剣と恋と乙女の螺旋模様 ~持たざる者の成り上がり~

千里志朗

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第1章 ポーター編

015.引退冒険者と、ゼンの変化

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 ※


 実力判定は、終わった。

「君達の実力なら、万全の態勢で臨めば、初級迷宮(ダンジョン)のロックゲート岩の門のボス程度で、つまずく様な恐れは、ほぼないと思う。

 ボス3種の内の最強の、オークキング一党がでたとしても、な。

 何事も絶対、という事はないが、油断せずに挑戦してくれ」

 元B級冒険者で、今回の鑑定を勤めたレオは、そう締めくくる。

「後……、そうだ、あそこのボスは、条件次第で、ボス戦が続く事があるんだが……」

「え、ボス2連戦!なんで、そんな事が起きるんですか?」

 リュウエンが驚いて、真剣な顔で問うのだが、

「いや、報告が何件か上がっているだけで、ギルドでもよく分かってないんだ。

 ただ、2戦目もそう代わり映えのしない強さの、一戦目と種族は違うボスで、報告してきた冒険者パーティーは、なんらかのご褒美的な物ではないのか、と。

 実際、ボスの戦利品(ドロップ)が、2倍になった訳だからな」

 と、軽い調子だ。

 チリと、ゼンの心の中で何かが動いた。

 それは、何かの予兆だったのだろうか。

 死を身近に感じ、そして他人の死を何度も見てきた、ゼンだからこそ感じた予兆。

 かすかな不安を、ゼンは胸の中で押し殺した。

「そうですか……」

 リュウエンは、ゼン程ではないが、ボス戦にある不確定要素が、気にいらない様子だった。

「いや、不安に思う必要ないぞ。

 君らなら、ボス2種同時に出ても、倒せると思う。

 それは保証しよう」

「ありがとうございます!」

 元B級冒険者のお墨付きだ。嬉しくない訳がない。

 大丈夫だろう、と心に言い聞かせたのは、一体誰だったのか。

「あ。すみません、ちょっと、個人的にお聞きしたい事があるんですが、いいですか?」

 役目を終え、ホっとしているレオに、リュウエンが話しかける。

「うん?……そうだな、次の指導予約まで、まだ時間ありそうだし、調度、昼だ。

 食事がてらに聞こう。2階の食堂でいいだろう?」

「え!ここ、食堂あるんですか?」

「ああ。君らここ、初めてじゃないだろ?

