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2章 「聖女」が辺境伯を救うまで
100 勝利
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◇
アルヴィン様の治療を終え、2人で城下町へ出る頃。
町の人々は、避難の手を止めていた。
みんな、何が起きたのかという顔つきで町の外を見つめている。
そうした中を、私はアルヴィン様に肩を抱かれ、歩いていく。
恥ずかしいとは思わない。
今は私たちを冷やかす人はいないし、触れていた方が祝福が強まるからだ。
町を囲む壁の方へ向かい、据えつけられた門をくぐると、一気に視界が開ける。
膝丈の草が茂る平野の向こうに、敵味方の軍勢が見えた。
軍勢は、強風に流される雲のように、どんどん城から離れていく。
悲鳴や足音、獣の咆哮がかすかに聞こえてくる。
「そろそろ兵を引き上げてもよさそうだな」
アルヴィン様が呟くと、戦場から一騎、シャーウッドの騎兵が駆けてくるのが見えた。
彼は私たちの姿を見つけると、目を輝かせて叫んだ。
「報告いたします! 大公シドニーおよび王太后は、北へ逃亡した模様!」
「あいつら、もう逃げ出したのか」
アルヴィン様は苦笑して、そばへ来た騎兵を見上げた。
「ご苦労、戦況は?」
「敵兵は狼の群れに撹乱され、指揮系統は機能していません。負傷した者を捨て置き、我先にと撤退しています」
「わかった。では、『敵兵を捕虜にしつつ引き上げろ』とシャーウッド軍に伝えてくれ。あとは狼たちだけで充分だろう」
「承知いたしました!」
騎兵が馬の腹を蹴り、戦場に戻っていく。
こちらへやってきた時よりも、軽やかに見える。
騎兵を後押しするように、爽やかな追い風が吹いた。
膝丈の草が、大きくなびく。
ザザ……ザザ……という音が全身を包む。
だから、近づいてくる人物に気付かなかった。
「──死ね、聖女!」
険しい声が後ろから聞こえて、私はとっさに振り向いた。
そこにいたのは、グレーのドレスの女性。
呪術師のトーネだ。
「え……?」
私は目を見開き、立ち尽くした。
トーネも、同じ表情で硬直している。
彼女の手には、私へと突き出されたナイフ。
それは私に届かず、途中で止まっていた。
トーネの胸からは剣が生え、その柄を握るのはアルヴィン様の右手──
「……ひっ!」
思わず、口を覆って後ずさった。
混乱する頭が、ようやく状況を理解する。
草むらから飛び出してきたトーネを、アルヴィン様が剣で突いたのだ。
トーネはカタカタと震え、ナイフを取り落とした。
最後の力で歯を食いしばり、ギラギラとした目でアルヴィン様を睨んでいる。
「なぜだ……お前の右腕は落としたはず!」
「そうだ。だが、ソフィアが治してくれた」
「治した? まさか、そんな……」
「彼女の祝福が強まったからな。とはいえ、ここまでの薬を作れるとは思わなかったが」
「くそっ、聖女め……シドニー様、申し訳ありませ……」
トーネは弱々しく呟き、ドサリと地面に崩れ落ちた。
亡骸のほとんどは、草むらに埋まっている。
しかし、私は目をそらした。
救えたかもしれない命を失った──その事実を直視できなかった。
呪術師に関わった者は重罪。
私がトーネに手を差し伸べれば、両親やアルヴィン様まで処罰されるかもしれない。
だから助けるべきではない。
それをわかっていても、苦しかった。
「嫌なものを見せたな」
アルヴィン様は剣の血を拭きながら、悲しげに俯いた。
「いいえ……助けてくださって、ありがとうございます。右手の調子はいかがですか?」
私が微笑んでみせると、アルヴィン様も小さく笑い返してくれる。
「かなり慣れてきた。まだ、完全に元通りとはいかないが……突きを繰り出す時、右に1センチほどずれた」
それは元通りだと言えるのでは。
そう思いつつ、私はアルヴィン様に尋ねた。
「今から、どうなさるのですか?」
「まず、敵兵の尋問だな。『大公と王太后は、呪術師に辺境伯を襲わせた』と吐かせる。それを陛下に報告すれば、あとは奴らを捕えるだけだ」
「そうなんですね……そうしたら、やっとゆっくりお休みできますね」
私は、戦場だった場所を眺めた。
生き残った敵兵が全員、撤退あるいは投降したのだろう。
勝利に湧くシャーウッド軍の声が、空に響き渡る。
雨は上がり、雲間から光が差している。
戦は終わった。
アルヴィン様の秘密も、秘密ではなくなった。
やっと終わった。
私はホッと息をついた。
しかし、アルヴィン様は私の肩を抱き、緊張した面持ちで呟いた。
「最後に一仕事残ってる。ある意味、一番厄介かもしれん。君は城で待っていてほしいが……同行を求められるだろうな」
アルヴィン様の治療を終え、2人で城下町へ出る頃。
町の人々は、避難の手を止めていた。
みんな、何が起きたのかという顔つきで町の外を見つめている。
そうした中を、私はアルヴィン様に肩を抱かれ、歩いていく。
恥ずかしいとは思わない。
今は私たちを冷やかす人はいないし、触れていた方が祝福が強まるからだ。
町を囲む壁の方へ向かい、据えつけられた門をくぐると、一気に視界が開ける。
膝丈の草が茂る平野の向こうに、敵味方の軍勢が見えた。
軍勢は、強風に流される雲のように、どんどん城から離れていく。
悲鳴や足音、獣の咆哮がかすかに聞こえてくる。
「そろそろ兵を引き上げてもよさそうだな」
アルヴィン様が呟くと、戦場から一騎、シャーウッドの騎兵が駆けてくるのが見えた。
彼は私たちの姿を見つけると、目を輝かせて叫んだ。
「報告いたします! 大公シドニーおよび王太后は、北へ逃亡した模様!」
「あいつら、もう逃げ出したのか」
アルヴィン様は苦笑して、そばへ来た騎兵を見上げた。
「ご苦労、戦況は?」
「敵兵は狼の群れに撹乱され、指揮系統は機能していません。負傷した者を捨て置き、我先にと撤退しています」
「わかった。では、『敵兵を捕虜にしつつ引き上げろ』とシャーウッド軍に伝えてくれ。あとは狼たちだけで充分だろう」
「承知いたしました!」
騎兵が馬の腹を蹴り、戦場に戻っていく。
こちらへやってきた時よりも、軽やかに見える。
騎兵を後押しするように、爽やかな追い風が吹いた。
膝丈の草が、大きくなびく。
ザザ……ザザ……という音が全身を包む。
だから、近づいてくる人物に気付かなかった。
「──死ね、聖女!」
険しい声が後ろから聞こえて、私はとっさに振り向いた。
そこにいたのは、グレーのドレスの女性。
呪術師のトーネだ。
「え……?」
私は目を見開き、立ち尽くした。
トーネも、同じ表情で硬直している。
彼女の手には、私へと突き出されたナイフ。
それは私に届かず、途中で止まっていた。
トーネの胸からは剣が生え、その柄を握るのはアルヴィン様の右手──
「……ひっ!」
思わず、口を覆って後ずさった。
混乱する頭が、ようやく状況を理解する。
草むらから飛び出してきたトーネを、アルヴィン様が剣で突いたのだ。
トーネはカタカタと震え、ナイフを取り落とした。
最後の力で歯を食いしばり、ギラギラとした目でアルヴィン様を睨んでいる。
「なぜだ……お前の右腕は落としたはず!」
「そうだ。だが、ソフィアが治してくれた」
「治した? まさか、そんな……」
「彼女の祝福が強まったからな。とはいえ、ここまでの薬を作れるとは思わなかったが」
「くそっ、聖女め……シドニー様、申し訳ありませ……」
トーネは弱々しく呟き、ドサリと地面に崩れ落ちた。
亡骸のほとんどは、草むらに埋まっている。
しかし、私は目をそらした。
救えたかもしれない命を失った──その事実を直視できなかった。
呪術師に関わった者は重罪。
私がトーネに手を差し伸べれば、両親やアルヴィン様まで処罰されるかもしれない。
だから助けるべきではない。
それをわかっていても、苦しかった。
「嫌なものを見せたな」
アルヴィン様は剣の血を拭きながら、悲しげに俯いた。
「いいえ……助けてくださって、ありがとうございます。右手の調子はいかがですか?」
私が微笑んでみせると、アルヴィン様も小さく笑い返してくれる。
「かなり慣れてきた。まだ、完全に元通りとはいかないが……突きを繰り出す時、右に1センチほどずれた」
それは元通りだと言えるのでは。
そう思いつつ、私はアルヴィン様に尋ねた。
「今から、どうなさるのですか?」
「まず、敵兵の尋問だな。『大公と王太后は、呪術師に辺境伯を襲わせた』と吐かせる。それを陛下に報告すれば、あとは奴らを捕えるだけだ」
「そうなんですね……そうしたら、やっとゆっくりお休みできますね」
私は、戦場だった場所を眺めた。
生き残った敵兵が全員、撤退あるいは投降したのだろう。
勝利に湧くシャーウッド軍の声が、空に響き渡る。
雨は上がり、雲間から光が差している。
戦は終わった。
アルヴィン様の秘密も、秘密ではなくなった。
やっと終わった。
私はホッと息をついた。
しかし、アルヴィン様は私の肩を抱き、緊張した面持ちで呟いた。
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