13 / 190
第1章 ポーター編
013.ギルドマスターと謎のエルフの愉快な歓談
しおりを挟む※
「ううぅ、なんて健気(けなげ)な子なの……。
流石は私の義理の息子(仮)ね……。もう泣きそう……」
魔力を込めれば任意の音、映像を記録出来る魔具、メモリークリスタルから聞こえている会話に耳を傾けながら、迷宮都市フェルズのギルドマスター、レフライア・フェルズは、感動的ね、尊い、尊いわ、とかつぶやいている。
このクリスタルは、音声のみの物だった。
トイレの個室の壁を映しても、意味はない。
「……いえ、ギルドマスター。もうボロ泣きです」
ギルドマスターの執務室。
ある商会にて、秘密の任務を遂行中の某スカウトは、顔を隠す黒布の上から、手で眉間を押さえ、頭痛がする、と言わんばかりの仕草をする。
「あ、あら、そうね、そうなのね。それなのに、ハンカチ一つ差し出す事も出来ないなんて、気のきかない男ね。
雇い主に対して、紳士的な行動も出来ないのかしら?」
「私は、こんな悪趣味な盗聴をする、ゲスで卑しい、一介のスカウトに過ぎません。紳士である筈がないでしょうがっ!」
多少の怒気を声ににじませ、それでも自分のハンカチを、ギルマスの机の上に投げ出す。
「機嫌が悪いのね。でも、いにしえの尊きハイ・エルフの末裔が、『ゲスで卑しい一介のスカウト』に過ぎないわけないでしょう?」
そのハンカチで、当然のように涙をふいたレフライアは、黒い布で頭部、及び顔面までもグルグル巻きにして、目元以外を隠した、見るからに怪しい風貌の相手に、皮肉げに問いかける。
「血統に意味等ありません。
それに、卑しい行動をしている事に変わりはありませんから」
「でも、スカウトとは本来そういう、縁の下な仕事するものよ。
余り無意味な卑下で、自分を貶(おとし)めても、意味ないと私は思うわ」
「………」
「それに、この養子を申し込む話には、本来、私も同席する筈の話だったのよ。内容を聞く正当な権利が、私にはあります!」
「………」
「なのにゴウセルったら、また先走って…!」
「………」
「まあ、『西風旅団』のメンバーが、ゼン君の引き留めをして、あまつさえ自分達が教師役をして、将来のパーティーメンバーに、なんて素敵な申し出をして、とても遠慮深い感じのするこの子が、その申し出をはにかみながらも受けたんですもの」
当然、この時の様子も、こちらは映像付きで、視聴済なのだ。
「なんか流れと勢いで、この子がさらに喜んで、あの申し出も受けてくれると思ったのね。その気持ちは分からなくもないわ」
レフライアは、その一部始終の記録データが保存された、二つのクリスタルを、手の平の上でもてあそびながら、半ば独白のようにつぶやく。
「でも、それを断って、なんで?!て思ったら、理由が、自分はもう貰い過ぎてるから、恩を返せない、幸せ過ぎて死にそうって、……やだ、また涙が……」
「………」
その気持ちは、彼も分かる、と密かに思った。
自分も、会議室の隣、暗くなって視界のきかない、狭いトイレの個室で、物音を立てて、気づかれたら申し開きのしようもない状態。
ただただ、声を押し殺して、静かに泣いた。
「……そろそろ、いいですか?会長補佐としては、会長が出勤される前には、執務室で待機したいので」
茫然としていたレフライアが、その声でハっと我に返る。
「そ、そうね。でもその前に一つ」
「……なんでしょうか?」
「あなたの任務は、私とゴウセルの事が上手く行って婚約した、あの時点で終わりにしても良かったのよ。
でも継続任務を望んだのは、あなたの方。理由を聞きたいのだけど」
「……ご結婚されるまでの時点が、正確な任務完了になるから、と説明した筈ですが?」
「そう。確かにそう聞いた。私も一応は納得した、つもりでした」
「……?」
レフライアは、面白そうな顔しながら、でも、半ば本気で尋ねてみる。
「私には、ゼン君、っていうすっごく手強(てごわ)そうな強敵(ライバル)が現れて、もしかして実は、あなたもそうだったりするのかしら?」
「……?」
彼は最初、ギルマスの言う意味が、まるで分からず、しかしその頭脳明晰な彼の思考は、意味深な表情のギルマスと、その言葉の意味するところを素早く解析し、その正確な意味を把握してしまった。
「な、何わけのわからない事を、言ってるんですか!」
雇い主であり、自分の遠い親戚で女性に対し、今、本当の本気で怒り、殺意が湧いた!
