友だちは君の声だけ

山河千枝

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おまけ・本当の友だちの、次⑤

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「どうしたの?」
「な、何でもない」

 どもりながら目を泳がせておいて、何でもないはずがない。また僕が失言したのだろうか。心を探るように芽衣を見つめる。すると彼女は観念したのか、重たげに口を開いた。

「その……優真が美咲を好きになったら、どうしようって思ったの」

 ぽつんと言われて、自分の心臓がドキッと音を立てた。次の瞬間、芽衣はすばやく手を振った。

「ほ、ほら、4人で集まれたとしても、優真が美咲としゃべりっぱなしになったら、拓真くん、私と1対1になっちゃうでしょ。ほとんど初対面なのに、気まずいかなって」
「あ、そ、そっか。じゃあ美咲さんがいる時は、なるべく僕は拓真と一緒にいようかな」
「う、うん。そうしてあげて」

 そう言った芽衣は、お茶碗で顔を隠すようにして、白飯をかき込み始めた。
 けれど程なくして、せかせかと動く箸が止まった。

「そういえば、拓真くんってどんなご飯が好きなの?」
「うーん……鶏の照り焼きかな。あとは小学生の時、給食でクリームシチューが出るってわかった日は大喜びだった気がする。ご飯じゃないけど、ゼリーとかプリンが献立表に書いてあったら、こっそりガッツポーズしてたよ」
「へえ。もしかして、甘いもの好き? 昔、スポーツドリンクもガブガブ飲んでたんだよね」
「そういえば……飲み口をしつこく舐め回してたっけ」

 笑ったら拓真に悪い。だけど、どうにもこらえきれない──そういう笑いが、僕と芽衣の口の端から漏れた。

 クスクスと笑いながら思い出す。
 祖父母宅の仏間にあったお供物のまんじゅうを、物欲しげに見つめる拓真の横顔。それから、クリスマスケーキの広告を見つけて「これ、1人で食べられたらなあ」とため息をついていたことも。
 
 そのことを芽衣に言うと、「じゃあ」と俄然はりきり始めた。

「ケーキ屋さん行こうよ! カフェもあるところ」
「そこ、男でも堂々と入れる店……?」

 可愛らしい店の中に、180センチと170センチ弱の男子が並んで座ったとしたら。ものすごく目立ちそうだ。

「別に、そんなの気にしなくていいじゃない」
「そう言われても……」
「だったら、食べ歩きする? ケーキはむずかしいけど、夏休みならアイスとかかき氷とか。あとはクレープにワッフルに……」
「よくそんなに、次から次へと思いつくね」

 目を丸くすると、芽衣は恥ずかしそうに笑った。

「私も好きだもん、甘いもの。優真は食べたいスイーツ、ある?」
「うーん、大福かな」

 今度も「和」だけれど、今度は「祖父の気にいる回答」ではなく、心の声そのままを答えた。

「いいね~、素手で食べられるからゴミも少ないし。冬ならたい焼きもおいしいよね」
「芽衣がさっき言った中なら、ワッフルも食べてみたい」

 あれも食べたいな。これもおいしそう。
 しゃべっていたら、いつの間にか皿はすっかり空になっていた。会計を済ませ、駅へ戻る間も、僕らは甘ったるい会話に夢中だった。
 その間ずっと僕は、馬鹿正直に話し続けていた。

「……着いちゃった」

 芽衣が寂しげにつぶやいた。今、僕らは並んで駅の前に立っている。

 芽衣はポケットから携帯を取り出し、画面に目を落とした。時刻が表示されている。13時25分。
 13時29分の電車に乗らないと、祖父母に伝えてある帰宅時間に間に合わない。「15時までの冬期講習に行く」という嘘がばれてしまう。

「僕、切符買わなきゃ」
「私も一緒に並んでいい?」
「……うん」

 見上げてくる芽衣に、嬉しさを隠してうなずきを返す。

 ふたりで券売機の列に並ぶ。けっこう並んでるな。あと5人。考えていると、芽衣がぼそっと言った。

「あのさ。昔、電話してた時、『私たち声だけ友だちだね』ってふたりで話したの、覚えてる?」
「……うん、覚えてる」

 忘れるわけがない。クラスメートに距離を取られ、教師の目が届かないところで心ない言葉をささやかれ、すがれる人などいなかった時、僕に友だちだと思ってもらえて嬉しい、と言ってくれた。

「それでその次は、手紙でしかやり取りできなくなるから、『文字だけ友だち』って書いてくれたよね?」
「え。あ……うん」

 そんなことも書いたっけ。手紙を出した相手の口から聞くと、首のうしろがそわそわしてくる。

(待てよ。そのあと、たしか……)

