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第1章 ポーター編
015.引退冒険者と、ゼンの変化
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実力判定は、終わった。
「君達の実力なら、万全の態勢で臨めば、初級迷宮(ダンジョン)のロックゲートのボス程度で、つまずく様な恐れは、ほぼないと思う。
ボス3種の内の最強の、オークキング一党がでたとしても、な。
何事も絶対、という事はないが、油断せずに挑戦してくれ」
元B級冒険者で、今回の鑑定を勤めたレオは、そう締めくくる。
「後……、そうだ、あそこのボスは、条件次第で、ボス戦が続く事があるんだが……」
「え、ボス2連戦!なんで、そんな事が起きるんですか?」
リュウエンが驚いて、真剣な顔で問うのだが、
「いや、報告が何件か上がっているだけで、ギルドでもよく分かってないんだ。
ただ、2戦目もそう代わり映えのしない強さの、一戦目と種族は違うボスで、報告してきた冒険者パーティーは、なんらかのご褒美的な物ではないのか、と。
実際、ボスの戦利品(ドロップ)が、2倍になった訳だからな」
と、軽い調子だ。
チリと、ゼンの心の中で何かが動いた。
それは、何かの予兆だったのだろうか。
死を身近に感じ、そして他人の死を何度も見てきた、ゼンだからこそ感じた予兆。
かすかな不安を、ゼンは胸の中で押し殺した。
「そうですか……」
リュウエンは、ゼン程ではないが、ボス戦にある不確定要素が、気にいらない様子だった。
「いや、不安に思う必要ないぞ。
君らなら、ボス2種同時に出ても、倒せると思う。
それは保証しよう」
「ありがとうございます!」
元B級冒険者のお墨付きだ。嬉しくない訳がない。
大丈夫だろう、と心に言い聞かせたのは、一体誰だったのか。
「あ。すみません、ちょっと、個人的にお聞きしたい事があるんですが、いいですか?」
役目を終え、ホっとしているレオに、リュウエンが話しかける。
「うん?……そうだな、次の指導予約まで、まだ時間ありそうだし、調度、昼だ。
食事がてらに聞こう。2階の食堂でいいだろう?」
「え!ここ、食堂あるんですか?」
「ああ。君らここ、初めてじゃないだろ?
最初に案内されて、聞かなかったのか?」
「ええ。なんか不愛想な、エルフの女の子で」
「げ、それもしかしてハルアか?」
「あ、そんな名前だったと……」
他の3人が、後ろでコクコク頷いている。
「すまん、一番のハズレクジ引いたな。
そいつは、ギルドの専属錬金術師なんだが、基本それ程忙しい部門じゃないんだ、錬金は。大体研究とかで。
だから、新人の案内とかを、やってもらう事もあるんだが、あいつは極度の面倒くさがりで、どうしようもないグータラなんだ。
どうせ、「ここが訓練場」、とか言って、使い方とかそういうマニュアル的な事さえ、教えなかったんだろう?」
「その通りです。すぐ、そそくさと帰ってしまいました」
苦笑いするしかない。
きっと研究馬鹿とか、そういう手合いなのだろう。
「ギルマスに報告案件だな。あのバカ……。ともかく行こう」
鍛錬場の内部、円形の壁沿いに半円進んだ場所に、階段があった。
そこを上がると、手すりのついた通路があり、また円形を戻る感じに進むと、意外と広い食堂があった。
何人かの冒険者が、休憩なのかくつろいでいる。
「ここって、1階の、玄関の箇所の上部分ですか?」
「そうそう。
他に、トイレとか、あるいは売店とかも、大体円形の壁部分にあるから、1周すると分かるんだが、ギルドのカウンターで、パンフ貰ったほうがいいかな」
全員物珍しげに、中の様子を眺めている。
「ここは、一部テラスになっていて、まだ早いから空いてるな。
あそこで食うとして、ここはあのカウンターで頼む、先払い形式だ。
注文して、自分の席を教えれば、出来上がったら持って来てくれる。
トレイに載ってるから、食い終わったらそれを、カウンターまで下げるんだ」
「へえ、こういう形式、初めてです……」
「女給とかの人件費節約の為、らしい。
ギルドは資金難などにはならないが、無駄に金を使っていいわけじゃないからな」
レオに習い、カウンターで注文と料金の支払を済ませ、割符のような物を受け取る。
「これで、何を注文したか分かるから、持って来た時向こうが、それを料理と引き換えに持っていく。
もし注文した物が来なければ、割符をカウターで見せればいい、とこんな感じだ」
テラス席に着いた一行は、晴れた青空と、フェルズの街並みを見た事のない角度から見れて、大喜びになる。
特に、ゼンと女性陣。
それ程待つ事なく、料理が届く。まだ、時間が早めだからだろう。
「それで、俺に聞きたい事ってなんだ?」
「あの、レオさん、なんで冒険者引退したんですか?
