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第1章 ポーター編
027.闘技会(5)
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※
【さあ、いよいよ始まります!準決勝午後の部。
『豪岩(グレート・ロック)』ビィシャグと『流水』ラザン、フェルズが誇る『三強』同士の直接対決!
この試合の勝者が、明日、先に決勝進出を決めた『聖騎士(パラディン)崩れ』シリウスと、優勝を争う事になります!
……あ、三位決定戦もあるのか。
敗者はザルバート選手と……何よ、今解説中なのに、え、本当?あー、失礼しました。
午前の部で、シリウスに完敗したザルバート氏は、明日の試合を辞退し、すでに帰国の途についている、との事です。
いやあ、言っちゃ悪いけど、賢明な判断、妥当な結末……い、痛い痛い!そんなあけすけに言うなって、もう帰ったなら、いいじゃん!……隣国の来賓はまだ……
あー、今なにか、おかしな放送が混ざりましたが、ノイズですかね。あるいは、魔族の悪だくみとか、そういう事で……痛い痛いってば!え?ギルマスの演説、台無しにするな?あー、そりゃそっか……】
※
「……この解説の漫才、やめさせた方が、いいんじゃないですかね?」
リュウエンが、せっかく準決勝の緊張感を台無しにして、闘技場の観客達を笑わせている、元凶の放送について、ゴウセルに尋ねてみる。
「いや、俺に聞かれても、な。
それに、こういう大舞台の解説を、緊張もなしに噛まずに放送出来るっていうのも、ある種の才能、なんじゃないか?多分……」
苦笑いで言うゴウセルの言葉も、あながち間違いではないのだが、それでもひどい。
そうこうしている内に、試合は始まっていた。
【先制で仕掛けたのは、ビィシャグだ~~!
巨大な戦斧が、唸り声を上げる!
その音が、解説席まで届きそうな、凄い一撃~~~!
だがラザンは、簡単に躱す!躱す!剣すらまだ、鞘から出していません!】
試合が始まると、流石に解説はまともになった。
ラルクスは、ゼンが指摘した、彼独特の移動法が気になるのか、なにかブツブツ言いながら、観察に集中している様だ。
「さすが、『三強』同士の戦いは、レベルが違うな、ゼンもよく見て、何かの参考に……」
リュウエンは、隣の席のゼンに話しかけ、何も答えがない事を、不審に思って隣りを見ると……。
ゼンは、何も言わず、ただ無言で、ラザンとビィシャグの戦いを、食い入る様に見入っていた。
物凄い集中力で、周囲の音など聞こえず、声をかけられたのも気づいていない様だ。
それ程まで集中して、彼はこの戦いから、何かを学び取れるのだろうか。
リュウエンは、ゴクリと喉を鳴らしてから、自分も試合観戦に集中する事にする。
自分は今、少年に剣を教える、先生なのだ。
負けていられない、と……。
※
「いつもいつも、ノラリクラリと躱してばかりだな。
俺は、お前のそういう所が、気に食わねえんだよ!」
彼の手にある剣は、まだ鞘から抜かれすらしていなかった。
「おお、気が合っていいな。俺も、お前が大嫌いだったんで、な」
ビィシャグの振り回す戦斧は、物凄い音を立てて振り回される。
ラサンは、足の裏に闘気を集中し、それで高速移動を可能にしているすり足で、”歩く”。
そして躱す。
速くも出来る、急停止、徐行、緩急自在、流れる水の如く、その予測不能な動きは、誰であろうとも掴めない。
それが彼の歩方……『流歩』だ。
「な、なにぃ!」
ビィシャグは、驚異的な動きで躱されたことでなく、言われたセリフに反応した様だ。
何故そこで、うろたえ驚く。
好かれてると、思っていたのか……。
「お前さんは、そんなにも体格に恵まれ、上背もあり、鍛えれば鍛える程応(こた)えてくれる身体を持っている」
『流歩』により、ゆらり揺れて歩いているラザンは消える。
数瞬で、目の前から消える。
「なのに、それを全然生かせてねぇんじゃないかね……」
いままでの試合で、使って来たのとは違い、ここでは全力だ。
「そんなにもデカくて、力も有り余っている、だからなのか?
