婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

54 ソフィアの行方(2/2)(アルヴィン視点)

 客間に入ってきたエミリーナは、蛾の化け物のようだった。

 目玉サイズの赤い宝石が輝くティアラ。
 白い毛皮の肩掛け。
 背中には巨大なリボン。

 顔をしかめる俺に、彼女はにっこりと笑った。

「ごきげんよう。エミリーナが参りましたわ、アルヴィン様」

「……俺は、城へ招くとは言った。だが、好きな時に来いとは言っていない」

「あら、構わないでしょう? 私はあなたの妻になるんですから」

 俺は口を開けたまま硬直した。
 なぜそんな話になったんだ。

 混乱している間にも、エミリーナは話を続ける。
 
「貴族嫌いのアルヴィン様が、お城に招いてくださるなんて。求婚に等しいと、伯母が申しておりましたわ」

「……ペント公爵夫人か」

 あの女がエミリーナの傲慢さを助長しているのか。
 ため息をつこうとしたが、その前に甲高い声が飛んできた。

「はい! ですからお願いに参りました! 結婚式のドレスはアクア・レジーの店に頼みたいわ。魔女なんかより、私の方が似合うでしょう?」
 
 ソフィアが魔女なら、お前は魔物だ。
 そう言いたいのをグッとこらえる。

 ここで機嫌を損ねたら貴重な情報源を失うかもしれない。
 本来なら、リッツィ男爵の新事業について聞くところだが……今はソフィアの件が優先だ。

「それはともかく、君はフィルド侯爵家のカールと婚約中では?」

 今、カールがどこで何をしているのか。
 それを聞きたかったのだが、遠回しにしすぎたらしい。
 エミリーナには通じなかった。

「カールは……本当にひどい人。私を大切にすると言ったのに。彼は私を捨てて、あの魔女と結婚するつもりなんです……」

 目を潤ませながら、こちらへ歩み寄ってくる。
 そして、俺と密着するようにソファへ座ってきた。

「……狭いんだが」

「私、少し疲れてしまって。こちらのソファで休ませてください」

 エミリーナはそう言いながら、肩にもたれかかってきた。
 俺は即刻、腰を上げた。

「では、好きなだけそこで休め」

 そう言い捨てて、ひじ掛け椅子にドカッと腰を下ろす。
 エミリーナはといえば、ソファの上で倒れたまま、目を見開いていた。
 
「それで、カールはどうした?」

「カールは……」

 エミリーナは口の端をひくつかせながらも、笑顔で起き上がった。
 相変わらず神経の太い娘だ。
 舞踏会の日、手袋を裂いて脅かしてやったことも、もう忘れているのだろう。

「あの魔女と婚約し直すつもりでしょう」

「ソフィアとの婚約だと?」

「ええ、フィルド侯爵邸で。今日は侯爵夫妻がサロンを開くそうです。そこで発表するに違いありません」

 数日前、カールはエミリーナにこう言ったそうだ。
 サロンへ来るなと言っても聞かないだろう。
 しかし、ソフィアを見かけても邪魔はするな、と。

「あの魔女は、今頃カールといるんだわ。彼女がカールをたぶらかしたのです。アルヴィン様が私に心変わりしたとはいえ、まだ婚約中なのに……不誠実ですわ!」

 拳を握るエミリーナを放置して、俺は考えていた。

 カールにさらわれたソフィアは、「修道院へ助けに来てくれ」とメッセージを残した。
 カールはそこへ向かったはずではないのか。

(だが、カールが修道院へ行くのはたしかに不自然……どういうことだ?)
 
 疑問の答えを持つ者は、すぐにやってきた。

「アルヴィン様、また兵士が報告だそうです~」

「わかった、入れ」

 促すと、ルイスに続いて一人の兵士がやってきた。

「お前はたしか、修道院に駐在していた……」

「ハッ! ご報告いたします。ソフィア様が──」

「ソフィアがどうした⁉︎」

 修道院にソフィアがいるのか。
 床を蹴って立ち上がり、兵士に詰め寄る。

「え、ええ、その……子どもの言い分ですので、信じていいものか」

「早く言え! 結論から、端的に!」

「はいっ! 修道院の子どもたちが、『ソフィア様が誘拐されたから助けてくれ』と言っておりますっ!」

「何だと……!」

「お待ちください!」

 耳障りな叫びが響いた。
 エミリーナが、いつの間にか俺のマントを握りしめている。

「ソフィア様はカールについて行ったのですわ。子どもたちは嘘をついています!」

「うーん、何とも言えませんね~。ソフィア様は、自分から馬車に乗られたそうですし~」

 ルイスが腕組みをして呟く。
 エミリーナはパッと顔を輝かせた。

「ほら! やっぱり子どもたちの嘘──」

「具体的にどんな状況だったんだ?」

 俺はエミリーナの言葉を遮り、兵士に尋ねた。
 
「ええと……赤髪の男が、ソフィア様と馬車に乗っていたそうです。子どもたちが声をかけようとすると、男がソフィア様の頭を床に叩きつけた、と」

「……!」

 腹の底で怒りが燃え上がった。
 堪えきれずにエミリーナを睨みつける。

「誑かされた割には、カールは暴力的だな?」

「こ、子どもの言うことなんて信じられません!」

「まあ、あの子たちは悪知恵が働きますから。イタズラの可能性もございます」

 ボソボソと同意する兵士に、エミリーナが満面の笑みを浮かべる。

「ほらぁ! やっぱり嘘ですわ!」

 誇らしげなエミリーナに、俺は眉をひそめた。

「どちらにせよ、関係ない。ソフィアは俺に『助けてくれ』と伝言を残している」

「まさか! 万が一そうだとしても、カールが聞いたら怒って帰るはずです」

「あいつは気付けない。ソフィアは特殊な言葉を使ったからな」

「えっ……ど、どういうことです?」

 エミリーナが困惑している隙に、俺は兵士に尋ねた。

「で、カールを乗せた馬車はどこへ?」

「まっすぐ北西へ向かいました」

「フィルド侯爵領の方角だな……」

 それなら俺一人で向かった方が効率的か。
 考え込んでいると、修道院から来た兵士が申し訳なさそうに言った。

「アルヴィン様、そろそろ修道院へ戻らなくてはなりません」

「何だ? 急用でもあるのか?」

「子どもたちの話なので、信じていいのかわかりませんが……ソフィア様が『襲撃を止める約束でしょ』『どうして嘘をついたの』と赤髪の男に訴えていたとか。心配ですので、早く帰ろうかと」

「……ああ、なるほど。そういうことか」

「はい?」

「いや、わかった。問題ないと思うが、行ってやれ」

「ハッ! 失礼いたします」

 客間を出る兵士を眺めながら、俺はカールの卑劣さに怒りを募らせていた。
 
 おそらく、カールは修道院を盾にソフィアを脅迫したのだ。
 だからソフィアは「修道院のタタピタ草」というメッセージを残した。

(自分より修道院を助けてほしい、とは彼女らしい)

 しかし、カールの脅しは嘘だったのだろう。
 それが判明した時には、ソフィアはこの城から遠く離れて、逃げることもできず──

 どんなに心細い思いでいるだろう。
 早く救ってやらなくては。

「ルイス、侯爵邸には俺一人で行く。馬を用意してくれ」

「かしこまりました~。それで、彼女はどうされます~?」

 ルイスがエミリーナをチラリと見る。
 放置されたのが気に食わないのか、彼女は悪魔のような顔で俺を睨んでいた。
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