【BL】『Ωである俺』に居場所をくれたのは、貴男が初めてのひとでした

圭琴子

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第2話 ニックネーム

「小鳥遊学園にようこそ。歓迎するよ。乾四季(いぬいしき)くん」

 俺は居心地悪く、大きな木製の高級デスクに両肘を着いて顎をその上に乗せた男の面白がるような視線から、斜め下に目を逸らした。

「挨拶も、黙秘権か?」

 意地の悪い言葉にちょっと頬を歪めながら、嫌々棒読みで、軽く顎を引くように頭を下げる。

「よろしくお願いします……」

「よろしく。ところで、気は向いたか?」

 こいつ……一言一句、覚えてやがる。
 すうと切れ長の目を細め、猫が鼠をいたぶるような冷たい光をたたえて、副理事長とやらは薄く微笑むのだった。

「嫌でも、気が向きますよ」

「私はもう、君の顔を覚えたよ。泣きぼくろがふたつあるんだな」

 その言葉に、俺は顔を上げてキッと睨み付ける。

「特定の生徒の顔を覚えて虐めるなんて、パワハラなんじゃないですか?」

 すると副理事長は、心外そうに肩を竦めた。

「おや。虐めたつもりはないがね」

 そして一人の男から、学園の『副理事長』の顔になって、硬い声を出した。

「四季くん。この学園は、『自由』がモットーだ。教師と生徒に垣根はなく、互いにニックネームで呼び合うような、リベラルな校風だから、肩肘張らずにリラックスして欲しい。早速だが、前の学校でのニックネームは?」

 そんなの、ない。目立たないように、ニックネームが付くような人気者にならないようにするのが、俺の学校生活だから。

「ありません」

「そうか。では、四季と呼ばせて貰うよ。私のことは、アーヤと呼んでくれたまえ。抵抗がなければ、敬語も使わなくて構わない」

 副理事長をニックネームで呼ぶ? 父さん、とんでもない学校選んでくれたな。

「ちなみに理事長の小鳥遊創(たかなしはじめ)は、多忙でほとんどここには来られない。実質、私がこの学園のトップだから、何か問題があったら、気軽に副理事長室を訪ねてきてくれたまえ」

 小鳥遊財閥の中でもこの広大な、初等部から大学部までを網羅する学園の事実上のトップとなれば、こいつはαに違いない。

    *    *    *

「乾四季です。よろしくお願いします」

 三年C組の教室に向かって、二時限目の初めに、男の担任から紹介されて挨拶をした。目立たず、普通に、つまらなく。
 担任は音楽の先生で、ドレミファソラシドはドイツ語でC(ツェー)D(デー)E(エー)F(エフ)G(ゲー)A(アー)H(ハー)だから、「三年C(ツェー)組にようこそ!」なんて、よく分からないギャグを飛ばされる。
 でもそれはクラスメイトになる連中にはテッパンのようで、「また言ってる!」なんて女子の笑い声が起こった。

「彼に質問のある人は?」

「係長、はい!」

 一番後ろの席の、いかにもスポーツが出来そうな身体の大きな男子が、勢いよく手を上げる。
 野球部なのか。整った顔だちだったけど、髪型は五分刈りだった。

 係長? 確かに担任は、お笑いの某太った係長によく似てる。
 誰がつけたのか知らないけど、そのネーミングセンスの妙に、ちょっと噴き出した。

「はい、ナベくん」

「俺、田辺だからナベなんだけど、アーヤにあだ名つけられましたかー?」

「乾くん、どうでした?」

「いえ……四季って呼ぶって言われました」

 クラス中が、えーっと溜め息を漏らして、口々に言う。

「アーヤがあだ名つけないなんて、一大事!」

「じゃあ、俺たちも四季って呼んで良いですかー!」

「あ……はい」

「ちなみに、僕の『係長』も、副理事長命名なんだ」

 ゲッ。センスが良いっての、撤回。

「じゃあ、四季くんはナベくんの隣! 彼はクラス委員だから、分からないことは遠慮なく訊いてね」

 一番後ろまで行ってナベくんの隣に座ると、早速声をかけられた。クラス委員ってことは、多分αなんだろうな。

「アーヤって、気に入った子は本名で呼びたがるんだよ。凄いな四季、滅多にないんだぞ」

 気に入られた? 俺が? どっちかって言うと、獲物を見付けた猫科の大型獣みたいな反応をされたんだけど。
 だけどそのザワザワを、係長は柏手(かしわで)をふたつ打って静めた。

「はいはい! 紹介は終わりだよ。現国の坂崎(さかざき)先生に代わるから、みんな真面目に授業を受けるように」

 現国の先生は、エラの張った、四角い顔の男の先生だった。

「現国のあだ名、食パンメンな。授業中寝てたら、唯一叱られる先生。気を付けろよ」

 ナベくんがこっそり囁いてくる。

「それも、あいつが考えたのか?」

「そう。四年前にアーヤが理事長になってから、この学園はニックネームだらけになった。元々自由な校風だったけど、より先生と生徒の距離が近い学園になったんだ」

「ふぅん……」

「そこ! お喋りしない!」

「すみませーん」

 早速、食パンメンが正義漢なところを発揮して、ナベくんは「な?」とでも言うように目配せをして、真面目に教科書を開いたのだった。
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