 最初に案内されて、聞かなかったのか?」

「ええ。なんか不愛想な、エルフの女の子で」

「げ、それもしかしてハルアか?」

「あ、そんな名前だったと……」

 他の3人が、後ろでコクコク頷いている。

「すまん、一番のハズレクジ引いたな。

 そいつは、ギルドの専属錬金術師なんだが、基本それ程忙しい部門じゃないんだ、錬金は。大体研究とかで。

 だから、新人の案内とかを、やってもらう事もあるんだが、あいつは極度の面倒くさがりで、どうしようもないグータラなんだ。

 どうせ、「ここが訓練場」、とか言って、使い方とかそういうマニュアル的な事さえ、教えなかったんだろう?」

「その通りです。すぐ、そそくさと帰ってしまいました」

 苦笑いするしかない。

 きっと研究馬鹿とか、そういう手合いなのだろう。

「ギルマスに報告案件だな。あのバカ……。ともかく行こう」

 鍛錬場の内部、円形の壁沿いに半円進んだ場所に、階段があった。

 そこを上がると、手すりのついた通路があり、また円形を戻る感じに進むと、意外と広い食堂があった。

 何人かの冒険者が、休憩なのかくつろいでいる。

「ここって、1階の、玄関の箇所の上部分ですか?」

「そうそう。

 他に、トイレとか、あるいは売店とかも、大体円形の壁部分にあるから、1周すると分かるんだが、ギルドのカウンターで、パンフ貰ったほうがいいかな」

 全員物珍しげに、中の様子を眺めている。

「ここは、一部テラスになっていて、まだ早いから空いてるな。

 あそこで食うとして、ここはあのカウンターで頼む、先払い形式だ。

 注文して、自分の席を教えれば、出来上がったら持って来てくれる。

 トレイに載ってるから、食い終わったらそれを、カウンターまで下げるんだ」

「へえ、こういう形式、初めてです……」

「女給とかの人件費節約の為、らしい。

 ギルドは資金難などにはならないが、無駄に金を使っていいわけじゃないからな」

 レオに習い、カウンターで注文と料金の支払を済ませ、割符のような物を受け取る。

「これで、何を注文したか分かるから、持って来た時向こうが、それを料理と引き換えに持っていく。

 もし注文した物が来なければ、割符をカウターで見せればいい、とこんな感じだ」

 テラス席に着いた一行は、晴れた青空と、フェルズの街並みを見た事のない角度から見れて、大喜びになる。

 特に、ゼンと女性陣。

 それ程待つ事なく、料理が届く。まだ、時間が早めだからだろう。

「それで、俺に聞きたい事ってなんだ?」

「あの、レオさん、なんで冒険者引退したんですか?

 その若さでB級って、もう凄い有望な冒険者だったんじゃ?」

 疑問をそのままにしておけない、リュウエンだった。

「あ~~、やっぱりその話か。

 うん、よく聞かれるんだ。だから、そうだと思った」

「すみません」

「別に謝ることはないさ。よく聞かれるから、答え慣れてるしな。

 一応言っておくと、俺は若く見えるが、もう34だ。童顔なのかな。

 まあそれでも、将来を期待されてた冒険者だったよ。(お前ら程じゃないんだがな)」

 心の中でそっとつぶやく。

 余りほめ過ぎて、有頂天になり、天狗になられても困る。

 ゼンと同じだ、と、旅団メンバーは密かに思った。

「もう結婚もしてるんだよ。

 結婚した当初は、こいつを護る為、なら何でもできる、そう思ったものだ……で、すぐに子供が出来て、産まれた」

「おめでとうございます」

 思わず、皆が言ってしまう。

「ありがとな。もう2歳になる。あいつを腕に抱いた瞬間だ。全てが怖くなったんだ……。

 B級だろうとC級だろうと、魔物の討伐に危険はなくならない。

 それを理解していて、自分からなった冒険者だ。強くなって、金の稼ぎも良くなって、何の不安もない、筈だった……。

 なのに、あの小さな命を抱いた瞬間、もし、自分が死んだら、こいつはどうなるんだ、とか、未亡人になって、一人で苦労して子供育てるあいつのやつれた顔とか、そういう悪い未來がやたらちらついて、俺は……いつしか、戦えなくなった……」

