婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

33 心配なんだ

「え?」

 私は、思わず顔を上げた。
 対して、アルヴィン様は横を向いていた。

 不貞腐れたような、居心地が悪いような、複雑な表情をしている。
 その横顔を見つめていると、お供の兵士2人がボソボソと話を始めた。

「おい……今、アルヴィン様が令嬢に『迷惑じゃない』とおっしゃったぞ」

「ほかの令嬢相手なら、『大迷惑だ』とオーラで主張なさるのに……」

「無駄口を叩くな!」

 アルヴィン様の一喝に、兵たちがビクッと震える。

「日が暮れるまでに城へ戻る、と伝えたはずだ。もたもたするな」

 そう言ったアルヴィン様は、馬の手綱を引き、足早に歩き始める。
 置いていかれそうになって、私は慌てて叫んだ。

「閣下、お待ちください!」
 
 小走りで追いかけると、アルヴィン様が焦った様子で立ち止まる。

「あ、ああ、悪かった」

 2人の兵士も足を止め、目を丸くしている。

「アルヴィン様が、ご令嬢に謝ってる!」

「あと3年は見られない光景だな……」

「だから、黙って歩けと言っただろう!」

 二度目の大声に、私も兵たちも飛び上がった。
 アルヴィン様は、息を詰めたままの私を見て、お皿を割った子どものような、バツが悪そうな顔をした。
 そして、今度はゆっくり歩き出した。

 村の門の前に立つと、それだけで門が開いた。
 現れた村人たちは、みんな笑顔だ。

「アルヴィン様、聖女様。お待ちしておりました!」

「いえ、私は……」

 聖女じゃない、と言おうとした私の肩を、アルヴィン様がそっと抱く。

「言わせておけ」

「で、ですが」

「崇拝されている方が囲まれにくいだろう」

 そういえば、前回は村人に囲まれて身動きが取れなかった。

「では、恐縮ですが……『聖女』と名乗らせてもらいます」

「ああ」

 アルヴィン様は短く答えると、馬を村人に任せ、歩き始めた。
 私の肩を抱いたまま。

「えっ、あの、閣下?」

「ここでは名前だと言ったが」

「あ……アルヴィン様。私、1人で歩けます」

「駄目だ、時間を取られる。村人の中には、『聖女』の手を握ろうとする図々しい者がいるからな」

「そ、そうですか」

 そう言われては、大人しくするしかない。
 村人から温かな視線を浴びつつ──若い男性はなぜか悲しそうだったが──村の中へ入る。
 後ろにいる兵たちが、ヒソヒソと話し合う。

「これはついに……」

「近々、お世継ぎの誕生か……!」

 一体、兵士は何の話をしているのだろう。
 首を傾げていると、アルヴィン様がひときわ低い声で唸った。

「残念だ……有能な臣下を二人、命令違反の罪で追い出す羽目になるとは」

「アルヴィン様、もう黙っております!」

「申し訳ございませんでしたぁ!」

 2人の兵士はそう叫びながら、風を切る勢いで頭を下げた。
 そこへ、私たちの騒ぎが聞こえたのか、村長さんが杖をついて近付いてきた。

「アルヴィン様。本日も聖女様をお連れくださり、感謝いたします。先日は多大なるお恵みをいただき──」

「村長、すまないが急ぐんだ。すぐ本題に入る。まず、今日は先日と同じ薬を持ってきた。まだ飲んでいない村人に配ってくれ。それから、山を案内してほしい」

「山ですか? どちらの山です?」

 村長は、キョロキョロと周りを見回した。
 その視線を導くように、アルヴィン様がある方向を指す。

「あの山だ。あそこに、川の源流があるだろう?」

「ああ、そうですな。ここらの水は、あのあたりから流れてきております」

「あそこを調べたい。村人を数人、集めてくれないか。防衛隊の者で……あの山を歩き慣れている方がいい」

「それなら、すぐに4人は集まりますぞ」

 村長は笑顔で胸を叩いた。
 彼が村人たちに声をかけると、すぐに志願者がやってきた。
 
 皆、兵士ほどではないが屈強な体をしている。
 やはり辺境の人々はたくましい。
 
 私は山歩きに慣れていると思っていたけれど、気を抜いたら置いていかれるかもしれない。

「……私、足手まといにならないように頑張ります」

 隣に立つアルヴィン様にそう言うと、彼は首を横に振った。

「君がいれば、村人も安心するだろう」

「ですが、皆さんお強いのでは?」

「だが、武装はできない。相手に警戒されるからな。その代わり、怪我を負う危険も大きいが──」

 そこでアルヴィン様が、肩を抱く手に力を込める。

「君が治してくれるんだろう?」

「……! はい!」

 アルヴィン様に頼ってもらえた。嬉しくて、頬が緩むのを止められない。
 もっとできることはないだろうか。
 笑顔のままアルヴィン様を見上げると、黒い瞳が左右に泳いだ。

「君自身も気をつけろ」

「そうですね、私が怪我をしたら皆さんを治療できませんから」

「いや、そうじゃなくて……心配なんだ」

「え?」

 アルヴィン様が、心配? 私を?

 驚いて声を失った。
 その間にアルヴィン様は、私の肩を抱き、村人が集まっているところへ歩き出した。
 

 アルヴィン様は、防衛隊の青年たちとルートの確認をする間も、私を離さなかった。
 私はみんなの話に集中して、相槌を打ったり、うなずいたりしていた。
 アルヴィン様の手が気にならないふりをしていた。

 本当は、心臓が壊れそうなほどドキドキしていたのに。

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