ただただ、自慢の力だけ鍛えて、自分が何故負けるのかも考えず、そんなに頭空っぽにして、楽な道に逃げている。
俺にはそういう風にしか、見えねぇんだよ、っと」
一瞬で消えて、移動するその一歩の距離が、桁外れに長い。
そして移動前の場所には、気による影……彼の薄い姿を残す。
分身にすら見えるそれは、ビィシャグを惑わせる。
「な、何を言ってるか、わからねぇ。俺ぁ、頭が悪い。
だから、力を鍛えて勝とうと努力してる。
それの、なにが悪いってー!」
ラザンは、『流歩』で躱せる斧を、あえて受けて流した。
「おうおう。流石力自慢。手が痺れてくるわ。
頭が悪い?そう考えて、思考停止してるから、俺やシリウスに負ける。
何故負けるか考えないんじゃ、成長も進歩もない、駄目なんだよ」
鞘で、斧の腹を横から押す。
すると攻撃は、押された方向に流される。
「うう、うるせぇ!剣を抜け、ラザン!
まだ、本気じゃないとでも、言いたいのか!?」
「失礼。別に本気が、どーのじゃない。
正確な間合い、お前さんの戦斧の速さを、測っていただけだ、よっと」
カタナを鞘から抜き、鞘は収納袋に入れた。
真剣を持って、斜に構え直す。
「何故、分からん。
お前は、もう力じゃ、とっくに俺やシリウスを抜いている。
なのに、ずっと負け続けている。
つまり、それ以上、どう鍛えようと、百万年経っても、俺達には勝てないって事だ!」
戦法も戦略もない。
こいつは、頭が悪いんじゃなく、考えるのが嫌いなだけなんだ。
だから本能に任せて、せっかく得た力を、持て余している。
有効利用が出来てない。お前はそれで、本当にいいのか?
斧を受けて、別方向に流す。
上体が泳ぐのを、ビィシャグは、ぐっとその太い足でこらえ、また戦斧を振る。
「確かに、前よりマシに、戦えるようになっている様だが、それ以上でも以下でもない
お前さんは、戦い方そのものが、まるで進歩してねぇから、そうなる」
(?なんだ、今、なにか微妙な違和感が……)
ビィシャグは、もう不毛な口論をしても、無駄だと思っているのか、単に考える事を放棄したのか、ただがむしゃらに、戦斧を振り回す。
時に突き、柄を使っての攻撃等も混ぜるが、それは以前見た技だ。
ラザンはそれを、綺麗に受け流し、ビシャグは下半身の強化も入念にしたのだろう、身体が流されるのを、何とかその足で踏みとどまっているが、それも時間の問題だ。
(いい素材使ってる、なのに、味付けも適当で、バランスも見た目も考えない、男料理とでも言えばいいのか?
まあ、俺も料理なんざ、からっきしだが、ね)
「おおぉー、『超・重・壊・絶』!!」
ビィシャグが、その巨大な戦斧に、闘気をありったけ籠め、放ったスキルの大技だ。
超スピードで振り下ろされた戦斧を、流歩で躱す。
ラザンに避けられた戦斧は、闘技舞台へと叩きつけられる。
この技の本番は、これからだ。
叩きつけられた闘技舞台に亀裂が走り、弾けるように、舞台が破壊され、無数の破片が、放射状に放たれる。
破片は、ビィシャグ自身にも当たるが、彼の鍛えられた筋肉と闘気、そしてギルドの術士から付与された防御障壁。それらがあるので、自分に当たろうと、お構いなしの捨て身の大技だ。
だがその、全方位に放たれた闘技舞台の、超速で弾け飛ぶ、巨大な破片群すら、流歩で全て躱されてしまう。
仕留める為の大技すら、かすりもしない。
ビィシャグには、最早勝ち目はない、と観客達すら思った。
それでも、ビィシャグは諦めることなく、戦斧をふるう。
その状況の中で、一人ラザンだけが、出どころの分からない、不可解な違和感に悩まされていた。
自分でも掴めない違和感は、どこからか生じている?なんだ?