その若さでB級って、もう凄い有望な冒険者だったんじゃ?」
疑問をそのままにしておけない、リュウエンだった。
「あ~~、やっぱりその話か。
うん、よく聞かれるんだ。だから、そうだと思った」
「すみません」
「別に謝ることはないさ。よく聞かれるから、答え慣れてるしな。
一応言っておくと、俺は若く見えるが、もう34だ。童顔なのかな。
まあそれでも、将来を期待されてた冒険者だったよ。(お前ら程じゃないんだがな)」
心の中でそっとつぶやく。
余りほめ過ぎて、有頂天になり、天狗になられても困る。
ゼンと同じだ、と、旅団メンバーは密かに思った。
「もう結婚もしてるんだよ。
結婚した当初は、こいつを護る為、なら何でもできる、そう思ったものだ……で、すぐに子供が出来て、産まれた」
「おめでとうございます」
思わず、皆が言ってしまう。
「ありがとな。もう2歳になる。あいつを腕に抱いた瞬間だ。全てが怖くなったんだ……。
B級だろうとC級だろうと、魔物の討伐に危険はなくならない。
それを理解していて、自分からなった冒険者だ。強くなって、金の稼ぎも良くなって、何の不安もない、筈だった……。
なのに、あの小さな命を抱いた瞬間、もし、自分が死んだら、こいつはどうなるんだ、とか、未亡人になって、一人で苦労して子供育てるあいつのやつれた顔とか、そういう悪い未來がやたらちらついて、俺は……いつしか、戦えなくなった……」
食事の手が止まる。軽く聞いて、いい話ではなかった。
「集中力の欠けた戦士なんて、戦場では邪魔にしかならない。
自分でも、なんとか割り切って、戦いに集中しようと努力したが、駄目でな。
最後にはリーダーから、辞めてくれ、と言われてしまった。
このままだと、仲間の方に危険が及びそうなぐらいに、俺の状態は不安定だったんだ……」
ふうと一息ついてから、レオは話を続ける。
「だからまあ、こうしてギルドに就職して、中位のランクの冒険者を指導したり、昇級試験の検定官をしたり、だ。
稼ぎは比べ物にならないが、妻はむしろ、辞めてくれて良かった、と泣かれてしまった。
冒険者の妻なんてのは、俺が考えている以上に、不安な日々だったらしい。
だから、今は俺はこの選択で良かったと、本当にそう思っているよ……」
どう反応していいか、分からなかった。
慰めを言うような間柄ではない。
そうですね、と軽く肯定して、いいような話でもないのだ。
「そんな顔するな。
これは別に悲しい話じゃないぞ。
心弱い者が、怪我も何もなく、円満に辞められたんだ。ハッピーエンドなんだよ。
俺は、引き際を間違えず辞められた、幸福者なのさ。本気で、な。
余り深く考えるな。
俺はそろそろ行くが、君らはゆっくりしていけばいい。
ここは、飲み物や軽食も豊富だ。好きな物食べて、俺の言った事なんて、忘れていいんだぞ」
そう言って、自分の食べ終わった分のトレイを持つと、レオは爽やかな笑顔を浮かべて、一人去って行った。
旅団メンバーは、話を聞いたリュウエンが、慌てて立ち上がり、ありごとうございます、と言ったが、レオは振り向く事なく、ただ片手をあげ、分かっていると合図した。
「もう、だから、人それぞれだって言ったの……」
サリサリサはお冠だ。
余り人の事情とかを、詮索するのが好きではないのだ。
「まあ、そう言うなよ。お陰で、ここの食堂の事とか分かったんだ。
それに、レオさんの話は、色々考えさせられるが、あの人の言うように悪い話じゃないんだ」
