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第一章
罪の記憶
しおりを挟むチュンチュン
「……うぅ……どこだ……ここ…?」
知らない天井、知らない窓。突然飛び込んだ眩しいオレンジの光。
レオは見開いた目を無意識に細める。
体をフワフワした暖かいものが包みこむ。鼻をくすぐる気持ち良い風。
「!…そうだあの後どうなったんだっ!?」
背中の心地よい感覚も消え、ガバッと毛布をどかしベッドがギシッと音を立てる。
手を包む大量の包帯。起き上がった衝撃で傷が開きかけて全身に痛みが走る。
そして、頭の中のモヤが消えて自分の最後の記憶を思い起こす。
カナタが突然苦しみだして倒れてしまったこと。カナタがどれだけ揺すっても起きなかったこと。気づいたら皆が伏せて強風に必死に耐えていたこと。そして、
「……俺が、カナタを…」
自分が突き立てた刃に血を吐き倒れた友。その後のことは何も憶えていない。
そして、
自分は友達を刺した ───
理由は分からないが暴走してしまったカナタ。その姿は酷く不安定であまりに辛そうに見えた。
だから一秒でも早くカナタを救ってやりたかった。
そう思ったら体は自然に動いていた。
「だから…刺した…か、ははっ……冗談…殺しちまったら元も子もねぇじゃん、ははっ…はははっ…」
呆れてものも言えない。本末転倒とはまさにこの事だ。
"救いたかったから"
"見ていたくなかったから"
"誰かが死んでしまいそうだったから"
"そうするしかなかったから"
今になっては言い訳にしか聞こえない。なにより、
自分がカナタを刺した ───
この事実は動かない。
「俺がアイツを殺した……」
その事実がレオの暗い心の底に落ちていく。そして決壊した心に自分の犯した罪が勢いよく流れ込んでくる。
「うあぁぁあぁぁあぁぁあぁ!!」
響く悲痛な叫び。
「何が救いたいだ!? 助けたいだ! 俺はっ! 俺はっ…!」
自分の手に残る生暖かい感触。未だ瞼の裏に焼き付いた鮮烈な血の赤。友の最期の苦痛に喘ぐ姿。
レオの瞳から溢れ出す大粒の涙。
それでも……
自分の手にこべりついた血の感触は、消えてくれない。
「…俺は…うっ…だだのっ…人殺しだ…!」
一人ぼっちの静かな部屋に響く嗚咽。
自分のした事が自分で許せない。自分には悲しむ権利すらない。そんなどうしようもない気持ちが、受け止め切れずに涙と一緒に溢れ出る。
「うっ……ぐっ…クソッ……俺はっ、また友達を……」
それからどれくらい泣いただろう。もはや涙も枯れて悔しさに叫ぶ気力もなくなり、ただ呆然と天井を眺める。
すると、
バタバタバタバタッ
「……騒がしいな」
部屋の外から人がバタバタと走り去っていく音が何度も聞こえる。
「カナタの暴走のことで宮殿も慌ただしいのか……」
召喚した次の日に早くも一人の勇者が死んでしまったのだ。ラキナス達が対応に追われている様子が容易に想像できる。そんな時、
バンッ!!
「なんだ…!?」
部屋の扉が勢いよく開き、部屋の外の喧騒がより大きく聞こえる。そして、幼少のころからレオに刻みついて離れない知り合いが入ってくる。
「レオ! 良かった、目が覚めたのか!!」
「!…ユ、ユウトか」
そう言うとユウトは部屋に入りレオのベッドに駆け寄った。突然の訪問にレオも一瞬ビクッとした。
ステータスチェックの時のままの制服姿。それに加え、いつも彼を囲っていた女子達の姿はなく、部屋に入って来たのは彼一人だ。
「良かった…お前が寝かされていた部屋から声が聞こえたから、急いで来てみたら…良かった…ほんとに…」
そう言うユウトは肩で息をして真っ直ぐレオを見つめる。
目尻が赤く腫れている。目が覚めたレオを見た時の取り乱し方を見ても、倒れたレオのことをさぞかし心配していたのだろう。
ユウトによるとレオは丸一日眠っていたらしい。
レオはそう思うと、より自分の不甲斐なさを思い知らされたような気がした。
悔しさが込み上げ、無意識に毛布を握る力を強める。
それでもレオの奥で燻る複雑な気持ちは消えないようだった。遥か昔の思い出。ふとした時に思い出す。
あの光景 ────
"起きて! ねぇ! ねぇってばぁ!!"
