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第22話 二度目のプロポーズ
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「シンに、会ったのか? 何を言われた? ああ、泣くな……歩」
顔をぐしゃぐしゃにして嗚咽し出す僕に、更に動揺して、慶二は指の甲で涙を拭う。
好きな仕草だったけど、そんなものを楽しんでる余裕は、僕にはなかった。
「スペアキー……イニ、シャル……」
頭の中もぐしゃぐしゃで、取り留めなく単語が出るだけだ。
慶二はベッドに腰掛けて、厚い肩に、僕の頬を抱き締めた。優しく髪が撫でられる。
どれくらい、そうしていただろう。
泣き疲れて、髪を梳かれる心地良さに、思わず強請るように頭を擦り付けた時だった。
「……落ち着いたか? 何があったか、話してくれ。もう、怒らないから」
落ち着いたバリトンで囁かれ、ようやく何で泣いてたのか思い出す。
それくらい長い間、慶二は辛抱強く僕に付き合ってくれたんだ。
「シンが……スペアキーで入ってきて……慶二の、愛人だって」
「あいつめ」
慶二がギリ、と歯噛みしたのが分かった。
「僕が正妻面するのが気に食わないから、追い出しにきたって……誕生石のループタイと、同じ結婚指輪を見せられた。雨の日で……びしょ濡れになってたら、お巡りさんに事情を訊かれて、一人じゃ帰せないって言うから、前に貰った創さんの名刺を見せたんだ。冷え切ってたから、創さんの家でお風呂を貰って。その時に服を脱いだ。洗濯が終わる前に平良さんが迎えに来たから、服だけ残った」
「そうか」
頬が摺り合わせられる。くすぐったい。
「俺が商談を放り出して帰って来かねないから、平良が気を利かせたんだな」
「創さん、何て言って渡したの?」
「何も」
「何も?」
「ああ。俺たちは殆ど口をきかない。無言で歩の服を渡されたから、ついカッとなった。信じてやれなくて、悪かった。俺も歩を信じるから、歩も俺を信じてくれ」
そう前置きして、慶二は僕の前髪に口付けた。
「……うん」
「シンとは、寝た事がある。俺に群がってくるのは、金目当てか、小鳥遊ブランド目当ての奴ばかりだったから、俺も割り切って火遊びを繰り返してた」
「それは、創さんから聞いた。決まった相手を作らない、って」
「知ってたのか?」
薄暗い室内で、慶二が驚いて身動ぐのが分かる。
「うん。嘘かと思ったけど、シンからも聞かされたから、それはもう、覚悟してた」
「辛かったろう……こんな奴ですまない、歩」
僕は顔を上げて、少し上にある慶二の頬に、唇を短く押し当てた。
でもまだ僕は、慶二が好き。
自分への確認でもあった。
「過去は、過去だよ。変えられない。もう、いい。僕が泣いたのは……これ」
握ってた掌を開くと、慶二の結婚指輪がキラリと光った。
「指輪?」
「シンが言ったんだ。慶二の指輪のイニシャルは、『K & S One Love』ってなってるのが、愛人の証拠だって……」
言葉を続けようとしたけど、僕の掌から指輪を奪い、慶二が薄闇に目を凝らした。
「あいつ……何処まで狡猾な奴なんだ」
慶二の精悍な頬が、苦虫を噛み潰したみたいに歪む。
「歩、俺はシンに嵌められたんだ」
焦って早口に言いながら真剣な視線を合わせる慶二に、僕は小さく微笑んだ。
「うん。分かってる。もしホントにシンが愛人で、イニシャルを合わせたんだったら、僕に指輪を取られた時点で、慌てる筈だもの。ちょっと考えれば分かる事なのに、僕も慶二を信じ切ってなかった。ごめんなさい」
「歩……」
頬が両掌で包まれたけど、僕は慶二の手首を掴んで俯いた。
「駄目。風邪がうつる」
掠れ声で呟くと、額に当たる吐息で、慶二がやっと笑ったのが分かった。
「拷問だな。枯れた声が、いつもより色っぽいのに」
また前髪にキスが落とされて、抱き締められた。
「正直に話す。シンとは、三回寝た。愛情じゃなく、しつこく俺を追い回してきたからだ。正妻にしてくれとも言われたが、それはキッパリ断った。所詮あいつも、小鳥遊ブランドが目当ての、身体だけの関係だ」
