異世界転移は定員オーバーらしいです

家具屋ふふみに

文字の大きさ
128 / 130
第7章

懐かしい香り

しおりを挟む
 マリーナが別行動を始めた頃。サーニャは再会した父に連れられ、1つの寂れた小屋へと辿り着いていた。

「ここが、お父さんが過ごしている所ですか?」

「ああ。元は放棄された小屋だったが、修繕して有難く使わせて貰っている」

 大分古い見た目をした小屋ではあるが、言葉通り所々に補強した跡が見受けられた。その様子から雨風は十全に凌げる筈だとサーニャは感じる。
 小屋の中へ入れば、小さなベッドとテーブルが一つずつ。そして竈に掛けられたままの鍋が視界に映る。

「今日はもう遅い。サーニャも疲れただろう? 食事は用意するから、少し休んでいなさい」

「…はい」

 言われた通り、椅子に腰かけて父親の背中を見つめる。マリーナが無意味に適当な森へ飛ばしたとは思っていなかったが、まさか父親と同じ場所に飛ばしたとは思ってもみなかった。

「ところで、今更だが何故此処に?」

 テーブルへ木のボウルに装ったスープを並べながら、サーニャの父親が口を開く。その疑問に対し、どう答えるべきかサーニャは少し頭を悩ませた。

「その、実は……」

 言い難そうに吃りながらも、サーニャは自らの魔法に不安を抱えていた事。それをどうにかしたいと知人に稽古をつけて貰った事。そして──マリーナに強制荒療治を課された事を包み隠さず告げた。

「……そうか」

 それまで静かに聞き手に徹していたサーニャの父親は、一言それだけを口にして何とも言えない表情を浮かべた。
 その様子を見て、更にサーニャが身を縮める。

「で、でも! 転移した場所に結界を張って下さっていたりとか、転移して暫くは何処かから見守って下さっていたりとか!」

「あぁ違う違う。何もあの方に思うところがあった訳では無い」

「そ、そうですか…」

「しかし…見たところ結界は上手く纏えている様だし、他に何が不安だったのだ?」

「あっ…そ、れは…」

 サーニャが初めて魔法を暴走させた時、サーニャの父はその場には居らず、サーニャを含めた他の者も口を噤んだ為に、サーニャが魔法を暴走させたという過去自体を知らなかった。
 今まで黙っていた事を謝りながらも、サーニャがその当時の様子を嘘偽り無く告げる。当然幾らかの叱責を覚悟していたサーニャだったが、父の口から出てきた言葉は謝罪だった。

「今まで気付いてやれず、済まなかった」

「ち、違います! お父さんは悪くなくて、わたしが勝手に…」

「それでも、父親として気付いてやるべきだった。過去は変えられないが……サーニャさえ良ければ、わたしが今回のサーニャの実戦を補助させては貰えないか?」

「え? そ、それは願ってもない事ですけど…」

 何故その様な申し出をするのか、サーニャが小首を傾げる。その反応を見て、サーニャの父が苦笑を浮かべた。

「父親らしい事を、ようやく出来ると思ったからな」

 そう言って優しく穏やかに微笑を浮かべる父に、サーニャは何も言葉が浮かばなかった。

「さぁ、冷めてしまう。早く食べよう」

「あ、は、はい!」

 慌てて木のボウルにスプーンを突っ込んでスープを掬う。零さぬように口へと運べば、優しい塩気と野菜の旨味がサーニャの味覚を満たした。
 スープは少し冷めていたが、サーニャはとても温かくなる気がした。


 ◆ ◆ ◆


 片付けまでして貰う訳にはいかないとサーニャが主張した為、サーニャの父は暇を持て余していた。

「…そうだ。寝床を失念していたな」

 元々一人で住んでいた場所の為、小さなベッドしか用意していない。
 サーニャとマリーナならば二人一緒に寝れる程の大きさではあるが、流石に大人と一緒に寝るだけの余裕は無い。

「どうしましたか?」

 腕を組んで悩んでいると、片付けを終えたサーニャが手を拭きながら父を呼んだ。

「あぁ、今日寝る場所をどうしようかと思ってな」

「成程…でしたらわたしは寝袋でも十分です。幸い持ち物の中にありますから」

 そう言って腰に着けたポーチを指差す。これはサーニャの為にマリーナが自重無しに作ったマジックポーチだ。渡された時は流石に断ろうと思ったが、結局押し切られて使っている。

「だが父親としてそれは許せない。わたしは床で寝るから、サーニャはベッドを使いなさい」

「え、でも…」

「今は、親の顔を立たせておくれ」

 父から穏やかな口調でそう言われて、サーニャは口を噤んで何も言えなくなる。
 おずおずと促されるままにベッドへと腰掛ければ、ぎしりと木が軋む音と共に少し固めの感触が返ってきた。
 そのままゴロリと寝転がれば、懐かしい父の香りがサーニャを包み思わず目を細める。

