断罪まであと5秒、今すぐ逆転始めます

山河 枝

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2章 魔王討伐

2-9 ストレス発散、そして出立

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 廊下を大股で歩いていると、リリィが小走りに追ってくる。

「あの……アナベル」

「ん?」

「建物は壊さないでね?精霊様は人間の味方だけど、柱とか木は時々折っちゃうから……」
 
「任せて!一瞬で粉砕するよ!」

「建物はやめてね!?」

 リリィが悲鳴を上げると同時に、廊下の突き当りに着いた。
 両開きの戸を力いっぱい押し開け、バルコニーに出る。

 ここは三階だ。
 そこそこ遠くまで見渡せる。

 ペンダントを首にかけ、リリィの手を掴む。
 目を凝らすと、空と地平線の間から、黒い波が押し寄せて来るのが見えた。

 魔物の群れだ。
 兵士は一万以上と言っていたけど、たぶんその三倍はある。

「あ、あんなに!?どうしよう、アナベル……!」

「大丈夫。一瞬、一瞬!」

 私が答える間に、精霊たちがペンダントからポワンポワンと飛び出してくる。

「みんな、全力でよろしく!」

「かしこまりました」

 ナギが長い体を曲げて、ぺこりとお辞儀をする。
 四匹の体が光り出す。

 魔力の込め方にはだいぶ慣れてきた。
 精霊たちの光が、太陽のように強くなる。

「眩しい……!」

 リリィが自分の顔を手で覆う。
 私も目が痛いけど、攻撃範囲を正確に把握したい。
 一匹でも取りこぼしてたまるか。

 私は、すっきりしたいんだ!

「行け!」

 私の合図で精霊たちが宙を駆ける。
 四匹の姿が見えなくなった──と思った瞬間。

 滝の音のような轟音と、空が真っ白になるほどの光が、地平線から放たれた。

 一拍遅れて、ふわりと風が吹いてくる。
 光がゆっくり消えていく。

 私は、王都を囲う壁の向こうを眺めた。
 晴れ渡る空の下、ただ緑の草原が広がっている。

「いやあ、すっきりしたー!」

 リリィから手を離し、軽く伸びをする。

「ほ、本当に一瞬だった……」

 リリィが呆然と呟く。
 少し髪が乱れているので、直してあげようとリリィの方を向いた。
 
 その拍子に軽くめまいがして、足元がふらついた。
 魔力を一気に使いすぎたらしい。

 怒りに任せて攻撃するものじゃないな。
 おかげで自分の限界がわかってきたけど。
 
「アナベル、どうかした?ちょっと顔色が悪いような……」

「そう?」

 心配をかけないように口角を上げてみせる。

「それより建物は無事かな?」

「ええ、城の周りは大丈夫みたい。アナベルは力の使い方がうまいのね」

 二人で見下ろすと、王都の住人が「ありがとうございます!」と笑顔で手を振っている。

 私は手を振り返して、リリィを見た。

「じゃ、行くよ!しばらく魔物は来ないだろうから、今のうちに済ませないと!」

「済ませるって?」

「魔王退治!兵士が外に出てるし、ちょうどいいでしょ?」

 私の言葉で、リリィの口がぽかんと開く。

 私はまた彼女の手を引いた。
 そして、「このまま出発しよう」と提案して議員たちを仰天させるため、廊下を戻るのだった。

  ◇

 翌日、まだ太陽が昇る前。
 私はリリィやレオナルドたちと草原へ向かった。
 王都の門を出る前から熱気が伝わってくる。

 村や畑が点在する平原に、数千もの兵士が整列している。

「聖女様、お気をつけて!」

 私たちの後ろから、ケッティ伯爵が見送りに来た。

 護衛を引き連れた伯爵は、やけにご機嫌だ。
 理由はわかるけど。

「いやはや、私の兵がおらずとも何とかなりそうですな。ハッハッハッ!」

「……そうですね。」

 伯爵なら、兵隊長を呼び戻すこともできただろうが、

『五年ぶりの休暇ですから働かせるのは気が引けて』

 と、聞いてもいないのに言い回っていた。
 
 休暇継続は別にいい。
 むしろ休んでほしい。

 私が魔王討伐を言い出さなければ、兵隊長は死ぬまで休めなかったんじゃないか。

 心の中で、「兵隊長の代わりにあんたが五年間働け」とケッティ伯爵に毒づいた。
 すると、横からおずおずと兵士が話しかけてきた。

「あの……アナベル様。お具合がお悪いのですか?」

「ううん、大丈夫だよ。どうかした?」

 怖い顔になっていたのだろう。
 少しでも吊り目を下げようと、私は目尻を揉んだ。

「馬の用意が整いました。いつでも乗馬できる、とのことです」

「えっ、乗馬?」

 私は手を止めた。というか全身が固まってしまった。
 背中から冷や汗がにじみ出てくる。

「馬車じゃないんだ……?」

「はい。少しでも早く進みたいとの仰せでしたので……あの、何か?」

「い、いや、大丈夫。馬車じゃ間に合わないよね、馬の方がいいよね。うん、大丈夫」

「アナベル、どうしたんだ?」

 前にいたレオナルドが、こっちを振り返った。
 リリィは心配そうに私を見つめている。

「アナベルのお母様は、乗馬がお上手だって聞いたけど……アナベルは違うの?」

「ああ、うん。いや、その……ごめん!」

 わたしは頭を下げながら、バチンと手を合わせた。

「乗ったこと、ない!」

「えっ!」

 レオナルドの叫びのあと、しーん、とその場が静まり返る。
 周囲の兵士は微動だにしないが、視線は私に向いている。

 しょうがないじゃないか。
 父が乗馬に猛反対したんだから。
 気持ちはわかるけど。

 妻が落馬事故で亡くなったのだ。
 娘を馬に乗せたくないと思って当然である。

「えっと……それじゃ、僕と一緒に乗る?」

 レオナルドが恥ずかしそうに頬をかく。
 
 それは助かる。
 私は万歳しようとして──やめた。

 一瞬、リリィが寂しそうな顔をしたのだ。
 
 そういえばゲームのオープニングで、リリィはレオナルドの前で頬を染めていた。
 この世界でも、気持ちは同じなのだろう。

「あー……ありがとう、レオナルド。でも、やめとく」

「な、なんで?」

「私、まだ死刑囚だから。相乗りなんかしたら、レオナルドの心象を悪くしちゃう」

 レオナルドが目を見開き、リリィは「そんな」と呟く。

「アナベル、気にしすぎよ。みんな、あなたを慕ってるのに」

「いやいや、一回は処刑場に立ったわけだし──」

「アナベル様」

「あっ、ごめん!馬の用意ができたんだよね」

 再び呼ばれて、私はまた兵士の方を見た。
 だけど、そこにいたのは兵士じゃなかった。

「え……なんで?」

「志願兵として参加しました」

「いや、そうじゃなくて。なんでいるの?呼んでないのに」

「呼ばれずとも、参戦するのは当然です。魔王を作り出したのは……私の兄なのですから」

 周りの目を気にしたのだろう。
 その人物──イザークは、最後の一言を小声で呟いた。
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