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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで
40 また名前を呼べる
「食事のあと、執務室で合意書にサインをしたら、塔の部屋でドレスのデザインを選んでくれ。ひとまず仕立て屋に案を描いてもらった」
「は、はい。承知しました」
私が頷くと、アルヴィン様は食事を始めた。
私も続いてスープを口へ運ぶ。
動作がぎこちないのが、自分でもわかる。
婚約の書類を作って、ドレスを選んで、舞踏会へ……
本当に婚姻の準備を進めているみたいだ。
私はスープの味に集中し、浮き立っていく心から意識をそらした。
食後、私はアルヴィン様の執務室へ向かった。
やはりと言うべきか、執務室も1階にあった。
ゴツゴツした石造りの壁と、装飾のない机や棚は、武骨な印象だ。
けれど格式ばった雰囲気はなく、人の温みが感じられた。
「閣下は、ほかの階へ行かれることはあるのですか?」
何気なく尋ねると、アルヴィン様は書類をめくる手を止め、私を見た。
「その呼び方、もうやめないか」
「え?」
「他人行儀だ。舞踏会で俺をそう呼んだら、『本当に婚約者か』と疑われる」
「そうですね……当日は気をつけます」
しかし、アルヴィン様は首を横に振った。
「今すぐやめてくれ。癖になる。とっさの時に口をついて出るぞ」
そんなことはない、と言いかけて、村で「閣下」と呼んでしまったことを思い出した。
「それでは、またお名前を呼んでも……?」
馴れ馴れしいだろうか、と心配したけれど、アルヴィン様は顔を背けて「それでいい」と言った。
また、呼べる。彼の名前を。
頬が緩むのを見られないよう、私は執務机の書類の山を指差した。
「そちらに合意書があるのですか?」
「あ……ああ、これだ。読んでくれ。問題がなければサインを頼む」
私は書類を受け取り、目を落とした。
そこで、あることを思いついた。
「アルヴィン様。1つ、お願いをしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「婚約をする代わりに、私の薬を飲んでください。ルイスも」
私の言葉に、アルヴィン様は顔を強張らせた。
それとこれとは話が別だ、と怒られるだろうか。
だけど、少しでもチャンスがあるなら賭けてみたい。
固唾を飲んで、じっと待つ。
アルヴィン様は迷うような素振りを見せたあと、「構わない」と言った。
「ただ、舞踏会が終わったあとにしてほしい」
「舞踏会のあと?」
「ああ。その頃には村での治療も終わっているだろうし……実は以前、薬が合わなくて吐いたことがあるんだ。そのあと、丸二日間も意識を失っていた」
私はハッと息を止めた。
だからアルヴィン様は、薬を警戒しているのだ。
「君を信用していないわけじゃない。ただ、薬を飲むなら状況が一段落してからにしたいんだ」
「……かしこまりました。舞踏会のあと、アルヴィン様のお体に合う薬をご用意いたします」
「ああ、頼む。ルイスも『やはり診てもらいたい』と話していたから、あいつの分も作ってやってくれ」
「もちろんです。ありがとうございます、アルヴィン様」
深々と頭を下げると、苦笑が返ってくる。
「礼を言うのは俺たちの方だぞ」
「いいえ。医師でもない私が作った薬ですもの。お辛い出来事があったのなら、慎重になられて当然です。信じてくださって、ありがとうございます」
そう言って、私はまた書類に目を落とした。
そしてある一文を読んだ瞬間。
「アルヴィン様! これは……⁉︎」
思わず声を上げてしまった。
「『婚約を解消できるのは、次の条件を満たした場合のみ。ソフィア・ライトウィルが、レグナル国王に対し、アルヴィン・ガードナーとの婚約解消を宣言すること』」
これだけでも驚きだが、その続きはさらに目を疑う。何度読み返しても信じられない。
