断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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2章 魔王討伐

2-10 ずっと心配していました

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「……わかった。協力、ありがとう」

「恐れ入ります」

 イザークが、綺麗な所作でお辞儀をした。
 端正な顔には決意が浮かび、どことなく危うさがある。

 ちょっと心配になったけど、追い返そうとは思えなかった。

 だってイザークが一番頼りになるから。
 リリィたちの前では絶対に言えないけど。
 
「あ……そうだ。イザークって、馬の二人乗りしたことある?」

「はい、怪我人を運ぶ目的で。定期的に訓練をしておりますので、今も問題はないかと」

「本当?じゃあ私を乗せて!」

 私の一言で、イザークは目を丸くした。
 レオナルドとリリィも同じ表情になる。

 何か言われる前に、私はレオナルドたちを振り返った。

「慣れてる人と乗った方が安全だから。せっかく提案してくれたのに、ごめんね」

「……いや、いいよ」

 レオナルドは少しの間、目を伏せてから、

「その通りだ。僕には二人乗りの経験はないし」

 と、無理をするように微笑んだ。

 ちょっと申し訳なくなったけど、リリィの顔から寂しさが消えていたので、罪悪感が薄まった。
 
「じゃあ行こうか」
 
「お待ちください」

 歩き出した私を、イザークが呼び止める。

「処刑人と近しいと思われれば、アナベル様の印象がお悪くなります」

「またそんなこと言って!」

 と、口を尖らせてからハッとした。

 今まで、ずいぶんイザークに頼ってきた。
 そろそろ彼も疲れてきたのかもしれない。
 優しいからはっきり言わないだけで。

「……イザークが気になるなら、別の人と乗る。ギデオンとか」

「ギデオン様ですか?あの方は、アナベル様に厳しい態度を取っておられたのでは?」

「それが、最近はすごく優しいんだよ。『不安なことがあればお呼びください、いつでも駆けつけます』って言ってくれたの」

 ちなみにエリオットからも似たようなことを言われた。

 私がリリィの味方だとわかって、良くしてくれるんだろう。
 みんな、リリィが好きだなあ。

「あと、騎士の礼っていうのかな?ひざまずいて、私の手にキス──」

「私がアナベル様と馬に乗ります」

 突然、イザークがきっぱりと言い切った。

「い、いいの?」

「お任せください」

 異様なほどの真顔だ。
 怒っているようにさえ見える。
 
「えっと……それじゃ、よろしく」
 
 イザークの変化に戸惑いつつ、私たちは馬が集まっているところへ向かった。
 私は補助されながらくらにまたがり、イザークがその後ろに乗る。
 
 そこへ、馬に乗ったレオナルドが複雑そうな顔で近付いてきた。

「アナベル。もう、出発の合図を出していいかな?」

「うん、お願い」

「わかった……進軍開始!」

 レオナルドの合図とともに、十数騎が駆け出す。
 私の隣にはリリィ。
 その周りをレオナルドやルーク、エリオットたちが囲む。

 そして、私は。

「うわっ!」

 思わず声を上げてしまった。

 スピードは自転車くらいだ。
 でも高いし、揺れるし、怖い!

