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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
38 俺と舞踏会へ来てほしい
◇
──翌朝。
塔の部屋で、私は枕に顔を埋め、何度もため息をついていた。
「どうしよう、ノーラ……」
「大丈夫ですよ、ソフィア様」
「でも、借りた服をあんなに汚して。帰りは眠ってしまったし」
アルヴィン様は呆れているだろう。
また、治療できる日が遠のいてしまった。
「もう、ソフィア様! お聞きください」
吊り目のノーラが、さらに目を吊り上げている。
声が子猫みたいに可愛らしいので、まったく怖くないが。
「あの服は少年従者用の古着です。汚れても問題ありませんわ」
「本当に?」
「ええ、アルヴィン様がおっしゃいましたもの。それから、『ソフィアを無理に起こさなくていい』とも。微塵もお怒りではございません」
ノーラの笑顔に、私はようやくベッドから起き上がった。
「わかったわ、ありがとう……でも、やっぱり一言謝りたいの。アルヴィン様は朝食に来られる?」
「はい、いつも通りに。ソフィア様は食堂へお行きになれますか?」
「ええ。……アルヴィン様、本当に怒ってらっしゃらないかしら」
「ですから大丈夫ですってば! どうしても気になるとおっしゃるなら、正装に近い格好をしましょう」
ノーラはそう言うと、クローゼットから白いドレスを出した。
スカートが膨らまず、すとんと床まで垂れる簡素なもの。
とはいえ、全体に花の刺繍がいくつも散りばめられ、袖や裾にはフリルがあしらわれている。
とても上品な衣装だ。これは絶対に汚せない。
「ノーラ、このドレスは駄目よ」
「あら、なぜですの? アルヴィン様がお好きだと思いますのに」
「薬を作る時に汚れてしまうわ」
そう答えると、ノーラはきょとんと目を丸くして、それから口を尖らせた。
「今日も作業なさるおつもりですか⁉︎」
「だって……」
急がないとアルヴィン様の治療ができない。
と言うのが、やはり恥ずかしくて、私は黙り込んだ。
すると、ノーラは信じられないことを言った。
「駄目ですよ、アルヴィン様のご命令なんですから。『今日はソフィアに薬を作らせるな』って」
「え……ど、どうして?」
「ソフィア様をご心配なさってるんです。決まってるじゃありませんか!」
ノーラは頬を膨らませて、さっきの白いドレスを突き出してきた。
「お召しになってください」
「でも」
「お召しになってください」
「……はい」
ノーラに言われるままネグリジェを脱ぎ、ドレスを身につける。
しばらく社交界から離れていたので、綺麗な服を着ると緊張してしまう。
鏡台の前に座ると、襟が繊細なレースになっていることに気付いた。
思わず感嘆の息が漏れる。
「素敵……」
「よかった! ソフィア様もお気に召しましたか?」
ノーラが、コロコロとした声で笑った。
「ええ、とっても綺麗ね」
これを着たら、少しはアルヴィン様に好いてもらえるだろうか。
(……って、駄目駄目! 浮かれてる暇なんかないわ。アルヴィン様の治療に専念しなくちゃ)
ノーラが私の髪を結い、化粧をしてくれている間、私は自分に言い聞かせていた。
編み込みのハーフアップが出来上がり、化粧が終わると、私は食堂へ移った。
席に着いてしばらくすると、アルヴィン様とルイスが入ってくる。
「閣下……! その、おはようございます。昨日は申し訳ありませんでした」
立ち上がってお辞儀をし、少し待ち、頭を上げる。
「おはようございます~」
返ってきたのはルイスの声だけ。
アルヴィン様の返事がないのが不思議で、彼を見てみると。
(えっ……ど、どうしたの?)
