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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
32 再び村へ
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「私のブーツには滑り止めがついていますし」
「滑り止め? なぜ、そんなものが?」
「薬の材料を集めるために、山を登ることもありましたから」
そう言うと、アルヴィン様だけでなく、ノーラやルイスも目を見開く。
「山用の服を貸していただければ、すぐにでも行けます」
エミリーナ様を思い出す場所へ行くのは、少し怖い。
しかし、山へ入るアルヴィン様たちが心配だった。
帝国が関与しているなら、なおさらだ。
それに……まだ、アルヴィン様に何の治療もほどこせていない。
寝室での様子も気になるし、彼の体調が急変したらすぐ対処できるところにいたい。
「閣下、私をお連れください」
私は、じっとアルヴィン様を見すえた。
アルヴィン様も私を見つめ返してくる。
眉間に深い皺を寄せて。
「……俺は、シャーウッド辺境伯だ。君より領民の命を優先するぞ。いいのか?」
「はい」
そんなことは百も承知だ。
なぜ、わざわざ言うのだろう。
答えを探してアルヴィン様を見つめると、彼はフッと目をそらして、
「わかった」
と、諦めたように答えた。
「ありがとうございます」
「ああ……だが、俺の指示にはかならず従え。『逃げろ』と言ったら全力で逃げろ。『隠れろ』と言ったら、俺が呼ぶまで絶対に出てくるな」
「承知いたしました」
「本当だな?」
アルヴィン様が、不安そうに眉尻を下げる。
私は「はい」と言い切ってみせたが、ノーラは頬を膨らませている。
「ですが、先程アルヴィン様が『休め』とおっしゃった時、聞いてくださいませんでしたわ」
「あ、あれは、だって、急がなくちゃと思ったから」
「あそこまで急ぐ必要があるんですの?」
「それは……」
私は言葉を濁した。
恥ずかしくて言えない。
頑張ればアルヴィン様に認めてもらえる、そうしたら彼を治療できる、なんて。
アルヴィン様のために必死だったのが、ルイスとノーラにまでばれてしまう。
両手を揉み合わせていると、アルヴィン様が「とにかく」と、私を見た。
「ソフィア、もう一度聞く。俺の指示に従うんだな?」
「は、はい」
「……わかった、信じよう。少年従者向けのものしかないが、出発前に山用の服を用意させる」
「! ありがとうございます!」
私の薬とは関係のない話だが、「信じる」と言ってもらえた。
嬉しさで頬が緩む。
すると、アルヴィン様はハッとしたように私の顔を見つめてきた。
「あの……どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもない。出発は明後日だ。明日は国境警備隊の報告日だから、俺は執務室にいるが、君は休んでいなさい。薬を作っていたら置いていくからな」
「かしこまりました。ですが……」
何となくアルヴィン様の顔が赤い。
大丈夫だろうか。
尋ねる前に、厨房のドアが開いた。
「お待たせいたしました!」
料理を持った料理長が、ウィルを連れて食堂へ入ってきた。
いつもと違い、ウィルはビクビクと肩を縮こめている。
今朝、地下階段の前で鉢合わせたことをアルヴィン様に知られていないか、不安なのだろう。
かわいそうになって、ウィルが私の前へ皿を置く時、そっと耳打ちした。
「今朝、あなたに会ったことは誰にも言ってないから」
「あ……ありがとうございます」
ウィルが安心したように微笑む。
そこへ低い声が飛んでくる。
「楽しそうだな、何の話だ?」
アルヴィン様が、不機嫌そうに私たちを見ていた。
「なんでもありません!」
アルヴィン様がなぜ怒っているのかわからないまま、私はウィルと一緒に背筋を伸ばした。
◆
当日の朝、私たちは登山の準備に取りかかった。
着るのは鎧ではなく、村人のものと似た服だ。
化膿止め。血止めの材料。ノーラが瓶詰めしてくれた薬。
それらを自分の肩掛け鞄に入れて、アルヴィン様や兵たちとともに城を発った。
一人で馬に乗る、とアルヴィン様に伝えたが、「軍馬を操れるか?」と返されてしまい、結局二人乗りで村へ向かった。
「……着いたぞ、降りよう」
「はい、閣下」
アルヴィン様の手を借り、馬の背から草地へ飛び降りる。
今の私は村の少年が着るような、簡素なシャツとズボンを身につけている。
10歳くらいの男の子になった気分だ。
が、私はもうすぐ18歳。
「いつまでも閣下のお世話になって、お恥ずかしいです。時間がありましたら、軍馬に乗る練習をさせていただけませんか?」
「やめておけ、また倒れるぞ」
「そんなことは──」
言い返そうとしたものの、途中で口をつぐんだ。
「ないとは言い切れませんね……申し訳ありません」
「なぜ謝る?」
「だって、暑さで倒れただけでも半日休んでしまったんですよ。軍馬に乗る練習で怪我をしたら、何日寝込むかわかりません。アルヴィン様たちに、またご迷惑をかけてしまいます。考えが至らず、情けないです……」
これでは、アルヴィン様に認めてもらえないのも当然だ。
“君が倒れるほど頑張ってくれたんだ、薬を飲もう”
そう言ってくれるかもしれないと思ったが、彼はそんな素振りさえ見せなかった。
的外れな期待をした自分が恥ずかしい。