そして、記憶を呼び起こすように、少し沈黙した。
「そう言えば……一度、カード入れを落とした事がある。何枚かカードがなくなった状態で出てきたが、ここのカードキーもなくなっていた。でもクレジットカードはすぐに止めたし、ここの住所と知れるものも入れていなかったから、交換が面倒でついそのままになっていた。あれが、シンが盗ったのだと考えれば、辻褄が合う」
密着した胸から、トクントクンと、慶二の落ち着いた心音が伝わってくる。嘘じゃない、って直接分かった。
抱き締められて、僕の好きなバリトンで間近に囁かれるのが心地良くて、僕の鼓動の方が速いくらいだ。
「宝石なんか贈ってないし、イニシャルもあいつが勝手にやったんだ」
「あ……シンって、あのお店に、居た?」
「ああ。あいつは、デザイナー兼販売員だからな。仕事だけは、評価されてる」
「そうか……何で『One Love』を知ってるのか悩んだけど、シンがジュエリー部門の社員だって聞いた時に、気が付くべきだった」
「これは、捨てる。新しいリングで歩と揃える」
今にもベッドサイドのダストボックスに指輪を放りそうになる慶二の手首を、僕は慌てて掴んだ。
「駄目だよ! 勿体ない。僕は気にしないから、それで作り直して」
「でも……」
「駄目。プラチナの指輪を捨てるなんて、常識外れ」
「……そうか。じゃあ、平良に頼んで、今すぐ作り直させよう」
「別に、今すぐじゃなくても……」
「いや。これだけは譲らないぞ」
僕の言葉を遮って、慶二が真剣な声を出す。
押しに弱い僕は、慶二の胸に頬を擦り寄せた。
「優しいね。慶二」
結局、平良さんに指輪を託して、夕食はデリバリーのイタリアンを食べた。
小難しいのじゃなくて、僕に選ばせてくれたから、パスタにピザ。慶二はピッツァって言ってたな。
カードキーは、明日中に変えるって言ってた。
夕食が終わる頃には、結婚指輪が出来上がってきて、僕と慶二は、改めて指輪の交換をした。
イニシャルをしっかり確かめて、互いの左手の薬指に通す。慶二が、悪戯っぽく言った。
「俺と、結婚してくれるか?」
僕はぷっと噴き出して、いつかみたいに慶二に飛び付いた。
「……はい!」
顔をぐしゃぐしゃにして嗚咽し出す僕に、更に動揺して、慶二は指の甲で涙を拭う。
好きな仕草だったけど、そんなものを楽しんでる余裕は、僕にはなかった。
「スペアキー……イニ、シャル……」
頭の中もぐしゃぐしゃで、取り留めなく単語が出るだけだ。
慶二はベッドに腰掛けて、厚い肩に、僕の頬を抱き締めた。優しく髪が撫でられる。
どれくらい、そうしていただろう。
泣き疲れて、髪を梳かれる心地良さに、思わず強請るように頭を擦り付けた時だった。
「……落ち着いたか? 何があったか、話してくれ。もう、怒らないから」
落ち着いたバリトンで囁かれ、ようやく何で泣いてたのか思い出す。
それくらい長い間、慶二は辛抱強く僕に付き合ってくれたんだ。
「シンが……スペアキーで入ってきて……慶二の、愛人だって」
「あいつめ」
慶二がギリ、と歯噛みしたのが分かった。
「僕が正妻面するのが気に食わないから、追い出しにきたって……誕生石のループタイと、同じ結婚指輪を見せられた。雨の日で……びしょ濡れになってたら、お巡りさんに事情を訊かれて、一人じゃ帰せないって言うから、前に貰った創さんの名刺を見せたんだ。冷え切ってたから、創さんの家でお風呂を貰って。その時に服を脱いだ。洗濯が終わる前に平良さんが迎えに来たから、服だけ残った」
「そうか」
頬が摺り合わせられる。くすぐったい。
「俺が商談を放り出して帰って来かねないから、平良が気を利かせたんだな」
「創さん、何て言って渡したの?」
「何も」
「何も?」
「ああ。俺たちは殆ど口をきかない。無言で歩の服を渡されたから、ついカッとなった。信じてやれなくて、悪かった。俺も歩を信じるから、歩も俺を信じてくれ」
そう前置きして、慶二は僕の前髪に口付けた。
「……うん」
「シンとは、寝た事がある。俺に群がってくるのは、金目当てか、小鳥遊ブランド目当ての奴ばかりだったから、俺も割り切って火遊びを繰り返してた」