「あなたが、前の女勇者が持ち込んだという、世界中の女性の数割に感染し、蔓延している、怪しげな趣味の信望者とは思いませんでした!」
「あらあら怖い。いえ、私は別に、あの、や、なんたら教の信者ではないわ。
でも、別に同性愛への偏見を持つものでもないの。
それにエルフなんて、そういう意味では性欲薄くて、精神性の愛を重んじる種族よ。
同性愛のカップルだって、普通にいると聞いた事があったのだけど……」
「……確かに、それは否定しません。
だが、私が会長にその……懸想をしているのだの、そういう事は一切ありません!
長く潜入任務とはいえ、その補佐をしているんです。
会長の人間性は、尊敬していますし、仕え甲斐のある人だとも思っています。
ですが、そのような邪推をされるのは、不愉快です!」
ギルマスの、書類が散在した丈夫そうな机に、思わず両の拳で力いっぱい殴っていた。
「あらあらまあまあ、御免なさい。ちょっとだけ心配になってしまったものだから」
脅しとも取れる行為に対して、レフライアはまるでそんな事がなかったかの様に、ニッコリと艶やかに微笑む。
「……それと」
「な~~に?」
「ゼンとゴウセル会長に対しても、そんな風に言ってしまうのはちょっと酷いのでは?
彼等は、血の繋がりはなくても、もう親子同然の、親と子の愛情、親愛でしょう。
強敵(ライバル)とか言ってしまうのは、その……」
「あらあら。でもね、私としては、ゴウセルから愛情を……強い愛情を受けるのは私一人で充分だったの。
女として当然の独占欲よね。
なのにこんなに強い愛情を……あなたが言うところの、親愛の情ね。を受けている存在が現れたのだから、私の女としての嫉妬や危機感は伝わらないかしら?」
「……それこそ杞憂では?
私の聞くところ、会長の初恋はあなたであり、パーティーを抜けたのもあなたに釣り合わない自分に嫌気がさして、とか、守りたい相手より弱い自分の劣等感だとか、があっての事で、罪滅ぼしに、ギルマスの目の治療法を探して、世界を飛び回り、そして、結局のところ、彼はずっとあなたの事を一、途に思い続けていた様ですから。
まるで、我等、エルフの様ですね」
「……聞いてない」
「だから、無意味な取り越し苦労をしないで、愛されている者の自覚を……」
「全然その話、聞いてないわよ!」
突然、レフライアが爆発した!(比喩的表現)
「え?何の話ですか?」
黒布男は、何故ギルマスが、突然怒りだしたか分からない。
「その、初恋、とか、パーティ-抜けた理由、とか色々諸々!」
「え?そうでしたか?あれ?」
レフライアは、椅子から立ち上がって、ジリジリと彼に詰め寄って来た。
かなり怒っているのだが、ゴウセルの話を聞いてニヤけてもいるので、奇妙な表情をしていて、かなり怖い。
身の危険を感じて、必死に思い出す。
「あ、そうだ、あれです!」
「なによ!」
「ギルマスがやっと、本当にやっと告白した夜!
あの時、商会の執務室で、私に悩みを打ち明ける感じな流れになって、で、その後、お酒を飲むのにも付き合って、そしたらもう、会長の一人語りが、止まらなくなったんですよ。
もうベラベラベラ、俺はあいつの燃えるような紅い髪が好きだっただの、太陽の様に微笑む表情は、まばゆさで目がくらむ、とか、聞いてるこっちの身にもなって欲しい程の……」
「なんで、その報告がないの!」
「え?あ、だってもう上手く事が運んだんですから、必要ないかと……」
「ない訳あるか!」
「……そうですか?そうですね」
冷や汗を浮かべ、愛想笑いを浮かべても、黒布を巻いているので意味がない。
「その時のメモリークリスタルは?!」
出せと手を突き出されても、困ってしまう。
「……急な事だったので、撮っていません……」
「……この無能!」
「それはひどい、あんまりですよ……」
子供の様に、むくれて頬をふくらませている、乙女なギルマスを見ながら、控えめに苦情を言ってみる。
「……レポート」
「は?」
「その時、ゴウセルが言った事、内容、一言一句全部、詳細なレポートを出しなさい!」
「え、いや、あの夜は私も付き合いで飲んでいて……」
無意味な抵抗を試みるも、当然却下だ。
「無駄に頭脳明晰なエルフなんだから、それぐらい出来るでしょ!
なんなら、知り合いの神術士呼んで、無理やりその記憶、掘り起こしてもらうわよ!」
「わ、わかりました。レポート、書かせていただきます……」
「提出、今日の夜までね」
「え、いや、流石にそれは、私、商会の仕事も……」
「今夜、絶対、ね?」
とても怖い笑顔のギルマスに、逆らえる者等いるのだろうか?
