上 下
8 / 8
第一章 異世界に降り立つ!

08発目 異世界の大国 アッティア

しおりを挟む
 朝を迎えた俺たちは、軽い身支度を済ませてから、キーシャ村を後にした。

 隣を歩くエレーヌはあの後も泣きっぱなしだったのか、れた目を隠しきれていない。

「天気が良くて助かりましたねー!」
「そうだね」

 しかし、無理にでも元気な様子を俺に見せてくれている以上、俺の方が変に意識しても仕方がないだろう。

 それと言葉遣いなのだが、俺は敬語じゃなくても良いって言ったものの、なんだか少し落ち着かないとのことらしく、気がついたらこんな風に戻っていた。

「それで、ここからどうするつもり? このあたりに何があるのか、何も知らないんだけど……」

 こう言ってはなんだが、エレーヌは田舎の村娘、彼女も恐らくあまり色々と広い世界を知っているようには思えないのだが……

「それなら、心配しなくても大丈夫ですよ!」
「……?」
「ほらコレ!」

 そう言ってエレーヌは両手で何かを広げて、こちらに見せてくる。

 これは地図だろうか?

「実はこの地図、村長がいつか村を出るときのためにって、私と妹のために用意してくれてたんです!」

 この世界について知るためにも、地図なんかは最初に探さなければいけないと考えていたため、ここでそれを手に入れられるのはかなりデカい。

「大陸全土を示した地図なんて、珍しくて高価なモノなのに、村に行商人がやって来た時に買ってくれてたみたいなんですよ」

 皮で作られたこの地図が高価だと言っているあたり、この世界は製紙技術や印刷技術といった部分は発達していないんだろう。

 技術的には前の世界と比べて相応に低いと考えるべきか。

「村長さん、良い人だったんだね」
「はい……」

 何気なく呟いたのだが、その言葉にエレーヌの表情が少し曇るのがわかる。

「ダメダメ、暗くなっちゃった! そうじゃなくって、これがあれば少なくても道に迷ったりすることはないんで安心していいってことですよ!」
「別に、私の前でも、少しぐらいは落ち込んだっていいんだよ」

 そこまで気を使われると、こちらとしても少し申し訳なってしまうし、落ち込むところは落ち込んでくれて構わないのに。

「そうはいきませんよ。せっかく私は生き残れたっていうのに、いつまでも落ち込んだままだと、死んでしまった皆んなに逆に申し訳がたたないんです!」

 そう思って言ったのだが、やっぱりこの子は優しくて、そして強い子だ。

 ともかく、俺が心配しすぎるのもそれはそれで逆効果な気がするので、今は別の重要なことについて考えよう。

「なら、これからどこに行くか決めないとね」
「はい、そのことなんですけど、私としてはこの村から西の方角、シナの森からもっと進んだところにある、アッティア王国に行ってみるのが良いと思うんです」

 そう言って彼女が指さすアッティアという国を見てみると、そこはシナの森から少し進んだところにあるのがわかる。

「確かに、そこがここから一番近い都市みたいだね」
「はい、本当だったらシナの森を迂回うかいしていかないといけないので、時間がかかるんですけど、今なら森のあったところを通り抜けられますし、歩きでも半日もかからないうちに着きますよ」
「この距離なら、確かにそれぐらいか」
「けど実は、私がそこが良いって言ったのはそれだけじゃないんです!」
「うん?」

 それだけじゃないって言うと、何か他に行くといいことでもあるのだろうか?

「この国は、資源も豊かで経済も軍事も何もかもが発展した大国なんです!」
「大国…… 確かになんだか凄そうだね」
「そうでしょう? それに来るものを拒まない大らかな国柄だと言いますし、小さい頃から行ってみたかった場所でもあるんですって!」

 村で育ったエレーヌの夢の一つでもあり、俺にとっても色々と情報を得られそうな場所。

 となれば……

「決まりだね」
「はい!」
 

---


 時間は過ぎて夕暮れ時。

 半日近くほとんど同じ景色を歩き続けて、体力よりも、精神的な疲れが誤魔化しきれなくなりだした頃。

「着きましたね、アッティア!」

 俺たちは、目指していたアッティア王国に到着した。

「この壁…… 凄い高さだ」
「魔族や魔獣から国を守るために、こうやって壁を建てて守りを固めているそうですよ」
「けど、どこから入ったらいいんだろう?」

 まさか今からこの何十メートルもありそうな壁をよじ登れ、なんて言わないよな?