"うぅ……"
必死に呼びかける幼き日の自分の姿、凍えるような吹雪がレオの小さな体を締め付ける。
視界は一面真っ白で周りを暗い森が囲う。
目の前で倒れる少年に徐々に雪が積もっていく。どうすることもできない。
そしてついに ───
「レオ?」
「ん、ああ。どうしたユウト。」
レオが回想から現実に引き戻される。ユウトは心配そうにレオの様子を気遣っている。
「レオ、ほんとに大丈夫なのか?」
「あ、あぁもう大丈夫だ。だいぶ意識もハッキリしてきたしな」
そして再び視線をベッドに落とし、先の出来事についてユウトに質問する。
「あの後、どうなったんだ? 記憶がなくいんだけど…」
「あの後は ─── 」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
時は少し遡り ───
ズシャッ
カナタの暴走を止めたレオは体から一気に力が抜けて同じくその場に倒れた。カナタの体から抜け落ちたレイピアが軽い音を立てる。
「レオ! おいっレオ!」
「待てっ! 柏崎殿! まだ危険だ!」
ユウトはラキナスの制止も聞こえず倒れたレオに駆け寄り声を掛ける。しかし、レオの反応はない。
ユウトの背中に冷たい悪寒が走る。
「おいっ! 嘘だろレオ!」
「ちょっとアナタ退いてなさい」
「ちょっ……何するんだっ!」
「黙りなさい!」
「うっ……」
カナタの様子が戻り倒れたことで平静を取り戻したセナが、ユウトとレオの間に割ってはいる。
そして、神妙な面持ちでレオの首筋に手を当てる。レオもカナタも酷い状態だ。
セナの行動を察したユウトも固唾を呑んで見守る。ただしカナタのことは全く心配していないようだが。
セナはレオに次いでカナタの脈もとり二人の無事を確認した。
「…… まあ、どっちも死んではないようね」
「そうか!よかった…」
「早く二人を安静にできる場所へ移動させないと」
「そうだな、早く二人を医務室に連れて行け!急げ!」
自失していた騎士達が我を取り戻し、簡易の担架でカナタとレオを食堂の外へ運んでいった。
その後、負傷した騎士達も担架に乗せられて運ばれていった。幸い他の生徒達には負傷者はいなかったようだ。
カナタの胸から流れる大量の血に何人かの女子生徒が、「うっ…」と口を覆う。
ユウトが心配そうにレオが運ばれていくのを眺めていると、
「おいっ……なんだよコレ……」
男子生徒の一人が不意に零した。
「分からない。彼が暴走した理由は ───」
ラキナスが状況を説明しようと前に出るが、既に落ち着いた様子のラキナスの声を聞きその男子生徒は頭にきたようで語気を強めた。
「理由なんてどうでもいいんだよ!! 今ので俺達が死んだらどうするつもりだったんだよ!!」
「それは……」
「そうよ!!あんなの聞いてないわ!」
答えに渋るラキナスにさらに女子生徒が追い討ちをかける。
「そ、そうだ!」
「椅子が飛んできて、もうちょっとで死ぬとこだったんだ!」
「もういやよ、こんなこと!」
男子生徒を皮切りに口々に叫び出したり、へたりこんでいる。中には失禁して大泣きしている生徒もいる。
セナやユウトを除く他の生徒は先の大災害とも言うべきクラスメイトの暴走に加え、初めて見る人間の大量の血、そして一瞬で荒地と化した食堂を見てかなり混乱していた。
ラキナスは口をつむいで生徒達の主張を黙って受け止めている。
ユウトは皆を宥めるようと声をかけるが、今回ばかりはさすがの彼でも鎮められないようだ。
そして、ラキナスに掴みかかろうとして騎士に止められるものまで出てきた。
「ちょっと!あなた達いい加減に ───」
黙って見ていたセナが止めに入ろうとしたその時、
『うるせぇぇ!!』
一際大きな声が生徒達を一喝した。
そして、声の主。リョウマはその場に立ったまま続ける。
「おい、国王」
「!? 貴様!王に対して不敬だぞ!」
「良い、続けてくれ」
剣を抜きかけた騎士をラキナスが手で制す。
