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山河 枝

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3章 隣国へ

3-16 荒れる議員を黙らせる

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  ◇

 アルデリアの王宮に戻って、十日目。
 ようやく開催された議会は、開始五分で荒れていた。

「聖女の証を盗むという大罪を犯した者に、恩赦を与える!?」

「処刑人は、聖女でも何でもない平民ですぞ。甘すぎます!」

 議員たちが口々に物申す。
 最初に父が「処刑人に恩赦を」と発言してから、ずっとこうだ。

 恩赦というのは、私の死刑取り消しのために、追加してもらった文言のことだ。
 聖女のペンダントを奪った者は死刑。しかし、聖女に匹敵する働きをすれば、恩赦を授かり、無罪となる──

 自分で作っておいて忘れるなんて、恥ずかしいやら、気まずいやら。
 王宮に帰るまで、針のむしろだった。

 それにしても、ここまで反発されるとは予想外だった。
 平民に有利な判断を下せば、自分たちが不利益をこうむる、と心配しているんだろうか。

 領民が領主を訴えたり、減税要請が通ったり。
 そういうことに対するハードルが下がってしまう、と。
 
 みんな、どれだけやましいことがあるんだろう。
 利害が一致した時だけは本当に仲がいいなあ、と思う。

 しかし、レオナルドも負けていない。
 議員たちの意見に悠々と頷いた。
 
「そうか、甘いか」

「それはもう!そもそも、処刑人がアルデリアのために何をしたというのです!?」

「イザークがこの国のために何をしたか、だって?」

 レオナルドは、お気に入りのおもちゃを見つけたみたいに、にっこりと笑った。
 私はレオナルド側の人間だけど、思わず背筋が寒くなった。
 
「それを尋ねるのなら、最後まで聞く覚悟はあるんだな?」

「え?そ、それは、まあ」

「わかった。皆の意見をあらかた聞き終えたことだし、少し待っていろ」

 レオナルドは、警備の兵士に何やら指示を出した。
 兵士は、すぐに資料室長を連れて戻ってきた。

 彼らの手元を見て、議員たちが騒つく。

「なんだ、あの書類は?」

「あれと処刑人に、どんな関係があるんだ?」

 資料室長が、書類の束をレオナルドの前に置く。
 その隣に、兵士が同量の書類を置いた。

 ざっと見て、千枚はあるだろうか。

「陛下、これは一体……」

「イザークが魔物を討伐した時の、報告書だ」

 レオナルドは笑顔のまま、ひょいと肩をすくめた。
 彼は書類の一枚を手に取り、絶句する議員たちに向かって、読み上げ始めた。

「『王都北西の森にて、狼型の魔物が大量に出現。聖女様は東へ向かわれたため、私が討伐を行った。およそ三十体を倒し、撤退。その後は人里を襲う様子はなく、観察を続ける』……次も読もうか?」