「地図を見るに、このあたりに東門があるはずなんですけど…… あ、あそこから入れますかね?」
「わからないけど、誰か立ってるから聞いてみようか」

 エレーヌの指さす方向を見ると、そこには小さな門の前で、鎧を身につけて槍を持つ、まさにRPGで見たことのあるような兵士が一人。

「あのー」
「なんだお前らは?」
「中に入りたいんですけど、大丈夫ですかね?」

 その兵士に声をかけてみたのだが、聞いてた話より歓迎ムードではなさそうな……

 エレーヌはああ言ってたけど、本当に大丈夫か?

「中に入りたい? それなら通行証を見せな」

「通行証……?」
「……?」

 エレーヌの方を見ても、なんのことだかわかってなさそうだ……

 俺はまだこっちに来て数日だって言うのに、そんなもん持ってる訳がない。

「商会連合や冒険者ギルドに所属しているのなら 、そちらの登録証でも構わんが」
「ああ、登録証、登録証ね……」
「そうだ」

 まあしかし、ないと入れないといのであれば、やるしかあるまい。
 未成年が酒やタバコ買おうとするときに、よくやるあれ

「すみません、持ってくるの忘れたみたいで……」

 必殺、俺は成人だけど、免許証今日は家に忘れちゃいました作戦!

「お前ら、元々持ってないんだろう!」
「す、すみません!」

 この作戦が、通じないだと……

 いやまあ、前の世界でも通じたことないけど

「まったく、牢屋にぶち込まれたくなかったら、さっさとこっから引き返しな」
「ちょっと待ってください! この国は豊かな資源と経済力で、来るもの拒まずの国だと聞いてきたんですが、こういう検問は普段からしてるんですか?」
「そうです、私達ここから東にあるキーシャ村ってところから来て、ここ以外だともう日が暮れるまでに歩いて行ける国がないんですよ!」

 俺たちは必死に訴えかけるが、エレーヌの言葉に兵士が微妙な面持ちになる。

「東の村から来ただって?」
「はい、そうですけど、それが何か?」
「お前達、知らんのか? 数日前に、ここから西の平地を抜けた先に広がるシナの森、小さい森だとは言え、それが何らかの力で一瞬にして消し飛ばされたということを」
「シ、シラナイデスネ」

 例のごとく、俺には心当たりしかないのだが……

「えっと、その頃には私達はもう村にはいなかったので気がつきませんでした……」
「アレに気が付かんとは、おかしな奴らだな」

 まあエレーヌが上手く取りつくろってくれたので良しとしよう。

「ともかく、それを魔族による何らかの攻撃、ないし威嚇行動として事態を重く見た国王陛下は、現在国内外からの人の行き来を制限しておられるのだ」

 魔族による攻撃…… 威嚇行動……

 アッティアまでの道中でエレーヌに、魔族や人間と魔族の関係についてある程度は聞いていた。
 そのため、魔族があまり良いものでもなく、それと人間の関係性が良好なものでないということはわかっていたが、まさかそれと俺のやらかしが上手く作用して、こんな形で足止めを喰らってしまうとは……

 しかし、ここを通れなければ、俺たちは無駄足を踏んだばかりか、何があるかもわからない寒空の下で野宿するはめになるので、何としてでもそれは回避したい。

「そんなこと言わずに通してくださいよ!」
「そうですよ、私達、ここ以外に行くあてがないんです!」
「そう言われても規則は規則なんだ。諦めて他を当たりな」

 この石頭め……!
 こうなったらスキル使ってでも無理やり……

「そんな女の子二人ぐらい通してやっても良いんじゃないか、衛兵殿」
「駄目駄目、これは国王陛下自らのーー」

 なんて思っていると、突然聞こえてくる声と共に、2メートル近くあるであろう体躯たいくの、甲冑をまとい背中に巨大な剣を帯びた騎士が現れる。

 その騎士は、甘い顔立ちに、曇りのない銀の髪を揺らしながら、こちらの方を見つめている。

「って、エリオット様!? 魔族の討伐遠征から帰られるのは、早くとも来週の予定では……!」
「いやそれが、奴らを指揮していた魔族が途中でいなくなってね。思ってたよりアッサリ終わったから、予定よりも早くに帰ってこられたんだよ」
「それにしても、なんでこんな何もないところに……」
「それは秘密さ」
 
 そいつに対して衛兵はやけに焦っているが、一体何者なんだろうか?
 