「おやすみ、サーニャ」

「おやすみなさい…」

 優しく頭を撫でられ、サーニャの目がトロンと溶けて意識が微睡みに沈む。
 その様子を見届けてから、サーニャの父は床に布を敷いて寝転がり、同じく瞼を下ろして眠りに着いた。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

「キヅイセ。」 ~気づいたら異世界にいた。おまけに目の前にはATMがあった。異世界転移、通算一万人目の冒険者~

あめの みかな
ファンタジー
秋月レンジ。高校2年生。 彼は気づいたら異世界にいた。 その世界は、彼が元いた世界とのゲート開通から100周年を迎え、彼は通算一万人目の冒険者だった。 科学ではなく魔法が発達した、もうひとつの地球を舞台に、秋月レンジとふたりの巫女ステラ・リヴァイアサンとピノア・カーバンクルの冒険が今始まる。

異世界で快適な生活するのに自重なんかしてられないだろ?

お子様
ファンタジー
机の引き出しから過去未来ではなく異世界へ。 飛ばされた世界で日本のような快適な生活を過ごすにはどうしたらいい? 自重して目立たないようにする? 無理無理。快適な生活を送るにはお金が必要なんだよ! お金を稼ぎ目立っても、問題無く暮らす方法は? 主人公の考えた手段は、ドン引きされるような内容だった。 (実践出来るかどうかは別だけど)

祝・定年退職!? 10歳からの異世界生活

空の雲
ファンタジー
中田 祐一郎(なかたゆういちろう)60歳。長年勤めた会社を退職。 最後の勤めを終え、通い慣れた電車で帰宅途中、突然の衝撃をうける。 ――気付けば、幼い子供の姿で見覚えのない森の中に…… どうすればいいのか困惑する中、冒険者バルトジャンと出会う。 顔はいかついが気のいいバルトジャンは、行き場のない子供――中田祐一郎(ユーチ)の保護を申し出る。 魔法や魔物の存在する、この世界の知識がないユーチは、迷いながらもその言葉に甘えることにした。 こうして始まったユーチの異世界生活は、愛用の腕時計から、なぜか地球の道具が取り出せたり、彼の使う魔法が他人とちょっと違っていたりと、出会った人たちを驚かせつつ、ゆっくり動き出す―― ※2月25日、書籍部分がレンタルになりました。

『異世界庭付き一戸建て』を相続した仲良し兄妹は今までの不幸にサヨナラしてスローライフを満喫できる、はず?

釈 余白(しやく)
ファンタジー
 毒親の父が不慮の事故で死亡したことで最後の肉親を失い、残された高校生の小村雷人(こむら らいと)と小学生の真琴(まこと)の兄妹が聞かされたのは、父が家を担保に金を借りていたという絶望の事実だった。慣れ親しんだ自宅から早々の退去が必要となった二人は家の中で金目の物を探す。  その結果見つかったのは、僅かな現金に空の預金通帳といくつかの宝飾品、そして家の権利書と見知らぬ文字で書かれた書類くらいだった。謎の書類には祖父のサインが記されていたが内容は読めず、頼みの綱は挟まれていた弁護士の名刺だけだ。  最後の希望とも言える名刺の電話番号へ連絡した二人は、やってきた弁護士から契約書の内容を聞かされ唖然とする。それは祖父が遺産として残した『異世界トラス』にある土地と建物を孫へ渡すというものだった。もちろん現地へ行かなければ遺産は受け取れないが。兄妹には他に頼れるものがなく、思い切って異世界へと赴き新生活をスタートさせるのだった。 連載時、HOT 1位ありがとうございました! その他、多数投稿しています。 こちらもよろしくお願いします! https://www.alphapolis.co.jp/author/detail/398438394

スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜

かの
ファンタジー
 世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。  スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。  偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。  スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!  冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

【完結】前世の不幸は神様のミスでした?異世界転生、条件通りなうえチート能力で幸せです

yun.
ファンタジー
~タイトル変更しました~ 旧タイトルに、もどしました。 日本に生まれ、直後に捨てられた。養護施設に暮らし、中学卒業後働く。 まともな職もなく、日雇いでしのぐ毎日。 劣悪な環境。上司にののしられ、仲のいい友人はいない。 日々の衣食住にも困る。 幸せ?生まれてこのかた一度もない。 ついに、死んだ。現場で鉄パイプの下敷きに・・・ 目覚めると、真っ白な世界。 目の前には神々しい人。 地球の神がサボった?だから幸せが1度もなかったと・・・ 短編→長編に変更しました。 R4.6.20 完結しました。 長らくお読みいただき、ありがとうございました。

処理中です...