婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

37 襲撃者の正体は(アルヴィン視点)

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  ◆

 城へ帰ってすぐ、兵士から矢を受け取った。
 持った感覚が妙だと思いつつ、執務室に入る。

 書類を整理していたルイスに「敵の遺留品だ」と矢を見せると、3秒も経たずに答えが返ってきた。

「国内で作られたものですね」

「やはり、そうか」

 ルイスの言葉で、俺の予想が確信に変わる。
 ルイスは「念のために」と丹念に矢を調べているが。

「……うん、やっぱりレグナル国の矢だ。ここを見てください」

 ルイスは矢羽根を指差した。

「これは、レグナル国の岩山だけに住む猛禽類のものです。この矢は、国内の貴族なら簡単に手に入りますよ」

「国内だけか? 帝国が密かに入手した可能性は?もしくは、レグナルの商人が輸出したとか」

「考えにくいですね。兵士が賄賂を受け取って、見て見ぬふりをしたならともかく」

「それはあり得ん。兵士は互いに監視させているからな。荷物の検分記録も細かくつけているし、不自然な点があればすぐ発覚する」

 そもそも、帝国と私的に取引すれば、死ぬまで牢獄の中だ。
 そんなに危険な橋を渡る人間が、そこらにいるとは思えない。

 とはいえ、念には念を入れておく。

「ルイス、ほかに抜け道はないのか?」

「僕が把握している限りでは、ありません。この矢の持ち主はレグナル人でしょう」

「……わかった」

 ルイスから矢を受け取ると、やはり違和感がある。
 いつも扱っているものより、重みを感じるのだ。

「この矢の持ち主は、大公でもペント公爵でもないだろうな」

「そうですね、軽いものは高くて買えなかったんだと思います。この矢の持ち主は……おそらくリッツィ男爵でしょうか」

「ああ。俺も、そう思う」

 大公がペント公爵に貸した土地。
 それを又貸ししたことが大公の耳に入れば、機嫌を損ね、縁を切られかねない。

 だから、ペント公爵家──もとい夫人がそんな危険を冒したなら、姪のエミリーナのためとしか考えられない。
 娘のいない夫人は、本当の子よりもエミリーナを可愛がっていると聞く。

「面倒くさいですね、これは」

 ルイスが顔をしかめて毒づいた。

「大公閣下に『ペント公爵夫人が土地を又貸ししている』と訴えても、夫人が叱責されて終わりでしょう」

 源流で毒を流した証拠は、探されもしないだろう。
 大公は俺の地位を狙っている。
 この地や俺が弱ることは、願ったり叶ったりに違いない。
 
「かといって、ペント公爵家を問い詰めてもシラを切られる。『山に盗賊でも入り込んだのだろう』とな」

「リッツィ男爵の関与を示す決定的証拠もありませんし……お手上げですね」

 大公。ペント公爵家。リッツィ男爵。
 誰を問い詰めても逃げられてしまう。

(せめて、あの山で襲撃者を捕らえていれば……)

 ルイスとともに、ため息をつく。

 一旦保留にするしかないのか。
 リッツィ男爵を追い詰めることはできないのか。

(いざとなれば問答無用で切り捨てられるが……俺は今、陛下に疑われている。迂闊に動けば、ソフィアや彼女の実家ローグ子爵家にまで影響が及ぶかもしれん)

 考え込んでいると、ルイスが「ところで」と声をかけてきた。

「この矢はどうなさったんです? 山に落ちていたんですか?」

「いや、これは──」

 今日の出来事を話すと、ルイスの表情が険しくなった。

「でしたら、ソフィア様が危険かもしれませんね。逃げた兵士が村で聞き込みでもしたら、どこの誰だか、すぐばれてしまう」

「聞き込み? そんなことをしたら村人に怪しまれるだろう。たかが娘一人について知るために、危ない橋を渡るとは思えん」

「兵士とリッツィ男爵にとっては、たかが娘一人でしょうね。ですが、エミリーナ様にとってはどうでしょう?」

「エミリーナ? なぜ、男爵の娘が出てくる?」

「実は先日、茶会でエミリーナ様に会ったのですが──彼女、アルヴィン様と結婚するつもりですよ」

「は?」

 思わず亀のように首を突き出してしまった。
 ルイスは苦笑しつつ、肩をすくめた。

「エミリーナ様は、自分の婚約者を『期待はずれ』『甲斐性なし』とけなしまくってまして。それ以上に、『シャーウッド辺境伯と結婚したい』『自分こそ辺境伯夫人にふさわしい』と、アピールしてきたんですよ」

「……そこまであからさまな令嬢も珍しいな」
 
 ルイスの話から、エミリーナは金目当てでソフィアの婚約者を奪った、と推測できる。
 が、どうやら当てが外れたらしい。

 失望していた時、ルイスに探りを入れられたエミリーナは、「辺境伯に興味を持たれた」と勘違い。
 次はシャーウッド辺境伯の財産が手に入る、と舞い上がっているのだろう。

「むしろ清々しいじゃないか」

 フンと鼻を鳴らしてやると、ルイスは手を腰に当てて「ちょっと!」と、声を上げた。

「笑ってる場合じゃありません! エミリーナ様は本気でアルヴィン様を狙っています。あなたは今日、ソフィア様を助けるところを、リッツィ男爵の私兵に見られたのかもしれないんですよ。それをエミリーナ様が知ったら──」

「!」
 
 頭の中がサッと冷えた。
 エミリーナが辺境伯夫人の座を狙っているなら、俺のそばにいる娘の身元は徹底的に調べるだろう。

 それがソフィアだと知られたら、エミリーナは何をするかわからない。
 なにしろ、婚約中の男に財産目的で手を出す女だ。

 ソフィアがこの城にいる間は守ってやれるが、地下室に秘密がある以上、ずっと置いておくのは危険だ。

「策を立てるべきですね」

 真剣に考え込むルイスを、俺は意外に思った。

「……ルイス、急にソフィアへの態度が変わったな」

「それは、まあ……『ソフィア様がご一緒の方がいい』と申し上げたのは僕ですから。それに彼女の奮闘を知ったら、とても放っておけませんよ」

「そうだな。あれほど献身的に働くとは思わなかった」

「ええ。彼女を見る兵士の目も、ずいぶん変わりましたし」

 そういえば近頃、若い兵たちは熱っぽくソフィアを見つめている。

 胸のうちで嫉妬の火が揺らめく。
 続いて、嫌な考えが頭をよぎる。

「ルイス。お前までソフィアのことを……とは言わないよな?」

「ないですよ、ほかに好きな女性がいますから~」
 
「何っ⁉︎」

 誰だ、と聞こうとした時、ルイスはふざけた態度のまま話を戻してしまった。

「それで、ソフィア様をお守りするため、いい方法を思いつきまして~。ソフィア様にもアルヴィン様にも、貴族が寄らなくなると思うんですが~」

「何だ……?」

 警戒しつつ尋ねると、ルイスは楽しげに耳打ちしてきた。

「ソフィア様と、……する作戦はいかがでしょう~?」

 そう尋ねられたが、すぐに言葉が出なかった。
 しばらくしてようやく出た声は、

「はあ?」

 ……だった。

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