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罪の印は

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 魔人大戦。それを終戦へと向かわせた張本人。それが、ユーリだった。

「あんな争いさえなければ…ってね」

 魔人大戦が起きなければ、ユーリの両親は殺されることは無かった。
 天使族が、この世から消されることは無かった。

「……所詮、たらればの話だってことは、分かってたんだ」

 それでもユーリは、止められなかった。自分自身を。 
 力ではなく、ユーリの意思が、それを望んだ。それはもう、誰にも止められなかった。
 敵。その全てを壊すまで。ユーリは止まらなかった。止まれなかった。
 その結果ユーリは、怯えた、恐怖に染まった瞳を嫌になるほど見てきた。それが、先程の出来事で思い起こされたのだ。


「…銀狼族と狼族の争い。それを終わらせたのも、わたし」
「え……」

 銀狼族と狼族の争いは、魔人大戦中に起きた出来事だったのだ。

「………怖い?」

 ユーリがマリへと問いかける。

「わたしは、数多くの命を奪った。…自分の意思で」

 自我を失って暴走した訳でもない。自分自身が望んで力を使ったのだ。

「…それが、この翼を生んだんだよ」

 真っ黒に染まった翼。それはユーリの罪の印。数多くの命を奪い、天使族としての役割を放棄した印。

「天使族の、役割…?」
「…犠牲無き調停。それが、本来の天使族の役割」

 しかし、それは希望でしかない。犠牲の無い調停など、ありはしないのだから。
 
「………」
「わたしは、もう飛べない。この翼も、戻ることは無い」

 堕ちた天使。それがユーリだ。もう、自身の翼で飛ぶことは叶わない。

「…ユーリ様。もう一度、翼を見せてくれませんか?」
「え……いいけど…」

 ユーリは先程よりも魔力を抑えて解放する。先程と同じ翼がユーリの背中に現れた。

「……ユーリ様は、戻らない。そう言いましたよね」
「…うん。言ったよ」

 それは予想ではない。実感している。
 ユーリは魔人大戦の後、その復興の為に各地を飛び回っていた。それは偽善であったとしても、天使族の役割の1つでもあった。
 しかし、正しい天使族の在り方をし、いくら経っても、翼が元の白に戻ることは無かったのだ。

「だからもう諦めたよ」

 そう言う顔は、とても悲しげで……

「…ユーリ様。まだ、諦めるのは早いと思いますよ」
「……え?」
「…ほら」

 マリが指さした場所を見る。すると……

「あ……」

 ユーリが小さく声を零す。
 微かに。それでも確実に。真っ黒に染まった翼の一部が………白くなっていた。

「…ユーリ様。あなたはわたしを助けてくれました。それは紛れもない事実です。それに、過去は関係ない」

 ユーリの目を見て、マリが言葉を紡ぐ。

「わたしが見ているのは、今の、優しいユーリ様です。かつてではない。…ユーリ様は、変わったのでしょう?」
「………わたしは、変われた、の?」
「それが分かるのは、ユーリ様だけです。わたしには分かりません」
「………」

 かつてのユーリを知らないマリからすれば、今のユーリが本来の姿だ。変わったかどうかは分からない。

「……ありがとう。わたしを見てくれて」
「それはわたしも同じです。種族ではなく、わたしを見てくれていますよね?」
「…最初は、種族だけだったんだけれどね」

 ある意味、ユーリにとっては罪滅ぼしのつもりだったのだ。

「今では、違いますよね」
「…そうだね。大切なのは今、か」
「はい。過去を変えることは出来ません。なら、今を大切にしていけばいいのです」
「…マリは強いね」
「ユーリ様のおかげですよ」

 あの場から救われなければ、そもそもマリは今ここに居ないのだから。

「さぁ、出ましょう。アニスさんが紙束抱えて待ってますよ」
「…それ聞いて出たくなくなった」
「そんなこと言わないでください。ほら」

 マリがユーリの手を引っ張る。ユーリは仕方なさそうに、そのまま引っ張られて行った。
 ……だがその顔は、笑っていた。




 
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