彼の受難は続く……
0
あなたにおすすめの小説
最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。
みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。
高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。
地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。
しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。
滅せよ! ジリ貧クエスト~悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、ハラペコ女神の料理番(金髪幼女)に!?~
スサノワ
ファンタジー
「ここわぁ、地獄かぁ――!?」
悪鬼羅刹と恐れられた僧兵のおれが、気がつきゃ金糸のような髪の小娘に!?
「えっ、ファンタジーかと思ったぁ? 残っ念っ、ハイ坊主ハラペコSFファンタジーでしたぁ――ウケケケッケッ♪」
やかましぃやぁ。
※小説家になろうさんにも投稿しています。投稿時は初稿そのまま。順次整えます。よろしくお願いします。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします
Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。
相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。
現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編
家族転生 ~父、勇者 母、大魔導師 兄、宰相 姉、公爵夫人 弟、S級暗殺者 妹、宮廷薬師 ……俺、門番~
北条新九郎
ファンタジー
三好家は一家揃って全滅し、そして一家揃って異世界転生を果たしていた。
父は勇者として、母は大魔導師として異世界で名声を博し、現地人の期待に応えて魔王討伐に旅立つ。またその子供たちも兄は宰相、姉は公爵夫人、弟はS級暗殺者、妹は宮廷薬師として異世界を謳歌していた。
ただ、三好家第三子の神太郎だけは異世界において冴えない立場だった。
彼の職業は………………ただの門番である。
そして、そんな彼の目的はスローライフを送りつつ、異世界ハーレムを作ることだった。
ブックマーク・評価、宜しくお願いします。
【一時完結】スキル調味料は最強⁉︎ 外れスキルと笑われた少年は、スキル調味料で無双します‼︎
アノマロカリス
ファンタジー
調味料…それは、料理の味付けに使う為のスパイスである。
この世界では、10歳の子供達には神殿に行き…神託の儀を受ける義務がある。
ただし、特別な理由があれば、断る事も出来る。
少年テッドが神託の儀を受けると、神から与えられたスキルは【調味料】だった。
更にどんなに料理の練習をしても上達しないという追加の神託も授かったのだ。
そんな話を聞いた周りの子供達からは大爆笑され…一緒に付き添っていた大人達も一緒に笑っていた。
少年テッドには、両親を亡くしていて妹達の面倒を見なければならない。
どんな仕事に着きたくて、頭を下げて頼んでいるのに「調味料には必要ない!」と言って断られる始末。
少年テッドの最後に取った行動は、冒険者になる事だった。
冒険者になってから、薬草採取の仕事をこなしていってったある時、魔物に襲われて咄嗟に調味料を魔物に放った。
すると、意外な効果があり…その後テッドはスキル調味料の可能性に気付く…
果たして、その可能性とは⁉
HOTランキングは、最高は2位でした。
皆様、ありがとうございます.°(ಗдಗ。)°.
でも、欲を言えば、1位になりたかった(⌒-⌒; )
【書籍化】パーティー追放から始まる収納無双!~姪っ子パーティといく最強ハーレム成り上がり~
くーねるでぶる(戒め)
ファンタジー
【24年11月5日発売】
その攻撃、収納する――――ッ!
【収納】のギフトを賜り、冒険者として活躍していたアベルは、ある日、一方的にパーティから追放されてしまう。
理由は、マジックバッグを手に入れたから。
マジックバッグの性能は、全てにおいてアベルの【収納】のギフトを上回っていたのだ。
これは、3度にも及ぶパーティ追放で、すっかり自信を見失った男の再生譚である。
攻撃魔法を使えないヒーラーの俺が、回復魔法で最強でした。 -俺は何度でも救うとそう決めた-【[完]】
水無月いい人(minazuki)
ファンタジー
【HOTランキング一位獲得作品】
【一次選考通過作品】
---
とある剣と魔法の世界で、
ある男女の間に赤ん坊が生まれた。
名をアスフィ・シーネット。
才能が無ければ魔法が使えない、そんな世界で彼は運良く魔法の才能を持って産まれた。
だが、使用できるのは攻撃魔法ではなく回復魔法のみだった。
攻撃魔法を一切使えない彼は、冒険者達からも距離を置かれていた。
彼は誓う、俺は回復魔法で最強になると。
---------
もし気に入っていただけたら、ブクマや評価、感想をいただけると大変励みになります!
#ヒラ俺
この度ついに完結しました。
1年以上書き続けた作品です。
途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
---
追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
コメント頂けるとするかもしれないです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる