生贄奴隷の成り上がり〜堕ちた神に捧げられる運命は職業上書きで回避します〜

のりのりの

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冒険者ギルド編(2)

殺らなくてよろしいのですか?

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 トレスが強制的に退出させられたあとの執務室には、ギルド長のルースと、黒色に近い色のマントを羽織った男がひとりいた。

 マントの男は、トレスを【強制帰還】させると、なにごともなかったかのように、優雅な仕草でその場にひざまづく。

 トレスよりもひとまわりほど小さい。すらりとした肉体はとてもしなやかで、均整のとれた体つきである。静かで、隙きのないたたずまいであった。

 マントの裾は短く、腰丈くらいの長さだ。
 深めのフードを目深に被り、髪色はフードに遮られてよくわからない。
 顔の上半分を覆う黒い仮面が、さらに男の特徴と表情を隠している。

 闇に紛れた戦闘と、隠密活動を前提とした格好だ。動きやすさと気配を隠すことを重視した服も、マントと同系色。武器も地味でこぶりなものを携えている。

 ただ、マントといい、戦闘服といい、貴重な特殊素材が存分に使われ、目立たない色で、びっしりと防御と加護の刺繍がほどこされている。
 仮面にもうっすらと、魔法陣のような模様が刻まれていた。

 その姿は影のようであり、闇のような出で立ちである。

 突然、現れた存在に、ルースは慌てた様子もみせず、悠然と執務机に戻る。

 机の上に置いていた書類の束を手に取り、封筒に入れて封印をする。

「ヤマセ。先触れで、この書類をギンフウに届けておいてくれ」

 差し出された封筒を、ヤマセと呼ばれた仮面の男は黙って受け取る。

「あと、直接話したいことがあるから、面会の予約も頼む。遅くなってもかまわない。とにかく、夜明け前までには、なにがなんでもねじこんでくれ」
「承りました……」
「…………?」

 この場から動こうとしないヤマセを、ルースは怪訝な顔で見下ろす。

「なにか、言いたいことがあるのか?」
「殺らなくてよろしいのですか?」

 物騒な科白をさらりと言い放つ。
 晩御飯のオカズは何にしましょうか? という質問とかわらないくらい、軽々しい口調であった。

「……あのハーフエルフか?」

 ヤマセが小さく頷く。

「僭越ながら……。我々は、物心がついた頃から、いえ、母親の腹の中にいる頃から、帝国の剣として生きるように言い聞かされてまいりました」
「そうだな……」
「ですが、ハーフエルフもアレも、我々とは生きてきた道が違います」
「ヤマセは反対か?」
「……簡単に裏切る者は、簡単に裏切りを重ねます」

 一切の感情を排除したヤマセの言葉に、ルースは軽く肩をすくめる。

 机の引き出しの中から回復薬を取り出し、瓶を光に透かしながら、ルースは言葉を続けた。

「そうならないようにするのが、わたしの役目だ。ヤマセがわたしの下についたのは、わたしを補助するためではなかったか? それとも、ヤマセは、わたしにはできないと思っているのか?」
「いえ。決して! 決して、そいう意味ではございません!」

 少しずるい言い方ではある。
 だが、遅かれ早かれ、これは誰もが直面する問題で、ギンフウから与えられた課題でもある。

 五年前に失ってしまった力を取り戻すためには、相応の人手がいる。
 だが、騎士団が解体となり、表向きは帝国と縁を切った以上、帝国から人材は補充されない。自分たちで見つけてこなければならないのだ。

 手の中の回復薬をいじりながら、ルースは発言を続けた。

「今までのやり方で、わたしたちは負けたんだ。アレには勝てなかった。アレに勝つためには、あの時を上回る力が必要だ。だから、ギンフウは、新しいやり方を模索している」
「……はい。そのとおりです」
「わたしはギンフウに従い、ギンフウを助ける」
「はい」

 この気持ちは、誰もが同じである。
 ヤマセも同じ想いでいる。
 ギンフウを頂点とし、仲間たちの生命を奪ったモノに相応の報いを与える。

 それが生き残った者たちの悲願であり、生き続ける理由でもあった。
 揺るぎない。それこそ、仲間を一つにつなげる魂に刻みつけられた大切な想いだ。
 その混じり気のない純粋な想いの中に、異物が混じるのをヤマセはとても警戒していたのである。
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