできない。
魂の片割れの名前も年齢も、それこそ性別もわからない。
それでもなお、その存在はフィリアにとってとても大事な……地上のいかなる宝石よりも、至宝とよばれる宝よりも、価値があり、大切な存在である、と、フィリアの魂は感じ取っていた。
はっきりとわかる。
フィリアの魂の片割れは、フィリアに助けを求めている。現在もなお求めつづけている。
なぜ、今まで気づかなかったのか。いや、気づかないふりをつづけていたのか。
なぜ、もっと、じぶんの直感と向き合わなかったのか……。
なぜ、ここに留まり続けてしまったのか……。
すっかり怯えてしまい、恐怖に震えながらも必死に助けを求める魂の片割れを放置してしまったこと、助け出そうとしなかったこと……様々な後悔が、フィリアの心を苦しめる。
その感情は大粒の涙となって、次から次へと溢れ出てくる。
「フィリア、落ち着きなさい」
旦那さまの手に力がこもる。
「無理です。だって、だって……」
涙が止まらない。
力がない自分が悔しかった。
「フィリアがどれだけ傷ついて、どれほどの痛みを共有したのかは……わたしにはわからぬ。文献でしか知らぬが、ある者は、身を引き千切られる痛みを感じ取り、ある者は、魂が砕け散るほどの悲しみを味わったそうだ。きっと、おまえもそうなのだろう」
「…………」
「フィリアとフィリアの魂の片割れが今、どれほどの苦しみを感じているのかは、わたしにはわからぬ。だから、言えることもある」
旦那様は低く、甘い響きが残る声で「わたしが言っていることがわかるか?」とフィリアに語りかける。
フィリアはシャツの袖で濡れた顔を乱暴に拭うと、はっきりとうなずいてみせる。
「おまえは強くなろうと、けなげなほどによくがんばっている。早く大人になり、みなを救おうとがんばっている。だが、まだ、お前は十四だ」
「じきに十五になります」
「十四も十五も、まだまだ……。長い歳月を生きつづけるわたしにしてみれば、おまえなど、くちばしの黄色いひよっ子でしかない」
「…………」
いつもは、風のようにふんわりとして、かみどころのない依頼主が、なんだかいつもとは違って見えた。
無精髭が剃られ、着ている服が日頃から身につけている旅装姿ではなく、初めて見る裾の長いローブ姿だったからかもしれない。
手にしている銀色の錫杖も初めて見るものだったが、旦那さまの手にしっかりとなじんでいる。
旦那さまの着ている服は、色鮮やかで派手なものではない。だが、裾や袖口、衿口には細かな刺繍が施され、上質な生地で仕立てられたものだというのがひとめでわかる。
まとっているマントのような外套も魔力が込められた上等なもので、旦那さまの瞳と同じ鮮やかな青色だった。
その威厳に満ちた別人のような姿に、一瞬だけフィリアは気後れしたものの、腹の底から大きな声をだす。
「落ち着つことなんて……で、できません!」
肩に置かれた手を振り払おうとするのだが、旦那さまの大きな手はピクリとも動かない。
フィリアの涙に濡れた目に、怒りの感情が灯る。
幼馴染みがものすごく怒っていることを感じ取ったギルは、気配を消してできるだけ両者を刺激させないように、静かに、ゆっくりと……後退し、フィリアとの距離をとる。
後退した先には煙突があったので、その陰にこっそりと隠れ、ふたりの様子を息を潜めてさぐることに徹する。
今のフィリアは怒りの感情に支配されていた。
なにに対して、誰に対して怒っているのか、本人にもよくわからないのだが、とにかく、怒りに我を忘れそうなくらい、フィリアは怒っていた。
旦那さまの言うことが本当のことなら、ここ数日間の苛つき、嫌な気分の核となる部分は『恐怖』だった。
その恐怖は、フィリアの大事な魂の片割れが体験していたものだ。
そのことに対して、フィリアはなんの疑問を抱くことなく、それを事実として受け入れていた。
それがわかったからには、じっとしていることなどできない。
魂の片割れの名前も年齢も、それこそ性別もわからない。
それでもなお、その存在はフィリアにとってとても大事な……地上のいかなる宝石よりも、至宝とよばれる宝よりも、価値があり、大切な存在である、と、フィリアの魂は感じ取っていた。
はっきりとわかる。
フィリアの魂の片割れは、フィリアに助けを求めている。現在もなお求めつづけている。
なぜ、今まで気づかなかったのか。いや、気づかないふりをつづけていたのか。
なぜ、もっと、じぶんの直感と向き合わなかったのか……。
なぜ、ここに留まり続けてしまったのか……。
すっかり怯えてしまい、恐怖に震えながらも必死に助けを求める魂の片割れを放置してしまったこと、助け出そうとしなかったこと……様々な後悔が、フィリアの心を苦しめる。
その感情は大粒の涙となって、次から次へと溢れ出てくる。
「フィリア、落ち着きなさい」
旦那さまの手に力がこもる。
「無理です。だって、だって……」
涙が止まらない。
力がない自分が悔しかった。
「フィリアがどれだけ傷ついて、どれほどの痛みを共有したのかは……わたしにはわからぬ。文献でしか知らぬが、ある者は、身を引き千切られる痛みを感じ取り、ある者は、魂が砕け散るほどの悲しみを味わったそうだ。きっと、おまえもそうなのだろう」
「…………」
「フィリアとフィリアの魂の片割れが今、どれほどの苦しみを感じているのかは、わたしにはわからぬ。だから、言えることもある」
旦那様は低く、甘い響きが残る声で「わたしが言っていることがわかるか?」とフィリアに語りかける。
フィリアはシャツの袖で濡れた顔を乱暴に拭うと、はっきりとうなずいてみせる。
「おまえは強くなろうと、けなげなほどによくがんばっている。早く大人になり、みなを救おうとがんばっている。だが、まだ、お前は十四だ」
「じきに十五になります」
「十四も十五も、まだまだ……。長い歳月を生きつづけるわたしにしてみれば、おまえなど、くちばしの黄色いひよっ子でしかない」
「…………」
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