「ってバカ、お前達も頭を下げろ! このお方は…… エリオット様は、我が国が誇る最強の騎士団の長であるぞ!」

「ほえー」
「そうなんですねー」

 騎士団の長って言われても、ぶっちゃけあんまりピンとこない。

 それは返事を聞くにエレーヌも同じ様子だ。
 
「お前ら……!」
「別に構わないよ。それより、その二人を通してやったらいいじゃないか」
「いやしかし、これは国王陛下の勅令であって、如何いかにエリオット様がそう言われようとも……」
「まあそう堅いことを言わないでくれよ。陛下には、僕から直接言っておくからさ」

 この問答を聞いている限り、このエリオットとやらは、まあ凄い人なんだろう。

「ですが……」
「それに、仮にもしその二人が魔族の手先であったとして、衛兵殿はこの僕が不覚をとると、そうお思いかな?」

 そんな風に呑気に考えていた矢先に、エリオットと呼ばれる男が兵士に放った言葉。

 別に俺は訓練された兵士でもなんでもないが、それでも、その言葉が異様なまでの重圧を孕んでいることは理解できる。

「い、いえ、決してそんなことは」
「だろう? ほら、通してやりな」
「わかりました……」

 渋々と言った感じで、兵士は下がり、大声を張り上げる。

「東壁、開門!」

 その声と共に、閉ざされていた扉が開かれた。


---


 あの後、俺たちは軽い手荷物の検査だけ受け、中に入ることができたが……

「やっ! 入れてよかったね」

「さっきは、ありがとうございました!」
「どうも……」

 検査を終えて外に出た俺たちに、一人の男…… エリオットが気楽な様子で声をかけ近づいてくる。

 助けてもらったのは間違いないので一応軽く感謝ぐらいはしておくが、人を脅すようなあのやり方には少し嫌な印象が残るし、何よりあのときの威圧感……

 まあ、スキルでどうにかしようとしていた俺が言えたことではないか

「あの、私エレーヌって言います! もしよければ、何か助けていただいたお礼でも……」
「ご丁寧にどうも、エレーヌさん」

 感謝の言葉を告げるエレーヌの言葉をさえぎり、エリオットは彼女の頬に手を当て……

「だけど、お礼なんて大丈夫。君のように可憐な少女を助けるのは、騎士である僕の役目だから……」

 歯が浮きそうな、そんなキザな台詞を呟いた。

 こいつ、俺だって自分からエレーヌに触れたことはないのに、なんてことしやがる……!

 なんて思って睨んでいると、不意に目が合ってしまった。

「おや失礼、既に先約がいたようで」
「よくおわかりのようで……!」

「シャルさん?」

 しかし、引き下がるわけにもいかないので、そう言ってエレーヌをエリオットから引き離す。

「それで、君の名前は?」
「……シャルロッテです」

 こいつの、いかにも地位があってイケメンで、生まれてこの方苦労してませんって雰囲気は、どうも好きにはなれない。

 しかしそれでも助けてもらったという事実は変わらないので、それぐらいは素直に答えようと思ったのだが……

「シャルロッテ、ね……」

 俺の名前を聞いたエリオットは、どこか嫌な視線を向けてくる……

「どうしました? 二人とも」
「いや、なんでもないないよ。それより僕は、このあと騎士団での用事があるから、そろそろ失礼させてもらおうかな」
「そうなんですね」
「ああ、ただーー」

 言葉を言い終えるその直前
 エリオットが俺の耳元へと顔を近づけ、囁いた。

「君には話がある。日が沈んだら広場に来てくれよ……」
「……!」

 これはつまり、対価として俺にそう言った類のことをしろって言いたい訳か……?

 男に迫られるのは、実は前の世界でも何度かあったために多少慣れてはいるが、それでもやはり背筋が震える。

「ではまたね、二人とも」
「はい!また機会があれば是非!」
「はは……」

 言い終えたエリオットは背を向けて去って行くが、これはどうしたものか……

「いい人でしたね、エリオットさん! 
 けど、最後に何か言われたんですか?」
「いや、何も言われてないよ……」

 ともかく今は、あまり考えたくはない。

「そうですか……?」
「うん、ただちょっと気分が悪いから、早く宿を探して今日はもうゆっくりしよっか……」


 そう言って、宿屋探しに街へと足を踏み入れた。
しおりを挟む

この作品の感想を投稿する


処理中です...