ラルクスが、リーダーのフォローをし、
「そうだよ、サリー。
引退した元冒険者さんは、奥さんと子供さんと一緒に、一生幸せに暮らしました、めでたしめでたし、な話だよ?」(まだ終わってない)
アリシアは優しく微笑んで、決して悪い話ではなかったのだ、と言い含める。
「……まあ、そうかもね」
「そうだ。それに、もし俺達の内、誰かがそういう風になったとしても、俺達は笑って送り出せる。
そう。それが誰であったとしても、だ……」
リュウエンの言葉に、全員が神妙に頷き、この話は終わりになった。
「……それじゃあ場所を変えて、改めてゼンの歓迎会をやらんか?」
リュウエンは、場所を変える事で、気分を変える事を考えたのだが、他にも目的はある。
それは、皆同じだった。
「あ、賛成!ゼン君に聞きたい事あるし~~」
「そうだな。右に同じだ」
「私も、そうね。こちらも全然悪い話じゃなさそうだし」
話題の的にされているゼンは、いつも通り無表情なのだが、すこしだけ不思議そうに首をかしげた。
※
ゼンと旅団メンバーの皆が来たのは、彼等の宿近くの、美味しいと評判の酒場だった。
普通の食事も出すので、昼から営業している。
まだ昼を食べたばかりの時間だが、今日はゆっくり居座って歓迎会を行い、それと、ゼンへの詰問会なのであった。
奥の大きなテーブル席に落ち着くと、まずは適当な軽食やら飲み物やらを注文し(流石にまだ酒は頼まなかった)、そして皆の視線がゼンに集まる。
「なんか、ゼン君変わったよね?」
「あ、分かるな。雰囲気が柔らかくなった、というか、うん」
「確かに。なにか、いつもピリピリしていた警戒感が、解けた感じする」
「つまり、私たちに心を許してなかった、って事よね。ちょっとショック」
サリサリサは、わざと拗ね風に言ったりしている。
皆が、ゼンの変化に注目しているのだ。
「……変わった様に、見える?」
ゼンは、いつも通り無表情な自分の頬を撫でて、逆に問いかける。
「見た目じゃなくて、今まで持っていた独特の……人に慣れていない野生の獣、みたいな感じがないんだよ。
なんか、人に飼われて可愛がられてすっかり丸くなって、ペットの愛玩動物に成り下がった、みたいな?」
「ププ、やだラルク、それ上手い表現過ぎて、ツボにはまったわ」
ローブの上からお腹を押さえつつ、サリサリサは、目に涙までにじませている。
「うん、そういう感じだ。
俺らは闘気を使う……まあ、まだ初級レベルで、だが、使うから、他の人から感じる雰囲気とか、内面の気配とかに敏感なんだよ。
隠してるつもりかもしれんが、結構分かりやすいぞ。術者サイドも精神力を使うからな。普通の人より、見えてしまうのさ」
リュウエンも、苦笑いしつつ肯定する。
つまり、この場の全員に、かなりあからさまに分かってしまうのだ。
無論、心の中が見える訳ではないので、昨夜、何があったか知る者はいないのだが………。
「ねね、ゼン君。
それって、私達の勧誘のお陰……だけじゃないわよね。
昨日の帰り際までは、少し嬉しそうに見えたけれど、ここまで劇的に、変わっていなかったもの」
アリシアは、とても嬉しそうに微笑んでいる。
ゼンの変化を、一番喜んでいるのは、彼女だろう。
もしかしたら、彼女にはある程度の予想がついたのかもしれない。
「あの後、ゴウセルさんと、大事な話があるって残っていたが、何の話があったんだ?