うつむく私には、アルヴィン様のブーツしか見えない。
そのブーツの片方が、落ち着かなげに地面を爪先で小突き始めた。
「……君に頼られるのは、迷惑じゃない」
「滑り止め? なぜ、そんなものが?」
「薬の材料を集めるために、山を登ることもありましたから」
そう言うと、アルヴィン様だけでなく、ノーラやルイスも目を見開く。
「山用の服を貸していただければ、すぐにでも行けます」
エミリーナ様を思い出す場所へ行くのは、少し怖い。
しかし、山へ入るアルヴィン様たちが心配だった。
帝国が関与しているなら、なおさらだ。
それに……まだ、アルヴィン様に何の治療もほどこせていない。
寝室での様子も気になるし、彼の体調が急変したらすぐ対処できるところにいたい。
「閣下、私をお連れください」
私は、じっとアルヴィン様を見すえた。
アルヴィン様も私を見つめ返してくる。
眉間に深い皺を寄せて。
「……俺は、シャーウッド辺境伯だ。君より領民の命を優先するぞ。いいのか?」
「はい」
そんなことは百も承知だ。
なぜ、わざわざ言うのだろう。
答えを探してアルヴィン様を見つめると、彼はフッと目をそらして、
「わかった」
と、諦めたように答えた。
「ありがとうございます」
「ああ……だが、俺の指示にはかならず従え。『逃げろ』と言ったら全力で逃げろ。『隠れろ』と言ったら、俺が呼ぶまで絶対に出てくるな」
「承知いたしました」
「本当だな?」
アルヴィン様が、不安そうに眉尻を下げる。
私は「はい」と言い切ってみせたが、ノーラは頬を膨らませている。
「ですが、先程アルヴィン様が『休め』とおっしゃった時、聞いてくださいませんでしたわ」
「あ、あれは、だって、急がなくちゃと思ったから」
「あそこまで急ぐ必要があるんですの?」
「それは……」
私は言葉を濁した。
恥ずかしくて言えない。
頑張ればアルヴィン様に認めてもらえる、そうしたら彼を治療できる、なんて。
アルヴィン様のために必死だったのが、ルイスとノーラにまでばれてしまう。
両手を揉み合わせていると、アルヴィン様が「とにかく」と、私を見た。
「ソフィア、もう一度聞く。俺の指示に従うんだな?」
「は、はい」
「……わかった、信じよう。少年従者向けのものしかないが、出発前に山用の服を用意させる」
「! ありがとうございます!」
私の薬とは関係のない話だが、「信じる」と言ってもらえた。
嬉しさで頬が緩む。
すると、アルヴィン様はハッとしたように私の顔を見つめてきた。
「あの……どうかなさいましたか?」
「い、いや、何でもない。出発は明後日だ。明日は国境警備隊の報告日だから、俺は執務室にいるが、君は休んでいなさい。薬を作っていたら置いていくからな」
「かしこまりました。ですが……」
何となくアルヴィン様の顔が赤い。
大丈夫だろうか。
尋ねる前に、厨房のドアが開いた。
「お待たせいたしました!」
料理を持った料理長が、ウィルを連れて食堂へ入ってきた。
いつもと違い、ウィルはビクビクと肩を縮こめている。
今朝、地下階段の前で鉢合わせたことをアルヴィン様に知られていないか、不安なのだろう。
かわいそうになって、ウィルが私の前へ皿を置く時、そっと耳打ちした。
「今朝、あなたに会ったことは誰にも言ってないから」
「あ……ありがとうございます」
ウィルが安心したように微笑む。
そこへ低い声が飛んでくる。
「楽しそうだな、何の話だ?」
アルヴィン様が、不機嫌そうに私たちを見ていた。
「なんでもありません!」
アルヴィン様がなぜ怒っているのかわからないまま、私はウィルと一緒に背筋を伸ばした。
◆
当日の朝、私たちは登山の準備に取りかかった。
着るのは鎧ではなく、村人のものと似た服だ。
化膿止め。血止めの材料。ノーラが瓶詰めしてくれた薬。
それらを自分の肩掛け鞄に入れて、アルヴィン様や兵たちとともに城を発った。
一人で馬に乗る、とアルヴィン様に伝えたが、「軍馬を操れるか?」と返されてしまい、結局二人乗りで村へ向かった。
「……着いたぞ、降りよう」
「はい、閣下」
アルヴィン様の手を借り、馬の背から草地へ飛び降りる。
今の私は村の少年が着るような、簡素なシャツとズボンを身につけている。
10歳くらいの男の子になった気分だ。
が、私はもうすぐ18歳。
「いつまでも閣下のお世話になって、お恥ずかしいです。時間がありましたら、軍馬に乗る練習をさせていただけませんか?」
「やめておけ、また倒れるぞ」
「そんなことは──」
言い返そうとしたものの、途中で口をつぐんだ。
「ないとは言い切れませんね……申し訳ありません」
「なぜ謝る?」
「だって、暑さで倒れただけでも半日休んでしまったんですよ。軍馬に乗る練習で怪我をしたら、何日寝込むかわかりません。アルヴィン様たちに、またご迷惑をかけてしまいます。考えが至らず、情けないです……」
これでは、アルヴィン様に認めてもらえないのも当然だ。
“君が倒れるほど頑張ってくれたんだ、薬を飲もう”
そう言ってくれるかもしれないと思ったが、彼はそんな素振りさえ見せなかった。
的外れな期待をした自分が恥ずかしい。
うつむく私には、アルヴィン様のブーツしか見えない。
そのブーツの片方が、落ち着かなげに地面を爪先で小突き始めた。
「……君に頼られるのは、迷惑じゃない」
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