 とっさに前屈みになり、鞍の端を握りしめる。
 すると、国王親衛騎士隊の方から怒声が飛んできた。

「おい、イザーク!アナベル様をもっと丁重に扱えよ!」

 ギデオンだ。
 怒っているというより、不機嫌そうに見える。

「アナベル様、乗り心地が悪ければ俺の馬へどうぞ!」

「その心配は無用です!」

 馬の足音が騒々しいせいか、イザークは珍しく怒鳴った。
 それから彼は、手綱を軽く引き、少しスピードを落としてくれた。

「アナベル様、背筋を伸ばしてください。それに、体の力を抜いた方がかえって安全です」

「わ、わかった」

 言われた通りにして一息つくと、イザークが尋ねてきた。

「ところで、ほかの兵士は?」

 草原で整列していた兵たちは、私たちとは違う方向に進んでいく。
 
「私たちとは別行動なの。物資の運搬と、その警護」

 今回の作戦は、こうだ。
 
 まず、私やリリィのグループが魔王を倒す。
 それから国内の穢れを払って回る。

 事前に設営された拠点で馬を交代し、また進む。
 別行動の兵たちは、拠点設営の担当場所へ移動しているのだ。

 やることは単純だけど、かなり忙しい。
 何しろ、五日以内に国境を東から西へ、二百㎞以上浄化するのだから。

 私がそこまで話すと、イザークは「そうですか」と言った。
 妙な沈黙が降りた……と思った時、彼はまた口を開いた。

「魔王の再討伐が決定したのなら、教えていただきたかったです」

「ごめん……でも、そんな暇なかったんだよ」

 そのせいで、移動手段のリクエストもちゃんと伝えられなかった。

「議員が屁理屈をこねる前に動く必要があって」

「ずっと心配でした」

「え?」

「あなたの処刑が再開されるかもしれないと思い、議会の結果が出るまで、ずっと心配していました」

 イザークの声に抑揚はない。
 ただ、私を抱きしめるように回された腕が、やけに熱く感じる。

 感情の薄い彼が「心配した」と口に出すくらいだ。
 私が想像する以上に不安でいたんだろう。

 馬上で激しく揺られながら、心は沈み落ちていく。

「……ごめんね」

 そんなつもりはなかったのに、暗い声が出てしまった。
 間髪入れずにイザークから「いえ」と返ってくる。

「私こそ、申し訳ありません」

「何が……?」

「出過ぎた真似をいたしました。私は所詮平民です。『情報が遅い』と公爵家の方を責めるなど、あるまじきことです。先程の言葉は、どうかお忘れください」

「そんなこと言わないでよ。一応公爵家の人間だけど、まだ死刑囚なんだから」

 壁を作られたように感じて、とっさに言い返した。
 そしてすぐに後悔した。

 イザークが小さく息をのんだからだ。
 死刑囚の首を斬る彼が、私の発言をよく思うはずがない。

「イザーク、さっきのは──」

「死なせません」

 イザークは、かすかに上擦った声で言った。
 
「あなたは、絶対に死なせません。私が守ります」

 小さな声だった。
 二メートルほど隣にいるリリィにさえ、聞こえなかっただろう。
 なのに、沈んだ心に届くほど深く沁みた。

「イザークも死なないよね?」

 急に怖くなって、尋ねた。
 イザークは答えない。

「死なないよね?」

 やはり答えはない。
 何を考えているんだろう。
 お兄さんのこと、責任を感じているんだろうか。
 変に思い詰めていないよね、イザーク。

 問い詰めたいのに、言葉は口から出てこない。
 これ以上追求したら、聞きたくない返事が返ってくる気がしたから。

 私は大きく息を吸い込み、声を張った。

「イザーク。馬をもっと走らせて」

「しかし、アナベル様──」

「大丈夫だから。馬の負担にならない範囲で、お願い」

「……わかりました」

 イザークは「少し速度を上げます、アナベル様の指示です」と周りに告げ、手綱を緩めた。

 揺れが激しくなる。
 バランスを取ることに意識が向く。
 
 これでいい。
 余計なことを考えずに済む。

 草原を駆け、大聖堂を通り、山脈の前にたどり着く。
 黒い巨体が再び持ち上がる。

「またお前たちか。何度来ても同じだ」

 魔王の大きな口が、ニイッと笑った。

「それとも俺を斬りたいのか、イザーク。何人殺しても飽き足りないんだな」

 私の背後で、イザークが大きく息を吐き出す。

 ヴェリクの魂を分けられたから、魔王はイザークを知っているのだろう。
 中身も、たぶんヴェリクそっくり。

 しかも、イザークは声を気にしていた。
 処刑した兄の声で責められるのは、かなりこたえるはずだ。

「お前が馬に乗れるのは、俺が教えてやったおかげだぞ。恩を仇で──」

「精霊!やっちゃって!」

 長ったらしい台詞を聞いてやる義理なんかない。
 イザークを傷つける奴は許さない。
 彼が私を守るなら、私も彼を守るんだ。

 ポポンと現れた精霊たちが、強く光り輝く。
 火、氷、竜巻……息詰まるようなエネルギーの奔流が、魔王の手足に襲いかかった。
 
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