婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

12 アルヴィンの城へ(1/2)

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  ◆

 翌日、私は草原の真っただ中で強風に全身をなぶられていた。
 アルヴィン様が駆る、栗毛の軍馬にまたがって。
 
 乗馬の経験はある。
 しかし、自力で乗れないほど背の高い軍馬には触ったこともなかった。

「か、閣下! もう少しゆっくり……!」

 振り落とされないようにくらの端を握りしめ、必死で叫んだけれど。

「駄目だ。これ以上速度を落としたら、夜までに城へ戻れない」

 私の背後で手綱を取るアルヴィン様が、淡々と答える。

「た、たしかに、子どもたちに引き止められ……ましたけど!」

「そうだな。君があんなに慕われているとは想像以上だった」

「で、ですから」

「黙っていろ。舌を噛むぞ」

「……」

 この揺れでは、本当に噛み切ってしまいそうだ。
 私は諦めて歯を食いしばった。

 太陽が西へ傾き、空が赤く染まっていく。
 馬の速度が落ちてきた頃、地を這う金色の線が見えて来た。
 泳いでは渡れそうにない、大きな河が夕陽を反射していた。

 河をまたぐのは巨大なレンガ橋。
 渡った先に、灰色の建物がそびえている。
 街に囲まれた城だ。

(いえ、お城というより……)

 上から下まで武骨な石が積まれ、物見の塔がところどころから突き出している、それは。

「砦?」

「ああ、そうだ」

 私のひとりごとに、背後のアルヴィン様が答える。

「この橋は、補給経路の中心点。かつ、敵に最も通られやすい場所だ。陛下をお守りするため、砦を築いた。その一画を住居として使っている」

「まあ……では、兵士が大勢いるんですね」

「ああ。戦力向上が第一で、女性が喜ぶようなものはない。王宮とは正反対だ」

「そうなのですか? よかったです。華やかなお城は、何日もいると疲れてしまうので」

 思ったままを口にすると、アルヴィン様は黙ってしまった。
 困惑の空気が伝わってくるけれど……なぜだろう。

(どうしてアルヴィン様は、私が何か言うたびに驚いたり困ったりなさるのかしら)

 首を傾げている間に、馬は橋を渡っていく。
 警備兵たちが、一糸乱れぬ動きでアルヴィン様に敬礼する。
 巨大な正門の前へ来ると、自分が小人になった気がした。
 
 そこをくぐった先に、訓練場らしき広場があった。
 アルヴィン様が馬を止めると、奥から20歳前後の青年がやってくる。

 若葉色の上着を羽織り、膝丈のブーツを履いている。
 貴族の従者によくある格好だ。

 対して顔付きや表情は、社交界ではあまり見かけない。
 くるんとした丸い目に、人懐っこい笑顔。
 フワフワした焦茶の髪も相まって、犬が服を着ているようにも見える。

 と、そこで私は気が付いた。

(あれ? あの人も……)

 犬顔の青年も、薄っすらと黒い霧をまとっている。
 彼も病に冒されているのだ。
 しかも、アルヴィン様と同じ病らしい。
 
 心配する私をよそに、青年はのんびりと言った。

「アルヴィン様、お帰りなさいませ~」

「ああ。出迎えご苦労、ルイス」

 ルイスという男性は、今度は私を見て屈託なく笑った。

「あなたは~? 村のお嬢さんですか~?」

「あ、いえー……違うんです」

 間延びした声に、こちらまで力が抜けそうになる。

「ローグ子爵の長女、ソフィア・ライトウィルと申します。1ヶ月、こちらでお世話になります。よろしくお願いします」

 辺境伯の従者なら、貴族家の出かもしれない。
 馬上から失礼だと思いつつ、一人では降りられないので、できるだけ頭を下げる。

 すると、「ローグ子爵?」というルイスの声が返ってきた。

 さっきとはまるで違う。
 明らかに棘がある。
 
 驚いて顔を上げると、ルイスは丸い目をスッと細めていた。
 まだ笑みを浮かべているものの、彼が放つ空気感は、研ぎ澄まされた剣のように鋭い。

「ローグ子爵家のご令嬢が、何のご用です? ここには宝石も絵画もなければ、舞踏会に晩餐会、茶会もない。音楽家や画家はもちろん、仕立て屋すらおりませんが?」

「ルイス、落ち着け。彼女は俺が呼んだ」

 アルヴィン様はそう言って、軽々と馬を降りた。

「アルヴィン様が? 何か弱みでも握られました?」

「違う。彼女は、癒しの祝福を持っている」

 その言葉で、ルイスという青年の目が大きく開いた。

「じゃ、この方は村の異変を調べに?」

「ああ。彼女が治療薬を作れば、すぐ解決するかと思ってな」

「……そうですね~。力が強ければ、もげた腕すら元通りかもしれませんから~」

 そんな奇跡みたいなことが、と今度はこちらが目を見開く。
 その時、鞍の端をつかむ私の手を、大きな手がトンと叩いた。

「降りなさい」

 アルヴィン様が、私に手を差し出している。

「あっ、はい。ありがとうございます」

 骨張った手に自分の手を重ね、あぶみに足をかける。
 お腹に力を込め、思い切って飛び降りる。

「お上手ですね~。さすがクリン子爵のお孫様~」

 ルイスがパチパチと拍手をする。
 私は、また目を丸くした。

「祖父を知っているのですか?」

 クリン子爵は母方の祖父だ。
 齢70を超える今でも、剣の鍛錬を欠かさないらしい。

「表面的な噂だけですが~。アルヴィン様の代理として、社交界の情報を集めるのは当然……あ、僕はアルヴィン様の侍従、ルイスと申します~」

 ルイスは胸に手を当て、お辞儀をした。
 私もカーテシーで応えたものの、自分の服を見て恥ずかしくなる。

「こんな麻のワンピースでは、様になりませんね」

「いえいえ、質素な装いがお似合いですよ~。本物の村娘かと思いました~」

「そうですか? それならよかったです。ありがとうございます」

 馬鹿にされなかったことにホッとする。
 すると、ルイスは瞳がこぼれそうなほど目蓋を開いた。

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