「これから俺達は、"戦争" すんだよな?」
「そうだ、君達には我々のために戦ってもらう。今回、いやそれ以上に辛い事もまだまだ起こるだろう。」
ラキナスなりの誠意なのだろう。彼は一切取り繕うことなく答えた。
この言葉に先程の惨劇を思い出し生徒達の表情が恐怖に歪む。そんな彼らを見てラキナスは続ける。
「勝手に呼び出したのは我々だ。だから…今回の事で戦いたくない、という者がいたらそれはそれで構わない。ことが済むまで王宮で匿おう。」
一部の騎士達がラキナスの言葉に異議を唱えようと口を開きかけるが、自分達の世界の事情に他の世界の少年少女を巻き込ん出しまったという不甲斐なさに押し黙る。
"戦わなくてもよい"
ラキナスの意外な言葉に生徒達に動揺が走りザワザワと話し始める。
生徒達の何人かが希望を見出したように口を開きかけるが、
「俺は……戦う…もう友達の傷つく姿を見るのはうんざりだ」
他の生徒を気にした素振りもなく、ユウトはラキナスに向き直り決然の言い放った。
「私もやるわ、世界にだって屈するのは許せない! 私は一人でだって……とにかく、私も戦うわ」
そして、セナも一瞬嫌なものを思い出したような表情をしたが、ユウトと同じく自らの意思で戦うことを決めた。
ラキナスは少し辛そうな顔を浮かべ、
「すまない」とだけ言った。
「だ、そうだが。お前らはどうする。戦うかどうかを決めるのはお前らの自由だぞ。
俺はもちろんやる、強い奴とドンパチすんのは好きだからな」
リョウマはむしろ大歓迎という感じで不敵に笑ってみせる。
「くっ……分かったよ……」
「俺はお断りだ!お前らだけでやってろ!」
戦うと決めたもの、王宮で待つと決めたもの。数はキッパリと別れた。中には無理やり戦う決意をさせられている女生徒もいるようだが。
なにはともあれ、他の生徒達も不本意ながらも自らの道を決心したのだった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「そうか…そんなことに……」
召喚そうそう分裂状態のクラスにレオの表情も自然と暗くなる。
「レオのせいじゃない、悪いのは全部アイツだ!神原カナタ!許せねぇ!」
先のカナタの暴走を思い出してユウトが声を荒らげる。
「……っ」
レオの口元が微かに動く。
"カナタは悪くない"
そうユウトに反論したい。
しかし、どうしても声が出せない。理由など分かっている。
"カナタは自分達を殺そうとした"
これは間違いなく事実だ。あの時レオがカナタを止めなければあの場の全員が確実に死んでいたはずだ。
レオとて死んでいただろう。やっぱり死ぬのは怖い。
それ故にユウトがカナタを悪く言っても返す言葉がないのだ。つくづく自分に呆れる。
「……カナタは無事か…?」
自分が刺したにも関わらず「無事か」なんて質問をするのもどうかと思ったが、もしかしたらあるいは、と思ってしまったのだ。
「アイツは無事だよ……」
「え……カナタは生きてるのか……」
「かなり危なかったみたいだけどな…」
カナタが生きている。
それを聞いて、またレオの瞳に光るものが浮かぶ。
(良かった…本当に…カナタは許してくれないだろうな。でも…それでも……本当に生きててくれて良かった……)
「ははっ……俺はやっぱり勝手だな……」
静かに涙を流し自嘲気味に笑うレオにユウトは少し悔しそうな顔をしたのだった。
しかし、ユウトはそんな嬉し涙を流すレオを見て、やはり話すべきだと決心する。
「神原カナタは無事だ。だが…」
「カナタになにかあったのか…!?」
レオが再びユウトに向き直り悲壮な顔を浮かべる。そして、ユウトは絞り出すように告げるのだった。
「神原カナタは…このままだと危険因子として "処刑" だそうだ……」
「カナタが処刑……だと…?」
応援ありがとうございます!
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