ショートショートのようなものたち

細井小花

文字の大きさ
1 / 4

黒い霧のとなり

しおりを挟む

※読む人によってはホラー気味


━━━━━━━━━━━━━━━


輪郭の薄い「なにか」が隣で笑っている。
テレビでは、一昔前に流行したコメディドラマの再放送が流れていた。


こうして文章にすると、少しホラーめいて聞こえるかもしれない。
でもこの「なにか」は、私のイマジナリーフレンドの残骸だ。
今ではもう鮮明に見ることはできず、
その姿は、黒い靄のような、淡い影がそこに“いる”だけ。
それでも、動きや空気で、何をしているかはちゃんとわかる。


元はどんな存在だったかもう思い出せない。
昔好きだった美少女戦士の姿かもしれないし、一から考えた人でも動物でもない存在かもしれない。
黒い霞は相変わらず私のそばでリラックスしている。



私はもう今年で30になる。
こんないい歳の女にまだイマジナリーフレンドがいるだなんて周りに知れたら、と思うとゾッとするので、この存在を誰かに話したことはない。


この「なにか」が危ないことをしたことは1度もない。
ただ、隣にいて好き勝手にすごしているだけだ。もう見えないほうがいいのだろうけど、ただ今のように過ごしたり、子供のようにはしゃいだりするだけで何も困ることは無い。だから私はこうして放置している。
「なにか」は「昔これ好きだったよねー」とのんきに話しかけてくる。私はテーブルにある缶ビールを1口飲んだ。







少し私の話をしよう。わたしはどこにでもいる、両親がまあまあ不仲で、友達作りも下手なよくいる「教室のすみで本を読んでいる子」だった。
本を読んでいるからと言って決して頭はいい方ではなく、よく空想をしては1人でにやついていたから少しだけ変だったかもしれない。

たぶんそんな時に「なにか」は産まれたのだろう。寂しさを和らげるような、そんな存在を欲していたのだ。

感傷に浸りそうになった頭を冷ますため、残ったビールを一気飲みする。隣のやつはそれに感心したように頷いた。 







この隣の人(便宜上人と呼ぶ)の黒い霞は年々薄くなっている。
私が中学生の頃はもう少し鮮明に見えたかもしれない。この歳になるとその頃の思い出はぼやけているから、詳しいことは分からない。


私に友達ができて、恋人ができて別れたり、そうしているうちに淡くなっていった気がしないでもない。


昔のことを思い出し、少し憂鬱になっていると、となりの霞はおどけたように踊って見せた。たぶん、私を元気づけようとしているのだろう。
滑稽な踊りを見ているうちにいつのまにか憂鬱さは消えていた。それはそうだ、私のイマジナリーフレンドなのだから自分のツボをついているに決まってる。決まっているのに、私はいつの間にか泣いていた。



大人になってまでこういう存在に助けられているのが情けないのか、それとも嬉しいのかわからない。
でもこうして心配をしてくれる、という事実はどうしようもなく心をあたたかくしてくれた。



もしもこのままこの人が消えてしまったらと思うと正直に話せばとても怖い。でも、いつかは消えるのだろう。
それでも私は、心を守ってくれた黒い霞のことを一生忘れないだろう。ビールをもうひと缶取るために冷蔵庫へと向かった。



隣で笑う霞は「飲みすぎちゃダメだよ」と心配そうについてくる。冷えたビールの味が、さっきより胸に残った。



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

意味が分かると怖い話【短編集】

本田 壱好
ホラー
意味が分かると怖い話。 つまり、意味がわからなければ怖くない。 解釈は読者に委ねられる。 あなたはこの短編集をどのように読みますか?

借金した女(SМ小説です)

浅野浩二
現代文学
ヤミ金融に借金した女のSМ小説です。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

声劇・シチュボ台本たち

ぐーすか
大衆娯楽
フリー台本たちです。 声劇、ボイスドラマ、シチュエーションボイス、朗読などにご使用ください。 使用許可不要です。(配信、商用、収益化などの際は 作者表記:ぐーすか を添えてください。できれば一報いただけると助かります) 自作発言・過度な改変は許可していません。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

処理中です...