ビィシャグではない。
奴は、今まで隠していた、鍛えた力を十二分に発揮している、つもりなんだろうな。
もうその力の揺れ幅は、読めた。
では、俺の調子が悪い?そんな事は、ないと思うが……。
(チッ、分からん。仕方ない、そろそろ決めよう。観客達も、充分楽しんだだろう……)
ビィシャグがまた力任せの、単調な攻撃で押してくる。
身体の正面に来た、その戦斧の攻撃を、一度カタナで受け、そして流………
ピシっと、自分の手元に来る嫌な感覚。
斧を受けたカタナが、まるで硝子(ガラス)細工の様に、モロく折れ、戦斧の力任せの攻撃が、今までが嘘の様に、綺麗に通ってしまった。
(まずっ……)
とっさに身体を捻ったが、流歩を使おうとしても手遅れだった。
考えなしな、ビィシャグの攻撃だが、通ればその威力は申し分ない。
ギルドの術士がかけた障壁は、紙のように呆気なく破れ、その攻撃を受けた、ラザンの闘気で纏っていた障壁すらも、貫通し……。
「はあ………?」
攻撃を放ったビシャグが、一番驚愕し、うろたえていた。
斧に妙な手応えがあったと思ったら、自分のなんでもない攻撃で、全てをスルリと受け流していた、憎っき宿敵が、呆気なく吹き飛んだのだ。
(闘気の障壁がなければ、完全に上と下が、お別れだったかもしれんな……)
吹き飛びながら、ラザンは冷静に、他人事のように分析していた
闘技舞台から、まるで重さのない小石の様に吹き飛ばされ、何度か闘技場の地面にぶつかり、土埃(つちぼこり)を上げ、地面に擦られながら、やっとラザンの身体は止まった。
ギルバートの様に、闘技場端の壁まで行かなかったのは、闘気の障壁で、かなり威力を減衰出来たからだ。
不殺の術の判定は、正確だった。
その攻撃は、”ラザン”なら死なない程度に、強力な攻撃だったのだ。
審判が、吹き飛んだラザンの所まで走って行く。
計測数値を見る。これは……
「おい、ラザンこれは……」
「ああ、わかってる……」
口の端から、血が垂れている。
ラザンは、腹から胸にかけて。斜め切り裂かれた傷を押さえ、内臓が出ないようにしていた。
「俺の、負け、だな……」
審判が合図する。試合終了だ。
【い、意外な幕切れっ!か、勝ったのは、『豪岩(グレート・ロック)』ビィシャグだ!】
ラザンは傷を押さえながら、自分の足で闘技舞台に戻った。
「ま、待て、今のは、お、おかしい!
ラザンの剣が、変な風に折れた!」
「……何、言ってやがる。なんであろうが、負けは負けだ……」
「ふ、ふざけるな!それ位の傷で、降参しやがって!俺は認めねぇ!そのままでも戦え!てめえなら、素手でも俺に勝てるだろうが!」
「……無茶苦茶言ってやがる。俺は、降参したんじゃねーんだよ」
「な、なんだと!」
「綺麗に攻撃、通しちまったからな。もう、戦闘不能のダメージなんだよ」
ビィシャグが、慌てて審判を見る。
彼は黙ってうなずいた。
「ううぅう、おかしいだろう!こんな終わり方、認めん、絶対認めんぞ!」
「勝負は水物、時の運だ。
今回お前さんに、勝利の女神が微笑んだ。それだけの話だ……。
勝った方が、文句言うなよ。俺が、馬鹿みてーじゃねえか……」
ラザンは、審判が呼んだ担架に乗せられて、運ばれて行った。
「負けた俺が言っても、もう説得力がないが、試合中に言った事、ちゃんと考えろよ……じゃあな……」
「俺は認めん!認めんぞ!絶対だ!再試合を、要求する!」
ビィシャグは、勝ち名乗りもせず、ただ抗議の声を、上げ叫び続けていた。
※
「なんか、変な終わり方したな。
最後のラザン、急にカタナが、折れた様に見えたが……」
リュウエンは、動体視力がいい。
攻撃が決まった時の光景が、よく見えていた。