「い、いえ、今日中に議会が終わりませんので」

 別の議員も、慌てて口を挟む。

「え、ええ、そこまでで結構です」

「そうか?本来はこの三倍はあるんだが。保管の必要がないものは、定期的に処分するからな」

 レオナルドが大きく腕を広げて、書類の山を示した。
 息をのむ議員たちと一緒に、私も驚いていた。
 イザークがそこまでアルデリアのために働いていたなんて。

 ただ……書類の整理を行ったから、ここにあるのはおよそ三年分。
 三年で千回も魔物と戦うなんて、異常だ。

 謀反を企んだ兄のことが、よほど後ろめたかったんだろう。
 肉親を処刑した自分も、許せなかったに違いない。
 
 だから、こんなに無謀な突撃を繰り返したんだ。
 私は、弛みそうになる涙腺を締めるため、お腹に力を入れた。
 それから、レオナルドとリリィを交互に見る。

「先に、私が発言してもよろしいでしょうか?」
 
「ああ、もちろんだ」

「どうぞ、アナベル」

「ありがとうございます……イザークが駆除した魔物の数は、歴代聖女に匹敵すると思います」

 もちろん私には劣るが、魔王が現れる前、まだ魔物が大人しかった頃の聖女に比べれば、討伐数には何十倍もの差があるだろう。

「彼に恩赦を与えるべきではないでしょうか?」

 そう締めくくると、議員たちは渋い顔で黙り込んだ。
 ここでイザークを許さなかったら、自分たちが裁かれる時にも、厳しくされると危惧しているんだろうか。

 みんな、どれだけ悪事を働いているんだろう。

「異論はございませんか……ああ、そうでした。まだ発言していないようですが、意見はありますか?親衛騎士隊長」

 リリィが騎士隊長を見ると、彼は深く頷いた。

「はい。民や資源が失われずに済んだ、という観点から見ても、イザーク殿の行為は讃えられるべきかと」

 その一押しで、議員たちはますます黙り込んでしまった。

「では、決まったな。イザークの処刑は取り消す」

 そう宣言したレオナルドは、私に目配せをした。
 父もこちらを見ている。

 議会の前日、彼らと私、それからリリィで作戦を立てたのだが、父とレオナルドが主体となって動いてくれた。

 私は小さく会釈し、二人へひそかに感謝を伝えた。

「さて……次の議題だな。いや、報告と言うべきか」

 レオナルドは、静まり返った周囲を見回した。

「このたび、リリィが聖女の証を手に入れた。ペンダントの石が、もう一人の聖女だと認め、指輪を生み出したのだ」

 事前に決めておいた“設定”を話すと、リリィが自分の右手を高く伸ばした。
 人差し指に、宝石のはめこまれた指輪が光る。

 少し離れたところからでも、次々と色が移り変わっていくのが見て取れる。
 レオナルドは、議員たちの目が指輪に集まるのを待って、また口を開いた。

「よって、今後はリリィ一人がアルデリアに残る。アナベルは、アルデリアとファルガランの関係を築き直すため、彼の国へ永住することになった」

「……え?」

 議員たちが唖然とする。
 その呆けた顔は、あっという間に怒りの表情へと変わった。

「な、何ですと!?」

「アナベル様がファルガランへ!?」

「しかも永住!?」

「リリィ様が力を手にした!?」

 予想通り、大混乱が起きた。
 議員たちの最大の懸念も、予想通り。

「リリィ様お一人で、聖女の力を使えるのですか!?」

「再び魔物が襲ってきた時、この国を守ってくださるのでしょうな!?」

 みんな、順番を待つどころではないらしい。
 非難の嵐が、室内に轟いている。

 そこへ、にわかに風が吹いた。
 これも予定通りだ。

 書類の一枚が、天井へと舞い上がる。

「な、なんだ?」

「誰か、扉を開けたのか?」

 議員たちが怯える間に、風はどんどん強まっていく。
 非難の嵐が、強風にとって替わられていく。

 私は書類の束を押さえて、リリィを見た。
 彼女のそばには、フーがふわふわと浮いている。
 私の中で、リリィはまだ弱々しい女の子だから、躊躇ってしまうのでは、と心配だったけど……

 彼女の笑顔を見る限り、その心配はないらしい。
 むしろちょっと楽しそうに、力を使っているようだ。

 風が収まってきた頃、ようやく議員たちはフーに気付いた。

「そ、それが新たな精霊様ですか?」

「しかし、一柱だけでしょう?アナベル様は、火や水の精霊様を──」

「ご安心ください」
 
 不安げな議員に、リリィは胸を張った。
 そして、残り三匹の精霊を呼び出すと、床や壁から、ずらずらと岩の棘を生やした。

「ひぃっ!」

 恐怖に顔を引きつらせる議員の前に、今度は巨大な氷柱が現れた。
 それら岩と氷が、次は業火に溶かされる。

 そして──室内は、何事もなかったかのように、元通りになった。

「あ、ああ、あ……」

 議員の一人が、震える声を漏らした。
 その隣の議員は、白目を剥いて失神している。

 ちゃんと話を聞けるのかと心配になったが、リリィは気付いていないのか、やや興奮気味に訴えた。

「先程の風や氷は、私と、ここにいる精霊たちの力です。あれをご覧になっても、まだご不安でしたら、皆様の寝室でもう一度お見せしましょう。あ、火は消しますのでご安心を」

「い、いや、結構です。落ち着いて眠れませぬから…」

「でしたら、私の睡眠魔法スリープでぐっすりですよ!どなたか、試されますか?」

 リリィは、太陽のような笑顔で議員たちを見回した。

「……異論は、ございません」

「私も、同じく……」

 一つの議題に対して全員が発言を辞退、という異例の議会は、こうして終わったのだった。



  ◆◆◆◆◆


 蛇足的補足です。
 紙は精霊の力で量産していると思われます。
 アルデリアは森が多そうですので。
 以前はファルガランにも輸出してたかもしれません。
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