今から断罪回避します、残り時間は30分です

山河 枝

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 卒業生も先生たちも、ヒソヒソと何か話し合っていたけど、それも次第に消えていった。
 息苦しいほどの静けさが会場に充満する。

 だから、戻ってきた兵士の足音がよく聞こえた。

 全員、体をこわばらせる。
 足音がどんどん近付いてきて──
 
「お持ちしました!ノエル教諭の器材です!」

 兵士が会場へ飛び込んできた。
 その手には布袋が握られている。

 ルカはニヤリと笑い、壇上を見た。

「校長先生。検分をお願いします」

「お……おお、わかったぞ」

 校長先生は、丈の長い上着を羽織り直し、皺だらけの手をヒラヒラさせた。
 ご老体がほのかに光を帯びて、神様みたいに宙に浮く。

 ルカのそばに降りた先生は、布袋を手に取り、険しい顔で中身を取り出した。

 まず、紙に包まれた葉が見えた。
 私はそれが何か、すぐにわかった。
 アリアの部屋にもあるからだ。

 校長先生は首を傾げていたが、すぐに目を見開いた。

「これは……ナペルスの葉じゃ!」

 途端にラファエルが声を上げる。

「校長先生!ナペルスは、セリーヌに盛られた毒ではありませんか!」

「ノエル先生、まさか本当に……?」

 ミレイユが真っ青になって、ノエル先生を見つめる。
 先生は、メガネがずれるほど激しく首を横に振った。
 
「それは授業で使ったものよ!解剖実習の時、カエルを失神させるために……忘れたの⁉︎」

「解剖実習は半年も前のことですが」

 ルカが肩をすくめる。
 
「それをわざわざ取っておくなんて、人を殺す気満々じゃないですか。それでセリーヌさんの毒殺に失敗したから、ばれる前にアリアを殺そうとしたんですね。濡れ衣を着せて」 

「違うわ!そもそも、そんな葉っぱを人に食べさせられるわけがないでしょう⁉︎」

「だから乳鉢で擦ったんですよね?魔法で味や色を変えて。校長先生、いかがです?」

 ルカに促されて、校長先生がまた布袋から中身を取り出す。

「乳鉢……白い粉末が付着しておるな」

「魔法痕を調べられますか?」

「うむ」

 校長先生がヒラヒラと手を振る。
 乳鉢がかすかに光って、手のひら大の魔力痕がぼうっと現れた。

「これは……ノエル、お主のものではないか!」

「そんな!」

 ノエル先生が壇上から叫ぶ。

「そんなはずはありません!」

「なぜそう言えるんですか?」

「だって──」

 ノエル先生が口を開けた時、ルカはヒラリと手を振った。
 会場全体が、かすかに光った気がした。

「毒を使った証拠は、きちんと捨てたんですから!」

 ノエル先生の声が、やけに大きく響いた。

 また、静けさが満ちる。
 今度は凍りつくような無言だ。

 ノエル先生は、口元を押さえて固まっている。
 亡霊のような青白い顔で。

「い、今のは……何?私、何も……」

「……ノエル先生」

 弱々しい声が壇上から聞こえた。 
 ノエル先生のもとにミレイユが歩いていく。

「先生、私におっしゃいましたわよね……?アリアは、部屋でナペルスを育てているって……」
 
 ミレイユの声がさらに震える。

「だから、セリーヌに毒を盛ったのはアリアだろうって……あれは嘘でしたの……?」

「嘘じゃないわ!アリアは本当にナペルスを育ててるの!」

「そうだよ。ノエル先生が鉢をくれたからね!」

 私は、ミレイユに向かって声を張り上げた。

「ノエル先生。その節は、育て方を懇切丁寧にご教授くださり、ありがとうございました」

 私がカーテシーをすると、ノエル先生はこちらをギッと睨みつけた。

「余計なこと言うんじゃないわよ!馬鹿のくせにこんな時だけ知恵を回して!」

 先生はすばやく私を指した。
 いつもの穏やかさは完全に消え失せている。

「校長、こいつがセリーヌを殺そうとしたんです!早く国外追放──いえ、いっそ処刑しましょう!」

「お、落ち着きなさい、ノエル」

「王太子の婚約ですよ!?簡単には破棄できません!だからって、この高慢女を王妃にしちゃいけない!国際関係が破綻しますよ!」

「ほへ……」

 校長先生は変な声を漏らして、フリーズしてしまった。

 誰もノエル先生を止めない。
 壇上の先生たちも、ミレイユやラファエルも、ノエル先生の剣幕に引いている。
 
「弱みを握るために近づいたけど、本っ当にイライラした!自慢と悪口しか言わないの!最初のうちは私のこと、『成り上がり』『平民』って呼ぶし。身分が大切だから頭は空っぽでも気にしないのねって、言いたくてしょうがなかった!……あ、でも」

 怒りで引きつった顔に、今度は歪んだ笑みが浮かぶ。

「『どうしてみんな私の素晴らしさがわからないの』って、地団駄踏んでたのは滑稽だったわね。あっはははは!」

 ノエル先生が膝を叩いて大笑いする。
 私は呆然とするしかなかった。

 唯一、アリアに優しくしてくれた先生。
 その本心がショックだった。

 そしてそれ以上に、爆発した悪意が怖かった。
 
 ふと、視界の端で何かが動く。
 かすかに微笑むルカが、校長先生の肩を叩いていた。

「ひとまず、ノエル先生を王城に突き出すべきでは?」

「お……おお、そうじゃな。警備兵、ノエルを校長室へ!ほかの教職員は、卒業パーティーを進めるのじゃ!」

 校長先生はそう言うと、また魔法で宙を飛び、会場を出た。

 警備兵に捕えられたノエル先生は、

「私はやってないわ!誰かにめられたの!どうやったかは知らないけど、証拠は偽物よ!」

 と、喚きながら連れて行かれたのだった。
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