「ああ。ビィシャグの攻撃で折れるぐらいなら、そもそも受けたりはしないだろう。
もしかしたら、剣になにか、仕掛けられたのかもしれん。
時限式で発動する様な……」
ラルクスも、リュウエン程ではないが、今の光景の不自然さは見えていた。
「うん、そういう術は無数にあるわ。
けど、今のは気づかれない様に、隠蔽でくるんで、もしかしたら、遠隔式でタイミング見て、発動させたのかも。
あそこで折れるのは、都合が良過ぎるわ」
サリサリサには、前衛の事は分からないが、聞いた情報から起きた事の状況で、大体の術の予想、分析等は出来る。
「なるほどな」
確かに、時限式ならば、ただカタナが折れて、それにラザンが対応出来てしまう。
絶好の瞬間を狙っての、遠隔式の術の発動と見た方が、正解に近い筈だ。
「へぇ~~。そんな事するんだ。なら、不正なの?」
アリシアは、神術士だから、という訳ではないが、こんな大舞台での不正等が、許されていいとは思わない。
「かもしれん。確率は高い」
「ビィシャグも、再試合とか叫んでるけど、この場合どうなるんですか?」
リュウエンとラルクスは、もう不正があったとして、その場合どうなるかを気にする。
「う~~ん。ギルドで調査するとは思うが、日程がもう組まれて、動いてるんだ。
明日の決勝は、やらざるを得ないかもしれん……」
今現在来ている来賓に、調査の上、試合の延期だ再試合だ、などと簡単に言う事は出来ない。それだけで、十分不祥事なのだから。
諸国の来賓とて、日程を調整して来ているのだ。
「問題は、仕掛けをした、誰か、或いは集団。
ビシャグや、そのクラン『デス・パワー』に、そんな知恵者はいない。ラザンが、決勝に出て困る相手……」
「シリウスは、そんな事しないでしょう。
むしろ、戦いたがってたと思いますよ」
「ああ。だから、手前勝手な事を考えて動いたのは、『崩壊騎士団(フォール・ナイツ)』の内の、誰かかもしれんな。
ただ、もしかしたら、賭けの方で、ラザンが負けて、大儲けする事を目論んだ、賭博組織の連中、という線も、なくはない……」
(正直、賭博組織の線は薄いが……)
ラザンの荷物に近づき、カタナに何かを仕掛けるとすると、競技場での訓練に参加していた、冒険者ぐらいにしか、出来ないだろうからな……)
「あれ?そう言えば、ゼンはどうしたんだ?いないが、またトイレか?」
「あ、違います。なんか、ラザンが負けたのが、ショックだったのか、小さく挨拶して、すぐ帰りましたよ。
あいつ、ラザンに何か入れ込んでたから、余計に、ショックだったのかも……」
「そ、そうか。全然気づかなかったな……」
今の、大人の悪意が潜んだ一件を、少年がどう思ったか、気になるゴウセルだった。
※
ゼンが配達の仕事をしていた時に、そこに気づいたのは、まったくの偶然からだった。
まだ、配達に慣れていなくて、青の市民街に入り、その少し外れに、廃屋となったその屋敷と、広い庭があった。
その屋敷では、悲惨な事件があり、被害者は余りの無念に、悪霊(レイス)となって、その屋敷に縛られていた。
その屋敷を相続した、遠い親戚は、不動産屋にその売買を任せたが、地縛霊となった、悪霊(レイス)付きの家など売れる訳もなかった。
もし、冒険者を雇って退治したとしても、経費だけがかかり、近隣に幽霊屋敷として、すでに有名になっていた、その屋敷が売れる見込みは、限りなく低かった。
結果、長年放置され、屋敷は痛み、廃屋となったのだ。
ゼンは、この広い庭に、時々木を登って、壁を越え入り込み、しばらくボーっと考え込む事があった。
ゼンが、まだ配達をしていた頃の話だ。
屋敷に、何か悪いものがいるのは、何となく分かっていた。
それでもあれは、外に出ては来れない存在だ。