「それは、創さんから聞いた。決まった相手を作らない、って」
「知ってたのか?」
薄暗い室内で、慶二が驚いて身動ぐのが分かる。
「うん。嘘かと思ったけど、シンからも聞かされたから、それはもう、覚悟してた」
「辛かったろう……こんな奴ですまない、歩」
僕は顔を上げて、少し上にある慶二の頬に、唇を短く押し当てた。
でもまだ僕は、慶二が好き。
自分への確認でもあった。
「過去は、過去だよ。変えられない。もう、いい。僕が泣いたのは……これ」
握ってた掌を開くと、慶二の結婚指輪がキラリと光った。
「指輪?」
「シンが言ったんだ。慶二の指輪のイニシャルは、『K & S One Love』ってなってるのが、愛人の証拠だって……」
言葉を続けようとしたけど、僕の掌から指輪を奪い、慶二が薄闇に目を凝らした。
「あいつ……何処まで狡猾な奴なんだ」
慶二の精悍な頬が、苦虫を噛み潰したみたいに歪む。
「歩、俺はシンに嵌められたんだ」
焦って早口に言いながら真剣な視線を合わせる慶二に、僕は小さく微笑んだ。
「うん。分かってる。もしホントにシンが愛人で、イニシャルを合わせたんだったら、僕に指輪を取られた時点で、慌てる筈だもの。ちょっと考えれば分かる事なのに、僕も慶二を信じ切ってなかった。ごめんなさい」
「歩……」
頬が両掌で包まれたけど、僕は慶二の手首を掴んで俯いた。
「駄目。風邪がうつる」
掠れ声で呟くと、額に当たる吐息で、慶二がやっと笑ったのが分かった。
「拷問だな。枯れた声が、いつもより色っぽいのに」
また前髪にキスが落とされて、抱き締められた。
「正直に話す。シンとは、三回寝た。愛情じゃなく、しつこく俺を追い回してきたからだ。正妻にしてくれとも言われたが、それはキッパリ断った。所詮あいつも、小鳥遊ブランドが目当ての、身体だけの関係だ」
そして、記憶を呼び起こすように、少し沈黙した。
「そう言えば……一度、カード入れを落とした事がある。何枚かカードがなくなった状態で出てきたが、ここのカードキーもなくなっていた。でもクレジットカードはすぐに止めたし、ここの住所と知れるものも入れていなかったから、交換が面倒でついそのままになっていた。あれが、シンが盗ったのだと考えれば、辻褄が合う」
密着した胸から、トクントクンと、慶二の落ち着いた心音が伝わってくる。嘘じゃない、って直接分かった。
抱き締められて、僕の好きなバリトンで間近に囁かれるのが心地良くて、僕の鼓動の方が速いくらいだ。
「宝石なんか贈ってないし、イニシャルもあいつが勝手にやったんだ」
「あ……シンって、あのお店に、居た?」
「ああ。あいつは、デザイナー兼販売員だからな。仕事だけは、評価されてる」
「そうか……何で『One Love』を知ってるのか悩んだけど、シンがジュエリー部門の社員だって聞いた時に、気が付くべきだった」
「これは、捨てる。新しいリングで歩と揃える」
今にもベッドサイドのダストボックスに指輪を放りそうになる慶二の手首を、僕は慌てて掴んだ。
「駄目だよ! 勿体ない。僕は気にしないから、それで作り直して」
「でも……」
「駄目。プラチナの指輪を捨てるなんて、常識外れ」
「……そうか。じゃあ、平良に頼んで、今すぐ作り直させよう」
「別に、今すぐじゃなくても……」
「いや。これだけは譲らないぞ」
僕の言葉を遮って、慶二が真剣な声を出す。
押しに弱い僕は、慶二の胸に頬を擦り寄せた。
「優しいね。慶二」
結局、平良さんに指輪を託して、夕食はデリバリーのイタリアンを食べた。
小難しいのじゃなくて、僕に選ばせてくれたから、パスタにピザ。慶二はピッツァって言ってたな。
カードキーは、明日中に変えるって言ってた。
夕食が終わる頃には、結婚指輪が出来上がってきて、僕と慶二は、改めて指輪の交換をした。
イニシャルをしっかり確かめて、互いの左手の薬指に通す。慶二が、悪戯っぽく言った。
「俺と、結婚してくれるか?」
僕はぷっと噴き出して、いつかみたいに慶二に飛び付いた。
「……はい!」
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