婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

63 地下室へ(3/3)

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「アルヴィン様。城に、ペリラの種とクンミルの実はありますか?」

 アルヴィン様はちょっと驚きながらも、小声で答えた。

「たしか、倉庫にあると思うが……タタルクに食べさせるのか? どちらもかなり油分が多いぞ」

「その油が効くんです。それからタタルクさんは、肉より魚を食べた方がいいと思います」

「……わかった。では、ルイスに伝えておく」

「よろしくお願いします」

 私は頷き、またタタルクさんを見た。
 穏やかに眠っているが、黒い霧は胸元にまとわりついたまま。
 早急に治療が必要だ。

 それでも、ひと段落はした──タタルクさんの件に関しては。
 私はタタルクさんから手を離し、アルヴィン様に向き直った。

「それで……教えてくださいませんか」

「……何を?」

 アルヴィン様は、強張った声で聞き返してきた。

 質問攻めにしてはいけない。
 矢継ぎ早に尋ねれば、ますます身構えられてしまう。

 私は「これ」と思う疑問を選び、慎重に口にした。
 
「タタルクさんは、トトッカの血が濃いんですよね?」

 修道院で、アルヴィン様は「トトッカの民は髪が青い」と言っていた。

「だから彼を隠すんですか? 辺境では、トトッカの民は迫害を受けるんですか?」

「……たしかに、タタルクはトトッカ人の末裔だ。だが、匿う理由はそこじゃない。この男は呪術師の末裔なんだ」

「呪術師?」

 驚いたものの、なんとか声は抑えられた。
 その可能性もあると予想していたからだ。
 かといって、すぐに理解はできないが。

「どうしてですか? 呪術師を匿ったと陛下に知られたら、アルヴィン様にどんな罰が下るか。ルイスやノーラだって、殺されるかもしれませんのに……」

「仕方ない。俺にかけられたこの術を解くには、タタルクに協力を仰ぐしかないんだ」

 アルヴィン様が、苦しげに顔を歪める。
 その目は床を見つめていた。
 私もつられて視線を落とす。

「あっ!」

 つい、声を上げてしまった。
 慌てて口を押さえ、改めて床を観察する。
 見たことのない文字列が、渦巻き状に描かれていた。

「これが呪術……これをタタルクさんが?」

 ベッドで眠る彼を、怖々と見る。
 しかしアルヴィン様は、首を横に振った。

「タタルクは呪術師の血を引いているだけで、呪術は使わない。これは、別の者が書いたんだ」

「別の者? 帝国の人間ですか? それとも、アルヴィン様の地位を狙う人が?」

 アルヴィン様は、また首を横に振った。
 そして、弱々しく呟いた。

「書いたのは、エイベルだ」

「エイベル……? えっ、エイベル様?」

 聞き間違いかと思った。
 それとも記憶違いだろうか。

 だって、そうでなければアルヴィン様は、双子の弟に呪術をかけられたことになる。

 アルヴィン様から視線をそらさず、固唾を飲んで答えを待つ。
 アルヴィン様は長く息を吐き、

「ここは空気が悪い……俺の部屋で詳しく話そう」

 と、疲れた表情で言った。

 アルヴィン様のあとに続き、地下室を出る。
 階段を上がると、地下室を守る兵士、それからルイスとノーラが待っていた。

 アルヴィン様が、ルイスをジロッと見る。

「ルイス、勝手なことをしてくれたな。ソフィアにタタルクのことを明かしたのはお前だろう」

「明かしたというほどではありませんよ~」

 ルイスはアルヴィン様の睨みを気にもせず、私に笑いかけてきた。

「ソフィア様、タタルクの調子はいかがですか~」

「少し落ち着いたわ。でも、急いで治療しなくちゃ」

「待て、今日はもう遅い。しっかり休んでから作業に取り組め」

 アルヴィン様は優しい声で私に言うと、すぐにルイスを鋭い目で見た。

「ルイス。明日の朝、ペリラの種とクンミルの実を用意しろ。それからタタルクの食事は魚を中心に、と料理長へ伝えておけ」

「うーん、その材料はありましたかね? 在庫を確認してきます~。ノーラさんは厨房へ行ってください~」

「かしこまりました」

 二人はお辞儀をすると、小走りに去っていった。
 そばで見ていた兵士も、「ありがとうございました」と言ってすぐ地下室に戻る。

「……ソフィアを地下室へ通したことを、説教してやろうと思ったのに。あいつら、逃げたな」

 アルヴィン様が不機嫌そうに言うので、私は思わず笑ってしまった。
 それにつられたように、アルヴィン様も苦笑する。

「仕方ない。行くぞ、ソフィア」

「はい……あの、アルヴィン様」

 廊下を歩き始めてから、私はさっきから悩んでいることを尋ねた。

「私は地下室へ入りましたが、修道院へ戻るお約束はどういたしましょう?」

 今日は修道院へ戻る日だが、地下室へ入ったので城から出られない。
 どうすればいいのだろう。

 そう思っての質問に、アルヴィン様は小さく吹き出した。

「まだそんなことを気にしているのか。律儀だな、君は」

「だって……『一ヶ月で帰れ』『地下室へ入るな』と真剣に言われたんですから。悩むに決まってます」

「そうか、そうだな。悪かった。謝るからむくれないでくれ」

 彼は笑いを噛み殺しながら、

「その件はあとで相談しよう。まずは説明がほしいだろう?」

 と、少し先にあるドアを指さした。

「話している間に、俺の部屋に着いたぞ。入りなさい」

 アルヴィン様がドアを開ける。
 私は肩を抱かれ、導かれるまま中へ入った。

 私たちは、並んでベッドに腰掛けた。
 ふと、ここに寝かされたことを思い出す。

 アルヴィン様は私の髪をなで、双子の弟のことを話してくれた。

「ここで、エイベル様の話をしてくださいましたね」

 病弱なのに、「兄さんの力になりたい」と勉強に打ち込み、寝込むこともあった、アルヴィン様の弟。
 アルヴィン様は、そんな弟に呪術をかけられた、と言うが。

「エイベル様は、アルヴィン様を慕っておられたのでしょう?」

「ああ、そうだ。……そう思っていた」

 笑っていたアルヴィン様の顔が、急に陰った。

「だが、密かに恨んでいたんだろう。だからエイベルは俺を呪った。自分の命と引き換えに」

「命?」

「呪術には代償が必要だ。そして……エイベルは自身の命を代償にしたんだ。5年前、俺が辺境伯位を継いだ時に」

「どうして……」

 それ以外に言葉が見つからなかった。
 アルヴィン様はうなだれ、「わからない」とかぶりを振った。

「こんなことになるなら、タタルクを連れ帰らなければよかった」
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