だから、広い庭の片隅を借りて、色々考えていたのだ。
配達の仕事の事。それを与えてくれたゴウセルの事。
新たに行ける様になった、広い”世界”の事など、考える事はいくらでもあった。その頃は……。
今日そこに来たのは、あの試合を見て、とにかく剣が振りたくなったのだ。
実は、リュウエンに練習用の木剣を貰ってからは、たびたびここで木剣の素振りをしていたのだ。
ここは、スラムの外れの外れにある、遠いカクレガよりは余程近い。
だから、少し寄り道すれば、すぐ来れる。
いつのまにか、ゼンにとっての格好の練習場となっていたのだ。
でも、いつもではない。
たまに、どうしようもなく衝動的に、木剣で素振りしたくなる。
そういう時もある。
だから、今日ここで素振りをしていたのは、まったくの偶然だった。
ゼンは、今日のラザンの試合を見て、見様見真似で、ラザンの動きを再現していた。
当然、本物の動きには遠く及ばない。
動きも、剣の振りも、その不思議な足運びも。
無理をしてやっているので、時々転び、身体も段々痛くなって来た。
(まだ、オレには無理な、無茶な動きなんだ……)
それでも、やらずにはいられなかった。
あんな、信じられない様な、変幻自在の動き、凄い技を繰り出す、その強者が、何があったか、ゼンには分からなかったが、負けた衝撃的な場面(シーン)。
あんなに強い人ですら、何かが、”ズレ”れば、負ける事すらある……。
何故か、オークギングに追い詰められた、リュウエンの姿が浮かんだ……。
不意に、ゼンのすぐ近くに、人の気配がした。
まるで、湧いて出た様に現れた。
この屋敷を管理している、大人かなにか?と思ったゼンは、とっさに怒られる!と思った。
だがそこには、思いもかけない人物がいた。
「よう、坊主。なんか面白い事、してるじゃねーか」
つい先程まで、準決勝で激しく戦っていた、ゼンが真似していた当の本人。
『流水』のラザンが、そこにいた………
*******
偶然が重なり合うと必然、と言い出したのは誰なのか。
運命とは、最初から決められた事なのか。
その選択は、本当に正しいのか。
少年は、何を選ぶのか……
【さあ、いよいよ始まります!準決勝午後の部。
『豪岩(グレート・ロック)』ビィシャグと『流水』ラザン、フェルズが誇る『三強』同士の直接対決!
この試合の勝者が、明日、先に決勝進出を決めた『聖騎士(パラディン)崩れ』シリウスと、優勝を争う事になります!
……あ、三位決定戦もあるのか。
敗者はザルバート選手と……何よ、今解説中なのに、え、本当?あー、失礼しました。
午前の部で、シリウスに完敗したザルバート氏は、明日の試合を辞退し、すでに帰国の途についている、との事です。
いやあ、言っちゃ悪いけど、賢明な判断、妥当な結末……い、痛い痛い!そんなあけすけに言うなって、もう帰ったなら、いいじゃん!……隣国の来賓はまだ……
あー、今なにか、おかしな放送が混ざりましたが、ノイズですかね。あるいは、魔族の悪だくみとか、そういう事で……痛い痛いってば!え?ギルマスの演説、台無しにするな?あー、そりゃそっか……】
※
「……この解説の漫才、やめさせた方が、いいんじゃないですかね?」
リュウエンが、せっかく準決勝の緊張感を台無しにして、闘技場の観客達を笑わせている、元凶の放送について、ゴウセルに尋ねてみる。
「いや、俺に聞かれても、な。
それに、こういう大舞台の解説を、緊張もなしに噛まずに放送出来るっていうのも、ある種の才能、なんじゃないか?多分……」
苦笑いで言うゴウセルの言葉も、あながち間違いではないのだが、それでもひどい。
そうこうしている内に、試合は始まっていた。
【先制で仕掛けたのは、ビィシャグだ~~!
