婚約者に裏切られた「魔女」ですが、辺境伯閣下の「聖女」になりました

山河 枝

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1章 「魔女」が辺境伯の「聖女」になるまで

55 断罪の準備は整った(アルヴィン視点)

「アルヴィン様、薬くさい魔女なんて放っておけばいいでしょう。あの女がボロボロになってもいいじゃない。元からブスなんですから。それより、結婚式の相談をしましょう。新しいお城も建ててくださるわよね?」

 エミリーナが腕に抱きついてくる。
 自分の中で、プツンと何かが切れる音がした。

「い……」

「い?」

 きょとんとするエミリーナの腕を、俺はすばやく振り払った。

「いい加減にしろ、この勘違い娘が! 誰がお前と結婚するものか!」

 ……まずい。
 やってしまった。
 エミリーナを調子に乗らせて情報を引き出すつもりだったのに。
 あまりの鬱陶しさに、つい本音が出た。

 ルイスが「何をしてるんですか」と言いたげに、冷ややかな目で俺を見ている。
 仕方ないだろう。
 何度もソフィアを馬鹿にされて、黙っていられなかったんだ。

「で、でも、お城へ招いてくれたのに」

 エミリーナは、目を泳がせながらブツブツと呟いている。

「だって、田舎子爵なんかより、我が家の方が役に立ちますし。お父様が開発したものがあれば、帝国も怖くありませんのに」

「……あっ! やっぱり噂は本当だったんですね~。詳しく聞きたいですよね、アルヴィン様~?」

 ルイスが猫なで声で言った。
 その目は、獲物を狙うようにギラギラと光っている。

 直後、俺も気付いた。
 エミリーナは男爵の新事業について話そうとしているのだ。

 俺は怒りを飲み込み、エミリーナに向き直った。

「……勘違いさせて悪かった。君を城へ招いたのは、リッツィ男爵に取り継いでほしかったからだ。だが、まさか令嬢の君が事業について詳しく知っていたとは」

 俺とルイスが注目してやると、エミリーナは満足そうに息を吐いた。

「もちろんですわ、私もリッツィ男爵家の一員ですから。大きな声では言えませんが……お父様は毛織物を染めたあとの排水から、ある毒を発見しましたの」

「毒?」

「ええ。川に流したら、下流の村人たちが急に怠け始めまして。調べたところ、排水のせいだとわかりました。力を奪う毒が含まれていたのです」

 それを使えば、帝国兵を弱らせて領地を広げることも──いや、ドラフィナ帝国を手にすることも夢ではない。
 そう語るエミリーナに、俺はため息をついた。

「その代わり、敵も増えそうだな。俺が帝国兵に毒を盛ったと噂が立てば、帝国とレグナルの関係は破綻し、国王陛下もお怒りになるだろう」

「ご心配にはおよびません。毒の効果を高める作業は、流浪の薬師に任せました。口を封じれば、私たちとの繋がりは疑われません。それに、毒は体内では一夜で消えるそうですわ」

「……その毒、もしや腹痛も起きるのでは?」

 ほぼ確信しながら、俺は聞き返した。

「大量に飲むと、そのような症状も起きるようです。ですが、日中に飲んで効果が出るのは夜。飲料用の湧き水に混ぜても、毒だとはわかりません」

 間違いない。
 辺境伯領の異変は、リッツィ男爵が見つけた毒のせいだ。

 大人は主に酒を飲むが、子どもは水を飲む。
 だから子どもだけに症状が出たのだ。

(料理長も、水をよく飲む習慣があったな……)

 これはリッツィ男爵を追い詰める材料になる。
 だが、まだ心もとない。
 どうするか。

 何気なくルイスを見て、思わず後ずさった。
 ルイスは悪だくみを思いついた時の微笑みを浮かべていた。 

 その笑顔を維持したまま、ルイスはエミリーナを見た。

「エミリーナ様~。失礼ですが、本当にそんな毒があるんですか~?」

「ありますわ。お試しになる?」

「いえいえ、結構です~。その代わり、誓約書にご署名を頂いても~?」

「誓約書? 何のです?」

「エミリーナ様のおっしゃることが嘘でしたら、リッツィ男爵とエミリーナ様を投獄する、という誓約書です~」

「厳しいですのね……別に構いませんけれど。でも、私の話が本当だとわかったら? 何かしてくださるの?」

「はい、アルヴィン様がリッツィ男爵のお願いを何でも一つ叶えます~」

 何を言い出すんだ。
 俺はルイスを止めようとしたが、すぐに思いとどまった。

 もし、エミリーナの話が嘘だったら。
 リッツィ男爵は、辺境伯領の異変と無関係。
 男爵を拘束できず、エミリーナが野放しになってしまう。
 
 だが、誓約書があればエミリーナたちの動きを封じられる。

 そして、逆にエミリーナの話が本当なら……
 俺は頭の中で策を立てた。
 
 その間に、エミリーナは鼻息荒くルイスに詰め寄っている。

「何でも? 本当に何でも聞いてくださるの⁉︎」

「一つだけですけどね~」

「十分よ!さあ、早く誓約書を用意して!今すぐに!」

 エミリーナがルイスを部屋から追い出した。
 同時に、俺の中で策が固まった。

 俺はエミリーナに話しかけた。

「ところで、毒の真偽を確かめるため、後日リッツィ男爵に会いたいのだが」

「後日だなんておっしゃらないで! これからフィルド侯爵邸へ向かいましょう!」

「侯爵邸?」

「ええ、父も侯爵家のサロンに呼ばれましたから!」

 それなら好都合だ。
 ソフィアを助け出し、カールとエミリーナも処罰できる。

「わかった。では、俺の馬でともに向かおう」

「えっ、アルヴィン様の馬? ご一緒できるなんて嬉しいですわ!」

 エミリーナが俺にすり寄ってくる。
 だが、ここで突き放す必要はない。

 断罪の準備は整っているのだから。
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