婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

8 ソフィアの力(1/2)

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 ぎょっとして振り返ると、リアムが出口に向かって舌を出していた。

「リアム、そんな言い方しちゃ駄目」

 特に、今はアルヴィン様の前だ。
 修道院の印象が悪くなったら補助金を減らされるかもしれない。
 院長先生が、新しい教科書を買おうかと話していたところなのに。
 
 しかし、私の懸念などリアムには関係ないらしい。

「鬼ババアを鬼ババアって言って何が悪いんだよ! おじさんもそう思うよね?」

 言いながらリアムはアルヴィン様を見上げる。
 私の全身から血の気が引いた。

 一騎で百の兵を倒した“黒狼”辺境伯を「おじさん」だなんて。
 イヴェーラ様を「鬼ババア」呼ばわりするのとはわけが違う。

 私は大慌てでアルヴィン様に頭を下げた。
 
「シャーウッド辺境伯閣下、この子が大変なご無礼をいたしました! 改めてご挨拶を申し上げます。ローグ子爵が娘、ソフィア・ライトウィルにございます。この子の失礼な発言は、私の指導不足によるもの。罰は私にお与えください!」
 
 命の危機を感じると、舌の回りが速くなるらしい。
 悩むことなく口が動く。
 が、少し回りすぎた。
 罰は私に、という言葉の重さが、あとから頭にのしかかる。

 お辞儀したまま震えていると、ためらいがちな声が降ってきた。

「いや……罰を与えるようなことじゃない。顔を上げてくれ」

 言われて、怖々と頭を上げる。戸惑うような面持ちのアルヴィン様と目が合った。

「こちらこそ、子爵令嬢の君を、町の慈善団員だと勘違いして失礼した」

 そう続ける彼は、かすかに警戒をにじませている。
 私が貴族だとわかったからだろうか。
 
 それでもいい。
 子どもたちが無事なのだから。

「いえ。大した貢献はできておりませんが、慈善団の一員と思っていただけて光栄です」

 そう答えて頬を緩めると、アルヴィン様は意外そうに眉を上げた。
 どうしたのだろうと思った時、私のワンピースを誰かが引っ張った。

「ソフィア! 早く食堂に行こうよ!」

「そうよ、お腹空いた!」

 リアムとミアが不満げに声を上げる。
 ほかの子もそれに続いた。

「わかったわ、行きましょう。では、閣下。ありがとうございました、私たちはこれで──」

「きょうはく様も一緒に行こ!」

「リアム、きょうはく様じゃなくて辺境伯様!」

「何言ってんの? ソフィア」

 リアムが責めるように私を見上げる。
 ミアも、3歳の子を叱るような口調で続ける。

「人に『変』って言ったら駄目なのよ?」

 そういう意味の「へん」じゃないから。
 むしろ「へん」をつけない方が失礼だから。

 ──と、私が言う前に、リアムたちはアルヴィン様のマントを引いて礼拝堂を出ていく。

 みんな、何てことを。
 彼を怒らせたら真っ二つにされるかもしれないのに。

 恐怖ですくむ足をなんとか動かし、アルヴィン様たちのあとを追う。

「あの、あの、辺境伯閣下! た、大変なご無礼を……!」

「……問題ない」

 アルヴィン様の声は低いが、怒っている様子はない。
 剣を抜く気配も。

 私は廊下を歩きながら胸をなで下ろした。
 それから少し進んだ時。

「あっ、忘れてた!」

 アルヴィン様のマントを引くリアムが叫んだ。

 私の前を歩くミアが首を傾げる。

「どうしたの?」

「誰がソフィアと手を繋ぐか決めてなかった!」

「あ……!」

 ミアが、ハッとしたように口へ手を当てる。
 周りの子どもたちも、急にしょんぼりとしてしまった。

 私は苦笑しながら、みんなを見回した。

「どうして私と手を繋ぎたいの?」

 すると、子どもたちが次々と口を開く。

「だって、ソフィアに触るとあったかくなるし」

「ふわふわしていい気持ちっていうか」

「モヤモヤがすっきりするんだよ」

「きょうはく様もそう思うよね。さっきソフィアの手を握ったでしょ?」

 子どもたちの視線につられて、私もアルヴィン様を見る。
 前を行く彼の表情は見えないけれど、静かな答えが聞こえた。

「そうだな。優しい、暖かい手だ。疲れも消えた気がする」

「……!」

 私は息をのんだ。
 カールやエミリーナ様に睨まれたこの手を、そんなふうに言ってもらえるとは思わなかった。
 暖かいと言われた自分の手より、顔の方が熱くなる。

 アルヴィン様が背を向けていてよかった。
 そう思っていると、彼は穏やかな声で続けた。

「ソフィアには、癒しの祝福があるんだろうな。その使い手は、触れただけで他者を癒すと聞いたことがある」

「祝福?」

 何のことかわからず聞き返すと、アルヴィン様は振り返り、不思議そうに言った。

「違うのか? ローグ子爵夫人は、クリン子爵の娘だったと記憶しているが。だから、君も祝福を受け継いでいるのでは?」

「えっ……た、たしかに母の実家はクリン子爵家ですが」

 アルヴィン様は社交場へ顔を出さないのに、なぜそんなことを知っているのだろう。
 というか、なぜ急に母の話が出てくるのか。

「『祝福』と母の実家に、関係があるのですか?」

 私が首を傾げると、アルヴィン様は「知らないのか」と困ったように呟き、歩きながら話し始めた。

「祝福の起源は、トトッカという国にあるんだが」

「トトッカ……? 申し訳ありません、存じ上げなくて……」

「無理もない、何百年も前に無くなった国だ。元は、レグナル国の東地域にあった」

「このあたりに?」

「ああ。当時、トトッカはドラフィナ帝国の襲撃を受けていた。敗北を悟ったトトッカの王は、レグナルに助けを求めたんだ」

 レグナル国王は、トトッカがレグナル国の一部となることを条件に軍を出した。
 その結果、帝国は撤退。
 生き残ったトトッカ王族は爵位を賜った。

 彼らの子孫が、今のシャーウッド辺境伯やクリン子爵だという。

「つまり、俺と君もトトッカ人の血を引いているんだ。失った性質は多いようだが。たとえば、青い髪だとか……」

「まあ、珍しい色ですね」

「そうだな。だが、本当に珍しいのは髪じゃない。トトッカの、特に王族は様々な異能を持っていた。それは今でも受け継がれているんだ」
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