俺達が聞いていい話なら、聞かせて欲しいんだが?」
リュウエンが、事の核心と思われる部分に、ズバリ切り込む。
遠回しにとか出来ない彼も、不器用なのだ。
「………ゴウセルに、養子にならないかって、言われて………」
ポツリと小さな声で言うゼンの頬が、ほんのり紅く見えるのは、照明のせいだったのか。
「おお、それはめでた………」
皆がざわめき、祝福の言葉を言おうとした瞬間、それを外すのが、ゼンならではだった。
「断った………」
「え??」
「は??」
一瞬にして、暖まった場が凍り付く。
「だってもう、名付け親にもなってもらって、それ以上なんて………」
なんて不器用で遠慮深く、純朴な子なのか!
色々じれったくなってしまうが、今回は珍しく、大丈夫だった。
「だから、その……今までもずっと世話になってて、ずっと凄く感謝してたんだけど、そういうのって、ゴウセルには、全然伝わってなかった、みたい、だから、その、ありがとう、って、ゴウセルに言えて、そうしたら、ゴウセルも喜んでくれて………」
ゼンにしては、頑張って説明してるが、色々恥ずかしい事を言ったのを端折(はしょ)っているのが、いかにもゼンらしい。
結局、事態は収まるべきところに、綺麗に収まったのだ。
四人全員、ホっと胸を撫で下ろすと同時に、自分達も世話になった恩人と、この器用さと不器用さという相反する性質を併せ持つ、奇妙な少年の想いが、行き違わなくて良かった、と安堵するのだった。
すると、やはり少し赤い顔をしたゼンが立ち上がって、旅団メンバー一人一人を見まわして言った。
「リュウさん、ラルクさん、サリサ、アリシア。みんなも、改めて、その……ありが、とう……。
俺みたいな、まだ、大した役に立てない、その、足を引っ張りそうな、足手纏いのチビを、冒険者に鍛えてくれるって、言ってくれて、すごく、う、嬉しかった……だから、ありがとう……。
みんな、その…………」
その余りにも小さな、ささやき、少しはいる他の客の喧騒で聞き逃しかねない、本当の本当に小さな声で、(みんな、大好きだよ……)と。
みなの動きが、凍り付いた様に止まったのには気にせず、ゼンは座りなおす、
そしてマイペースに、目の前の料理をパクパクと食べ始めるのだが、その様子がいつもと違うのは、照れ隠しなのだと、誰が気づくと言うのか。
少年が必死に言ってくれた言葉が、西風旅団のメンバー、一人一人にジワジワ浸透して、その意味が実感となって伝わった途端、メンバー全員の顔に血が昇り、ゼン以上に真っ赤になってしまった。
普段は言わない、だからこその真摯な想いの言葉の威力は、爆発力が凄い!
(なんだ、これ!女の子に告白されたみたいに、熱くなる……!やばっ……)
(なんか思い出すな、あの時、俺も、年上の先生に……)
(か、勘違いなんかしてない、わかってるわ、これは、あれ、友情的な『大好き』なのよ。みんな大好きって……あれ、なんで私、ガッカリしてるの……?)
「や~~ん、とっても嬉しい!ゼン君、お姉さんも、大好きだからね!」
素直な思いを言葉に出来る、アリシアだけが、声に出して答えていた。
それから、皆のテンションが変に上がりまくり、夕方過ぎには料理やアルコールを追加注文し、ついつい深酒コースの、ドンチャン騒ぎになるのだった。
翌日、きつい二日酔いで活動出来たのは、故郷でも蟒蛇(うわばみ)で、お酒をいくら飲んでもツブれないアリシアと、酒を飲んでいないゼンだけだった。
迷宮(ダンジョン)のボス攻略は、明後日に、延期となったのであった……。
*******
オマケ
リ「え、オレ、全然ドキドキとか、してないからな」(汗
ラ「ゼン、女の子だったら良かったのにな。実は女の子、とかじゃないのかね……」
サ「ば、バッカじゃないのあんた達。私は、ちゃんと、冷静に、受け止めてるわ……うん、本当に……」
ア「なんか、テレてるゼン君可愛かったね。やっぱり弟欲しいなぁ。あ、チーム入りするから大丈夫だ。嬉しい~~」
ゼ「え、と。これ、からも、頑張、り、マス……」
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途中迷走してました……。
今までありがとうございました!
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追記:2025/09/20
再編、あるいは続編を書くか迷ってます。
もし気になる方は、
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