「『この条件は、ソフィア・ライトウィルが死亡したあとも効力を持つ』……これでは、万一の時にアルヴィン様が婚約を解消できません!」
「その方がいい」
「ど、どういうことですか?」
「は、はい。承知しました」
私が頷くと、アルヴィン様は食事を始めた。
私も続いてスープを口へ運ぶ。
動作がぎこちないのが、自分でもわかる。
婚約の書類を作って、ドレスを選んで、舞踏会へ……
本当に婚姻の準備を進めているみたいだ。
私はスープの味に集中し、浮き立っていく心から意識をそらした。
食後、私はアルヴィン様の執務室へ向かった。
やはりと言うべきか、執務室も1階にあった。
ゴツゴツした石造りの壁と、装飾のない机や棚は、武骨な印象だ。
けれど格式ばった雰囲気はなく、人の温みが感じられた。
「閣下は、ほかの階へ行かれることはあるのですか?」
何気なく尋ねると、アルヴィン様は書類をめくる手を止め、私を見た。
「その呼び方、もうやめないか」
「え?」
「他人行儀だ。舞踏会で俺をそう呼んだら、『本当に婚約者か』と疑われる」
「そうですね……当日は気をつけます」
しかし、アルヴィン様は首を横に振った。
「今すぐやめてくれ。癖になる。とっさの時に口をついて出るぞ」
そんなことはない、と言いかけて、村で「閣下」と呼んでしまったことを思い出した。
「それでは、またお名前を呼んでも……?」
馴れ馴れしいだろうか、と心配したけれど、アルヴィン様は顔を背けて「それでいい」と言った。
また、呼べる。彼の名前を。
頬が緩むのを見られないよう、私は執務机の書類の山を指差した。
「そちらに合意書があるのですか?」
「あ……ああ、これだ。読んでくれ。問題がなければサインを頼む」
私は書類を受け取り、目を落とした。
そこで、あることを思いついた。
「アルヴィン様。1つ、お願いをしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「婚約をする代わりに、私の薬を飲んでください。ルイスも」
私の言葉に、アルヴィン様は顔を強張らせた。
それとこれとは話が別だ、と怒られるだろうか。
だけど、少しでもチャンスがあるなら賭けてみたい。
固唾を飲んで、じっと待つ。
アルヴィン様は迷うような素振りを見せたあと、「構わない」と言った。
「ただ、舞踏会が終わったあとにしてほしい」
「舞踏会のあと?」
「ああ。その頃には村での治療も終わっているだろうし……実は以前、薬が合わなくて吐いたことがあるんだ。そのあと、丸二日間も意識を失っていた」
私はハッと息を止めた。
だからアルヴィン様は、薬を警戒しているのだ。
「君を信用していないわけじゃない。ただ、薬を飲むなら状況が一段落してからにしたいんだ」
「……かしこまりました。舞踏会のあと、アルヴィン様のお体に合う薬をご用意いたします」
「ああ、頼む。ルイスも『やはり診てもらいたい』と話していたから、あいつの分も作ってやってくれ」
「もちろんです。ありがとうございます、アルヴィン様」
深々と頭を下げると、苦笑が返ってくる。
「礼を言うのは俺たちの方だぞ」
「いいえ。医師でもない私が作った薬ですもの。お辛い出来事があったのなら、慎重になられて当然です。信じてくださって、ありがとうございます」
そう言って、私はまた書類に目を落とした。
そしてある一文を読んだ瞬間。
「アルヴィン様! これは……⁉︎」
思わず声を上げてしまった。
「『婚約を解消できるのは、次の条件を満たした場合のみ。ソフィア・ライトウィルが、レグナル国王に対し、アルヴィン・ガードナーとの婚約解消を宣言すること』」
これだけでも驚きだが、その続きはさらに目を疑う。何度読み返しても信じられない。
「『この条件は、ソフィア・ライトウィルが死亡したあとも効力を持つ』……これでは、万一の時にアルヴィン様が婚約を解消できません!」
「その方がいい」
「ど、どういうことですか?」
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