 手紙の内容を思い出して身もだえしたいのを、すんでのところでこらえた。
 言わないでと言おうとしたのに、芽衣は、ぽんと言ってしまった。

「そのあとに、『いつか本当の友だちになりたい』って書いてくれてた」
「そ、そうだっけ……よく覚えてるね」
 
 何を格好つけているんだ、小学生の僕。恥ずかしい。今すぐ足元のコンクリートを剥がして、地中に埋まってしまいたい。

 切符を買う番が回ってきて、すかさず千円札を投入口へ突っこんだ。全身のむずがゆさのせいで、タッチパネルを押す指にも力が入ってしまう。

「それで、今──」
『ありがとうございました』

 芽衣の声は、券売機のアナウンスに紛れてしまった。

「ごめん。なんて言った?」

 列から外れながら芽衣に尋ねると、芽衣は頬を染めて言った。

「今、私たち、本当の友だちかな?」
「そう……かな? そうだといいけど……」

 こっちまで照れくさくなって、意味もなく頭をかく。

 即座に、芽衣のまとう空気がこわばった。
 真っ赤な顔に浮かんでいるのは、強敵に挑む人のようなかたい表情。両手を握りしめ、じっと僕を見上げてくる。

「な、何? どうしたの、芽衣」
「あのさ……本当の友だちの、次は? 次はいらない?」
「友だちの、次?」

 5秒くらい考えて、頭の中にひらがな4文字が現れた。その瞬間、全身が爆発しそうなくらいに熱くなった。

「次……も、あって……ほしい」

 それだけ言うのがやっとだった。それ以上言ったら、本当に体が爆発してしまっただろう。

「私も」

 消え入りそうな声で芽衣がつぶやいた。それから、ごそごそとポケットから携帯を取り出した。

「27分……」

 電車が来るまであと2分。早くホームに上がらないと。

 でも、あと少し。何か一言だけなら言える。手紙では当たり障りのないやり取りしかできない。
 言うなら今しかない。何か、言うべきことはないだろうか。何か……。

(駄目だ)

 伝えたい言葉はある。だけど、ついさっきまで心の蓋を閉じていたんだ。子どもの頃のように、いきなり全開になんてならない。
 胸の奥にある彼女への想いは、あまりに大きすぎて外へ出すことができなかった。

 仕方がない。唇を噛んで、伝えられることだけを口にする。

「……芽衣、言いたいことがあるんだ」

 芽衣の顔に、隠しきれない緊張が走った。

「でも、今すぐは言えそうにないから……また2人で会う時まで、待っててくれる?」
「……うん」

 ふにゃっと眉を下げて、芽衣はうなずいた。ほっとしたようにも寂しげにも見えた。

「待ってる。その時は……私も、言いたいことを言えるように頑張るね」

 芽衣はまだ頬を赤らめたまま、再び携帯を見た。

「優真、28分だよ」
「……もう行くよ。またね、芽衣」
「うん。次は隣の県で会おう!」

 改札へと急ぐ僕の背中に、芽衣が叫ぶ。たぶん、断れないタイミングを狙ったんだろう。

(……しょうがない。遠くまで来てもらうのは悪いけど、次は芽衣の言う通りにしよう)

 手を振り返して、改札機に切符を突っ込む。向こう側で顔を出した切符をむしり取って走る。

 祖父母の家へ帰るというのに、なぜか気分は高揚していた。
 次に芽衣と会えたら、どんなことを話そう。そんな想像が、心にあふれているからかもしれない。

 ああ、そうだ。小学生の頃もこうだった。
 芽衣との電話を終える時、心細さを紛らわせたくて「次は何を話そうか」と明日への希望を語った。そうすれば、更けていく夜も怖くなかった。

 ホームのアナウンスが、電車の到着を知らせている。人を避けながら暗い通路を駆け、階段をのぼりきる。視界がパッと明るくなった。

 空一面に広がる雲は、陽光をはらみ、白く光っていた。







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 こんなところまでお付き合いいただき、ありがとうございました。お疲れさまでした。

 そして、ユウマが大きくなったらどんな感じになるのか気になる、というご感想をくださったぶどう味様、ありがとうございました。おかげさまで自分の中のスイッチが入り、後日談を書き切ることができました。

 このあと優真は、芽衣との文通や逢瀬を重ねて、心を癒しながら生きていくのだと思います。
 そのうち、すっかりたくましくなった芽衣が、祖父母の家から優真と拓真を引っ張り出したりして。
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みんなの感想(3件)

ぶどう味
2022.12.01 ぶどう味

おまけ、ありがとうございます。絵本、児童書大賞に投票しちゃいました!!

山河千枝
2022.12.02 山河千枝

早速おまけを見つけてくださり、ありがとうございます!全5話と少し長いですが、お付き合いいただければ幸いです。
ご投票も、本当に本当にありがとうございます…!!

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ぶどう味
2022.09.16 ぶどう味

はい!楽しみにして待っております。

ユウマくん、また会おうね、!

山河千枝
2022.09.17 山河千枝

ありがとうございます!温かいお言葉に、感激してしまいました。ユウマも喜んでいると思います。
後日談、ご期待に添えるかどうかわかりませんが…がんばります!

解除
ぶどう味
2022.09.15 ぶどう味

もし、ユウマくんが大きくなったら、、、

どんな感じになるのでしょう!気になります

山河千枝
2022.09.16 山河千枝

こちらにまでご感想を…!ありがとうございます!

実は「成長したユウマ視点の話を書こうかな」と考えつつボツにしたのですが、気になる、とおっしゃってくださったおかげで、「やっぱり書いてみようかな」と思えました。完成がいつになるかはわかりませんが、12月中には投稿したいです。

彼は生い立ちがアレなので、悩み多き大人になりそうですが…もしご興味がおありでしたら、覗いていただければ幸いです。

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