 食事の手が止まる。軽く聞いて、いい話ではなかった。

「集中力の欠けた戦士なんて、戦場では邪魔にしかならない。

 自分でも、なんとか割り切って、戦いに集中しようと努力したが、駄目でな。

 最後にはリーダーから、辞めてくれ、と言われてしまった。

 このままだと、仲間の方に危険が及びそうなぐらいに、俺の状態は不安定だったんだ……」

 ふうと一息ついてから、レオは話を続ける。

「だからまあ、こうしてギルドに就職して、中位のランクの冒険者を指導したり、昇級試験の検定官をしたり、だ。

 稼ぎは比べ物にならないが、妻はむしろ、辞めてくれて良かった、と泣かれてしまった。

 冒険者の妻なんてのは、俺が考えている以上に、不安な日々だったらしい。

 だから、今は俺はこの選択で良かったと、本当にそう思っているよ……」

 どう反応していいか、分からなかった。

 慰めを言うような間柄ではない。

 そうですね、と軽く肯定して、いいような話でもないのだ。

「そんな顔するな。

 これは別に悲しい話じゃないぞ。

 心弱い者が、怪我も何もなく、円満に辞められたんだ。ハッピーエンドなんだよ。

 俺は、引き際を間違えず辞められた、幸福者なのさ。本気で、な。

 余り深く考えるな。

 俺はそろそろ行くが、君らはゆっくりしていけばいい。

 ここは、飲み物や軽食も豊富だ。好きな物食べて、俺の言った事なんて、忘れていいんだぞ」

 そう言って、自分の食べ終わった分のトレイを持つと、レオは爽やかな笑顔を浮かべて、一人去って行った。

 旅団メンバーは、話を聞いたリュウエンが、慌てて立ち上がり、ありごとうございます、と言ったが、レオは振り向く事なく、ただ片手をあげ、分かっていると合図した。

「もう、だから、人それぞれだって言ったの……」

 サリサリサはお冠だ。

 余り人の事情とかを、詮索するのが好きではないのだ。

「まあ、そう言うなよ。お陰で、ここの食堂の事とか分かったんだ。

 それに、レオさんの話は、色々考えさせられるが、あの人の言うように悪い話じゃないんだ」

 ラルクスが、リーダーのフォローをし、

「そうだよ、サリー。

 引退した元冒険者さんは、奥さんと子供さんと一緒に、一生幸せに暮らしました、めでたしめでたし、な話だよ?」(まだ終わってない)

 アリシアは優しく微笑んで、決して悪い話ではなかったのだ、と言い含める。

「……まあ、そうかもね」

「そうだ。それに、もし俺達の内、誰かがそういう風になったとしても、俺達は笑って送り出せる。

 そう。それが誰であったとしても、だ……」

 リュウエンの言葉に、全員が神妙に頷き、この話は終わりになった。


「……それじゃあ場所を変えて、改めてゼンの歓迎会をやらんか?」

 リュウエンは、場所を変える事で、気分を変える事を考えたのだが、他にも目的はある。

 それは、皆同じだった。

「あ、賛成!ゼン君に聞きたい事あるし~~」

「そうだな。右に同じだ」

「私も、そうね。こちらも全然悪い話じゃなさそうだし」

 話題の的にされているゼンは、いつも通り無表情なのだが、すこしだけ不思議そうに首をかしげた。


 ※


 ゼンと旅団メンバーの皆が来たのは、彼等の宿近くの、美味しいと評判の酒場だった。

 普通の食事も出すので、昼から営業している。

 まだ昼を食べたばかりの時間だが、今日はゆっくり居座って歓迎会を行い、それと、ゼンへの詰問会なのであった。

 奥の大きなテーブル席に落ち着くと、まずは適当な軽食やら飲み物やらを注文し(流石にまだ酒は頼まなかった)、そして皆の視線がゼンに集まる。

「なんか、ゼン君変わったよね?」

「あ、分かるな。雰囲気が柔らかくなった、というか、うん」

「確かに。なにか、いつもピリピリしていた警戒感が、解けた感じする」

「つまり、私たちに心を許してなかった、って事よね。ちょっとショック」

 サリサリサは、わざと拗ね風に言ったりしている。

 皆が、ゼンの変化に注目しているのだ。

「……変わった様に、見える?」

 ゼンは、いつも通り無表情な自分の頬を撫でて、逆に問いかける。

「見た目じゃなくて、今まで持っていた独特の……人に慣れていない野生の獣、みたいな感じがないんだよ。

 なんか、人に飼われて可愛がられてすっかり丸くなって、ペットの愛玩動物に成り下がった、みたいな?」

「ププ、やだラルク、それ上手い表現過ぎて、ツボにはまったわ」

 ローブの上からお腹を押さえつつ、サリサリサは、目に涙までにじませている。

「うん、そういう感じだ。

 俺らは闘気を使う……まあ、まだ初級レベルで、だが、使うから、他の人から感じる雰囲気とか、内面の気配とかに敏感なんだよ。

 隠してるつもりかもしれんが、結構分かりやすいぞ。術者サイドも精神力を使うからな。普通の人より、見えてしまうのさ」

 リュウエンも、苦笑いしつつ肯定する。

 つまり、この場の全員に、かなりあからさまに分かってしまうのだ。

 無論、心の中が見える訳ではないので、昨夜、何があったか知る者はいないのだが………。

「ねね、ゼン君。

 それって、私達の勧誘のお陰……だけじゃないわよね。

 昨日の帰り際までは、少し嬉しそうに見えたけれど、ここまで劇的に、変わっていなかったもの」

 アリシアは、とても嬉しそうに微笑んでいる。

 ゼンの変化を、一番喜んでいるのは、彼女だろう。

 もしかしたら、彼女にはある程度の予想がついたのかもしれない。

「あの後、ゴウセルさんと、大事な話があるって残っていたが、何の話があったんだ?

