母が田舎の実家に戻りますので、私もついて行くことになりました―鎮魂歌(レクイエム)は誰の為に―

吉野屋

文字の大きさ
14 / 46
第二章

4.石

しおりを挟む
 バスがJRの駅前に到着した。二人で連れ立ってホームに降りると、昇降口の近くにあるベンチに尾根山くんが座っていた。私達を見つけると、走って来た。

「待ってたよ。来てくれてありがとう!」

 尾根山くんの目の下にあるクマは色を濃くしている。ゲッソリ感が半端ない。大丈夫だろうか?

「おはよう尾根山くん」

「おはよう端宝さん。待ってたんだ」

 なんか犬感がある。尻尾が見えた。

 うーん、こんなにもあからさまに、人様から喜ばれた事がないので、感慨深い・・・。

 そんな私を残念なものを見る様に見ている百家くんの視線を感じた。

 なるほど、こういうのを以心伝心というのか。

「尾根山大丈夫か、眠れてないんだろう?」

 百家くんも同じように思ったようだ。けっこう優しいんだなと思う。私だったら同性の同級生に対してそう思っても口にはしないだろう。

「うん、眠れてないよ、家にいるのも怖いし、両親は心配そうな目で見るし、自分でも、もしかしたらおかしいのは自分じゃないのかと思いはじめてさ」

 ああ、かなり追い詰められている。こういうのは、の思うつぼになるのだ。

「尾根山くん、『霊』はね、弱ってる心に吸い寄せられるんだよ。弱みを見せるな」

「えっ」

「私なんか、見えても見えない振りしてるんだよ。気付いてもらえるとついてきたりするから」

「ええっ、そうなの?」

「そうだよ。事故現場なんかで、軽い気持ちで手を合わせたりしたら、憑いてくる事だってあるんだからね」

 思わず腰に手を当てて説教モードに入ってしまった。

「う、うん。そうか、気をつける」

 ちょっとはカツが入ったみたいだ。まあいいか。

 うすぼんやりと、何かが纏わりついていたけど、晴れたようだ。

「じゃあ、行こうか、二人とも早く先を行って」

「端宝って、こういうキャラだったのか。面白いな・・・」

 百家くんがしげしげ眺めてくる。

「早く行ってよ、チャッチャと済ませるんだから」

「ハイ、ハイ」

 駅から信号機を渡って、右手に歩いて行くと、昨日行ったスーパーが見える。それを通り過ぎてから5分位あるいて、今度は大きな十字路になっている交差点にさしかかる。

 ここは良くない場所で、たくさん浮遊霊がいる。事故も多く昨年も立て続けに酷い事故が起こっていらしい。

 事故が起こるのは大抵同じ場所だ。同級生の話だと、どうしてそうなったんだろうか?と思う様な事故なのだそうだ。

 特に、事故の有様が酷く、自転車とトレーラーの巻き込み事故では首が転がったのだ。一生のトラウマになる事は間違いない。

 そんな交差点を正面に見ながら、左折するとこの町を代表する綺羅里橋に向かう道に出る。

 まだ新しく、巨大なワイヤーが特徴の美しい景観のつり橋を渡り川向うに歩く。

 もともと使われていた昔の橋がもう少し向こうに見える。

「・・・」

 どうやら、最近あそこで首を吊った人がいるようだ。

 百家くんも同じ方向を見ていた。

 
 それから10分位で、尾根山くんの家に到着した。川の側道からすぐ近くの家だ。

 綺羅里川は昔から氾濫を起こす大きな川で、昭和初期には町全体を水没させるような大きな水害が起きている。

 その為、その後大がかりな川の造成工事が成されていた。

「そぐそこから川に降りられるようになってる。下はちょっとしたキャッチボールとか出来て、釣りなんかも出来るよ」

「じゃあ、お昼はコンビニで弁当かパン買ってそこで食べようかな」

「お前、もう昼の事考えてるのか」

「大分歩いたし、もう朝ごはんは消化したよ。喉も乾いた」

 そう言って家の前で水筒のお茶を飲む私を、百家くんは呆れた目で見ている。

「じゃ、じゃあ、家の中にどうぞ」

「ちょっと待って、一応外から視せて」

 ぐるりと外を周ってみた。まだ引っ越して間もないし、飾り気のない庭だった。

 人が住まなくなってから時間が経っているのだろう、枯れた感じだ。

 それから、尾根山くんに案内されて、玄関に入った。

 家に入って直ぐに、どぶ臭い、死臭がする。そう思った。

 一階の幽霊が出たという座敷を見た後、二階にも上がった。

 二階には、尾根山くんの部屋ともう一部屋使われていない空き部屋がある。

 尾根山くんの部屋の中には居なくてよいものが、確かにいたのだ。

 部屋の隅に立って居る。

 でも、私は気付かないふりで他を見回した。どうせ『アレ』には何も出来はしない。

 それにしても、尾根山くんの家の『何』なのだろうか?