アルヴィン様は、やけに真剣な顔で私を見つめていた。
私は、おずおずと挨拶をくり返した。
「あの、閣下? 昨日は申し訳ございません。服を汚して……」
「服?……あ、いや、気にしなくていい。どうせもうすぐ捨てる予定だった」
アルヴィン様は咳払いをすると、私の正面の席に座った。
(いつもは、もっと離れた場所に座るのに)
真正面にアルヴィン様がいると、どこを見たらいいかわからなくなる。
目を泳がせていると、アルヴィン様が口を開いた。
「ソフィア、その……話がある」
「な、何でしょう」
「まず、昨日のことだが。村人と作物に、君の薬が効いたらしい。村長が礼を言っていた」
「! そうでしたか、よかった……」
ホッと胸をなで下ろす。
が、「まず」という言い方が引っかかり、居住まいを正して聞き返した。
「閣下。何か、ほかの問題が?」
「ああ……その、なんだ。君に頼みがあって。嫌なら断ってくれていいんだが」
なんだか歯切れが悪い。
私は不安になりつつ、背筋を伸ばして尋ねた。
「何でしょうか? 別の不調を訴える方がおられるのですか?」
「いや、その……俺と一緒に……」
「はい……」
「王宮の、舞踏会に参加してほしいんだ」
「……はい?」
予想だにしなかった言葉に、口が半開きのまま固まってしまった。
「駄目だろうか……?」
アルヴィン様は、心配そうに私の顔をうかがっている。
真っ白だった私の頭へ、次第に熱いものが湧き上がってくる。
(私、夢を見てるの?)
一緒にということは、エスコートされるという意味だ。
英雄に乞われて、舞踏会に行く。
どうして、いきなりこんなことに。
知らないうちに恋愛小説の世界へ入ったのだろうか。
(王宮には、ほかの貴族もたくさんいる……エミリーナ様やカールも。『魔女』の噂も収まっていないだろうし、色々言われるかもしれないけど……)
少しなら、夢を見てもいいだろうか。
(……大丈夫。アルヴィン様と一緒にいれば、みんな私の陰口を言いにくいはずよ。それに、アルヴィン様のおそばにいれば、信頼を得るチャンスが来るかもしれない)
そうしたらアルヴィン様に薬を飲んでもらえる。
私はテーブルの下で拳を握り、うなずいた。
驚きと嬉しさで息苦しいのを悟られないよう、精一杯微笑む。
「私でよろしければ喜んで。エスコートをお願いしてよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。助かる」
「助かる?」
最後の言葉が引っかかって、思わず聞き返した。
「私は舞踏会で、アルヴィン様のお手伝いをするのですか?」
──翌朝。
塔の部屋で、私は枕に顔を埋め、何度もため息をついていた。
「どうしよう、ノーラ……」
「大丈夫ですよ、ソフィア様」
「でも、借りた服をあんなに汚して。帰りは眠ってしまったし」
アルヴィン様は呆れているだろう。
また、治療できる日が遠のいてしまった。
「もう、ソフィア様! お聞きください」
吊り目のノーラが、さらに目を吊り上げている。
声が子猫みたいに可愛らしいので、まったく怖くないが。
「あの服は少年従者用の古着です。汚れても問題ありませんわ」
「本当に?」
「ええ、アルヴィン様がおっしゃいましたもの。それから、『ソフィアを無理に起こさなくていい』とも。微塵もお怒りではございません」
ノーラの笑顔に、私はようやくベッドから起き上がった。
「わかったわ、ありがとう……でも、やっぱり一言謝りたいの。アルヴィン様は朝食に来られる?」
「はい、いつも通りに。ソフィア様は食堂へお行きになれますか?」
「ええ。……アルヴィン様、本当に怒ってらっしゃらないかしら」
「ですから大丈夫ですってば! どうしても気になるとおっしゃるなら、正装に近い格好をしましょう」
ノーラはそう言うと、クローゼットから白いドレスを出した。
スカートが膨らまず、すとんと床まで垂れる簡素なもの。
とはいえ、全体に花の刺繍がいくつも散りばめられ、袖や裾にはフリルがあしらわれている。
とても上品な衣装だ。これは絶対に汚せない。
「ノーラ、このドレスは駄目よ」
「あら、なぜですの? アルヴィン様がお好きだと思いますのに」
「薬を作る時に汚れてしまうわ」
そう答えると、ノーラはきょとんと目を丸くして、それから口を尖らせた。
「今日も作業なさるおつもりですか⁉︎」