 俺達が聞いていい話なら、聞かせて欲しいんだが?」

 リュウエンが、事の核心と思われる部分に、ズバリ切り込む。

 遠回しにとか出来ない彼も、不器用なのだ。

「………ゴウセルに、養子にならないかって、言われて………」

 ポツリと小さな声で言うゼンの頬が、ほんのり紅く見えるのは、照明のせいだったのか。

「おお、それはめでた………」

 皆がざわめき、祝福の言葉を言おうとした瞬間、それを外すのが、ゼンならではだった。

「断った………」

「え??」

「は??」

 一瞬にして、暖まった場が凍り付く。

「だってもう、名付け親にもなってもらって、それ以上なんて………」

 なんて不器用で遠慮深く、純朴な子なのか!

 色々じれったくなってしまうが、今回は珍しく、大丈夫だった。

「だから、その……今までもずっと世話になってて、ずっと凄く感謝してたんだけど、そういうのって、ゴウセルには、全然伝わってなかった、みたい、だから、その、ありがとう、って、ゴウセルに言えて、そうしたら、ゴウセルも喜んでくれて………」

 ゼンにしては、頑張って説明してるが、色々恥ずかしい事を言ったのを端折(はしょ)っているのが、いかにもゼンらしい。

 結局、事態は収まるべきところに、綺麗に収まったのだ。

 四人全員、ホっと胸を撫で下ろすと同時に、自分達も世話になった恩人と、この器用さと不器用さという相反する性質を併せ持つ、奇妙な少年の想いが、行き違わなくて良かった、と安堵するのだった。

 すると、やはり少し赤い顔をしたゼンが立ち上がって、旅団メンバー一人一人を見まわして言った。

「リュウさん、ラルクさん、サリサ、アリシア。みんなも、改めて、その……ありが、とう……。

 俺みたいな、まだ、大した役に立てない、その、足を引っ張りそうな、足手纏いのチビを、冒険者に鍛えてくれるって、言ってくれて、すごく、う、嬉しかった……だから、ありがとう……。

 みんな、その…………」

 その余りにも小さな、ささやき、少しはいる他の客の喧騒で聞き逃しかねない、本当の本当に小さな声で、(みんな、大好きだよ……)と。

 みなの動きが、凍り付いた様に止まったのには気にせず、ゼンは座りなおす、

 そしてマイペースに、目の前の料理をパクパクと食べ始めるのだが、その様子がいつもと違うのは、照れ隠しなのだと、誰が気づくと言うのか。

 少年が必死に言ってくれた言葉が、西風旅団のメンバー、一人一人にジワジワ浸透して、その意味が実感となって伝わった途端、メンバー全員の顔に血が昇り、ゼン以上に真っ赤になってしまった。

 普段は言わない、だからこその真摯な想いの言葉の威力は、爆発力が凄い!

(なんだ、これ!女の子に告白されたみたいに、熱くなる……!やばっ……)

(なんか思い出すな、あの時、俺も、年上の先生に……)

(か、勘違いなんかしてない、わかってるわ、これは、あれ、友情的な『大好き』なのよ。みんな大好きって……あれ、なんで私、ガッカリしてるの……?)

「や~~ん、とっても嬉しい!ゼン君、お姉さんも、大好きだからね!」

 素直な思いを言葉に出来る、アリシアだけが、声に出して答えていた。

 それから、皆のテンションが変に上がりまくり、夕方過ぎには料理やアルコールを追加注文し、ついつい深酒コースの、ドンチャン騒ぎになるのだった。

 翌日、きつい二日酔いで活動出来たのは、故郷でも蟒蛇(うわばみ)で、お酒をいくら飲んでもツブれないアリシアと、酒を飲んでいないゼンだけだった。

 迷宮(ダンジョン)のボス攻略は、明後日に、延期となったのであった……。


*******
オマケ

リ「え、オレ、全然ドキドキとか、してないからな」(汗
ラ「ゼン、女の子だったら良かったのにな。実は女の子、とかじゃないのかね……」
サ「ば、バッカじゃないのあんた達。私は、ちゃんと、冷静に、受け止めてるわ……うん、本当に……」
ア「なんか、テレてるゼン君可愛かったね。やっぱり弟欲しいなぁ。あ、チーム入りするから大丈夫だ。嬉しい~~」

ゼ「え、と。これ、からも、頑張、り、マス……」
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