 家に入って感じたのは、それは『家』自体に憑いているのではないという事だ。

 多分、この事が起き始めた原因は、尾根山くんが何かしら関係しているはずだ。

 

 尾根山くんは几帳面な性格らしく、部屋の中は綺麗に整理整頓されていた。

 スケッチブックや画材が部屋に置いてある。そういえば、学級委員長は美術部の部長だと聞いた事があったなと思い出した。

 衣裳ダンスの上にはアクリルのホビーケースが並び、中には趣味の物が飾られている。それを見ながらふと思った。

「・・・あのさ、尾根山くん、引っ越した日に前の川から何か拾って来なかった?」

「えっ、・・・ああ、そういえば・・・。何でわかったの?」

「そうじゃないかと思って。それを見せて。この部屋の何処かにあるんでしょ?」

「あ、うん。ちょっと待って」

 尾根山くんは、押し入れの襖を開けて、段ボール箱の上に置いてある紙のお菓子の箱を取り出した。

「ああ、開けなくていいよ。そのままで聞いてね。その中には同じような物ばかり入ってる?」

「えっ、ああそうだよ」

「じゃあ、それごと持って外に出て」

 そう言われて、尾根山くんは顔色を変えてだまって箱を持って外に出た。

 百家くんは、何も言わずについてくる。

 思った通り、アイツもついて来た。

「それ、あった場所に還すから、他の奴も一緒にね。だからあの日に拾った場所まで行こう」

「うん」

 川の側道まで歩き、工事で造成された川の中にあるグラウンドの場所まで降りる。

 流石、一級河川なだけあって、広い。

 このグラウンドも、大雨などが続くと増水した川の中に沈むのだ。今は水量も少なく、川の中には大小の丸く削られた川石がゴロゴロとしている。

「ここだよ」

 尾根山くんは水草が生えて、石が多く転がっている浅瀬を指差す。

「じゃあ、全部そこに流しちゃって」

「うん、わかった」

 菓子箱の蓋を開け、中に入っている大小の川石を水の流れに落とした。

 憑いて来たものが、すうっと吸い込まれるように流れに混じっていった。

「その箱もそこで燃やすから、置いて」

 一応、墓参り用の線香一束と、マッチを持って来たので、包んでいた新聞紙を丸めて火を点ける。線香の束も一緒に火を点けて、全てが燃え切るまで見てから残った灰に水をかけた。

「さあ、一応終わった。あとは百家くんに任せる」

「分かった。じゃあ、とりあえずまたドーナツでも食って、一旦神社に帰ろう。今日は尾根山は家に泊まる事になっているし。神社で祖父ちゃんに『家の魔除け』を作ってもらうよ」

 その方がいいだろう。地縛霊や浮遊霊の侵入を防いでくれる護符だ。それなら本人にも霊符を持たせておいた方が良いかもしれない。もともと、尾根山くんは憑かれやすいタイプなのだと思う。

「そう。じゃあそうして」

「お前は来ないの?」

「何で神社に行かないといけないの?」

「お前、本物の霊符を見たいって言ってたじゃないか」

「・・・うん。まあ」

 そう、本物を見て見たい。じゃあ行こうかな、まだ昼前だし。

「ああ、なんかすっきりした。もう大丈夫なんだよね?。でも、どういう事なのかよく分からないから、さっきの事、教えてくれないかな?」

 尾根山くんは、やけに安心したようにいうので、そうだ、彼にも釘を刺しておかないといけないのだと思い出した。

「尾根山くんは、『石を拾って帰ってはいけない』っていうのを知らないんだよね」

「えっ、そうなの?」

「部屋にストーン・ペインティングされた綺麗な石が置いてあったから、知らないんだと思った。だから、引っ越した時にも、さっきの河原で石を拾ったのじゃないかと思ったの。部屋の中にいた霊も、水難で亡くなった人みたいだったし。この綺羅里川は昔から今にかけて水の事故が多い場所だから、気をつけてね」

「部屋にいたの?」

「うん」

 尾根山くんは今更顔色を悪くしている。やっぱりあの時、言わなくて良かった。

「なるほどな、俺にはそれほどはっきりとは分からなかったけど、黒いモヤモヤは視えた」

「石は拾ったらダメ。山でも川でも道端でもね。石は『依り代』になりやすいから、憑いている事があるの」

「そうだったんだ。もう石を拾ったりしないよ」

「うん、特に尾根山くんはそういうものに憑かれやすいタイプだと思うから、出来れば百家くんに、個人が持ち歩ける霊符も作ってもらった方が良いかもね。それに今日は神社に泊まるなら、結界を潜るからいいね」

「う、うん。そうなの?良かった」

 あんまりわかってなさそうな尾根山くんだけど、百家くんがいるから大丈夫だろう。

 スーパーで、ドーナツを食べてから、またJRの駅まで歩き、バスに乗って村に帰る。

 男子二人で二人席に座ってもらい、私は一人でその後ろの窓側に座った。

 途中道の駅で、あのお兄さんがパン屋さんで働いているのが見えた。

 いつもなら、ここで降りるけど、今日は神社に行くのでそのまま乗って行く。

 

 うん、元気そう。

 お兄さんが元気だと嬉しい。

 
 あ、今日は、携帯でおじいちゃんに神社に迎えに来てもらうように連絡しないといけないな。

 そう思った。


 



 




 


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

25年の後悔の結末

専業プウタ
恋愛
結婚直前の婚約破棄。親の介護に友人と恋人の裏切り。過労で倒れていた私が見た夢は25年前に諦めた好きだった人の記憶。もう一度出会えたら私はきっと迷わない。

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

婚約破棄したら食べられました(物理)

かぜかおる
恋愛
人族のリサは竜種のアレンに出会った時からいい匂いがするから食べたいと言われ続けている。 婚約者もいるから無理と言い続けるも、アレンもしつこく食べたいと言ってくる。 そんな日々が日常と化していたある日 リサは婚約者から婚約破棄を突きつけられる グロは無し

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

処理中です...