「だって……」
急がないとアルヴィン様の治療ができない。
と言うのが、やはり恥ずかしくて、私は黙り込んだ。
すると、ノーラは信じられないことを言った。
「駄目ですよ、アルヴィン様のご命令なんですから。『今日はソフィアに薬を作らせるな』って」
「え……ど、どうして?」
「ソフィア様をご心配なさってるんです。決まってるじゃありませんか!」
ノーラは頬を膨らませて、さっきの白いドレスを突き出してきた。
「お召しになってください」
「でも」
「お召しになってください」
「……はい」
ノーラに言われるままネグリジェを脱ぎ、ドレスを身につける。
しばらく社交界から離れていたので、綺麗な服を着ると緊張してしまう。
鏡台の前に座ると、襟が繊細なレースになっていることに気付いた。
思わず感嘆の息が漏れる。
「素敵……」
「よかった! ソフィア様もお気に召しましたか?」
ノーラが、コロコロとした声で笑った。
「ええ、とっても綺麗ね」
これを着たら、少しはアルヴィン様に好いてもらえるだろうか。
(……って、駄目駄目! 浮かれてる暇なんかないわ。アルヴィン様の治療に専念しなくちゃ)
ノーラが私の髪を結い、化粧をしてくれている間、私は自分に言い聞かせていた。
編み込みのハーフアップが出来上がり、化粧が終わると、私は食堂へ移った。
席に着いてしばらくすると、アルヴィン様とルイスが入ってくる。
「閣下……! その、おはようございます。昨日は申し訳ありませんでした」
立ち上がってお辞儀をし、少し待ち、頭を上げる。
「おはようございます~」
返ってきたのはルイスの声だけ。
アルヴィン様の返事がないのが不思議で、彼を見てみると。
(えっ……ど、どうしたの?)
アルヴィン様は、やけに真剣な顔で私を見つめていた。
私は、おずおずと挨拶をくり返した。
「あの、閣下? 昨日は申し訳ございません。服を汚して……」
「服?……あ、いや、気にしなくていい。どうせもうすぐ捨てる予定だった」
アルヴィン様は咳払いをすると、私の正面の席に座った。
(いつもは、もっと離れた場所に座るのに)
真正面にアルヴィン様がいると、どこを見たらいいかわからなくなる。
目を泳がせていると、アルヴィン様が口を開いた。
「ソフィア、その……話がある」
「な、何でしょう」
「まず、昨日のことだが。村人と作物に、君の薬が効いたらしい。村長が礼を言っていた」
「! そうでしたか、よかった……」
ホッと胸をなで下ろす。
が、「まず」という言い方が引っかかり、居住まいを正して聞き返した。
「閣下。何か、ほかの問題が?」
「ああ……その、なんだ。君に頼みがあって。嫌なら断ってくれていいんだが」
なんだか歯切れが悪い。
私は不安になりつつ、背筋を伸ばして尋ねた。
「何でしょうか? 別の不調を訴える方がおられるのですか?」
「いや、その……俺と一緒に……」
「はい……」
「王宮の、舞踏会に参加してほしいんだ」
「……はい?」
予想だにしなかった言葉に、口が半開きのまま固まってしまった。
「駄目だろうか……?」
アルヴィン様は、心配そうに私の顔をうかがっている。
真っ白だった私の頭へ、次第に熱いものが湧き上がってくる。
(私、夢を見てるの?)
一緒にということは、エスコートされるという意味だ。
英雄に乞われて、舞踏会に行く。
どうして、いきなりこんなことに。
知らないうちに恋愛小説の世界へ入ったのだろうか。
(王宮には、ほかの貴族もたくさんいる……エミリーナ様やカールも。『魔女』の噂も収まっていないだろうし、色々言われるかもしれないけど……)
少しなら、夢を見てもいいだろうか。
(……大丈夫。アルヴィン様と一緒にいれば、みんな私の陰口を言いにくいはずよ。それに、アルヴィン様のおそばにいれば、信頼を得るチャンスが来るかもしれない)
そうしたらアルヴィン様に薬を飲んでもらえる。
私はテーブルの下で拳を握り、うなずいた。
驚きと嬉しさで息苦しいのを悟られないよう、精一杯微笑む。
「私でよろしければ喜んで。エスコートをお願いしてよろしいでしょうか?」
「ああ、もちろんだ。助かる」
「助かる?」
最後の言葉が引っかかって、思わず聞き返した。
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