巨大な戦斧が、唸り声を上げる!
その音が、解説席まで届きそうな、凄い一撃~~~!
だがラザンは、簡単に躱す!躱す!剣すらまだ、鞘から出していません!】
試合が始まると、流石に解説はまともになった。
ラルクスは、ゼンが指摘した、彼独特の移動法が気になるのか、なにかブツブツ言いながら、観察に集中している様だ。
「さすが、『三強』同士の戦いは、レベルが違うな、ゼンもよく見て、何かの参考に……」
リュウエンは、隣の席のゼンに話しかけ、何も答えがない事を、不審に思って隣りを見ると……。
ゼンは、何も言わず、ただ無言で、ラザンとビィシャグの戦いを、食い入る様に見入っていた。
物凄い集中力で、周囲の音など聞こえず、声をかけられたのも気づいていない様だ。
それ程まで集中して、彼はこの戦いから、何かを学び取れるのだろうか。
リュウエンは、ゴクリと喉を鳴らしてから、自分も試合観戦に集中する事にする。
自分は今、少年に剣を教える、先生なのだ。
負けていられない、と……。
※
「いつもいつも、ノラリクラリと躱してばかりだな。
俺は、お前のそういう所が、気に食わねえんだよ!」
彼の手にある剣は、まだ鞘から抜かれすらしていなかった。
「おお、気が合っていいな。俺も、お前が大嫌いだったんで、な」
ビィシャグの振り回す戦斧は、物凄い音を立てて振り回される。
ラサンは、足の裏に闘気を集中し、それで高速移動を可能にしているすり足で、”歩く”。
そして躱す。
速くも出来る、急停止、徐行、緩急自在、流れる水の如く、その予測不能な動きは、誰であろうとも掴めない。
それが彼の歩方……『流歩』だ。
「な、なにぃ!」
ビィシャグは、驚異的な動きで躱されたことでなく、言われたセリフに反応した様だ。
何故そこで、うろたえ驚く。
好かれてると、思っていたのか……。
「お前さんは、そんなにも体格に恵まれ、上背もあり、鍛えれば鍛える程応(こた)えてくれる身体を持っている」
『流歩』により、ゆらり揺れて歩いているラザンは消える。
数瞬で、目の前から消える。
「なのに、それを全然生かせてねぇんじゃないかね……」
いままでの試合で、使って来たのとは違い、ここでは全力だ。
「そんなにもデカくて、力も有り余っている、だからなのか?
ただただ、自慢の力だけ鍛えて、自分が何故負けるのかも考えず、そんなに頭空っぽにして、楽な道に逃げている。
俺にはそういう風にしか、見えねぇんだよ、っと」
一瞬で消えて、移動するその一歩の距離が、桁外れに長い。
そして移動前の場所には、気による影……彼の薄い姿を残す。
分身にすら見えるそれは、ビィシャグを惑わせる。
「な、何を言ってるか、わからねぇ。俺ぁ、頭が悪い。
だから、力を鍛えて勝とうと努力してる。
それの、なにが悪いってー!」
ラザンは、『流歩』で躱せる斧を、あえて受けて流した。
「おうおう。流石力自慢。手が痺れてくるわ。
頭が悪い?そう考えて、思考停止してるから、俺やシリウスに負ける。
何故負けるか考えないんじゃ、成長も進歩もない、駄目なんだよ」
鞘で、斧の腹を横から押す。
すると攻撃は、押された方向に流される。
「うう、うるせぇ!剣を抜け、ラザン!
まだ、本気じゃないとでも、言いたいのか!?」
「失礼。別に本気が、どーのじゃない。
正確な間合い、お前さんの戦斧の速さを、測っていただけだ、よっと」
カタナを鞘から抜き、鞘は収納袋に入れた。
真剣を持って、斜に構え直す。
「何故、分からん。
お前は、もう力じゃ、とっくに俺やシリウスを抜いている。
なのに、ずっと負け続けている。
つまり、それ以上、どう鍛えようと、百万年経っても、俺達には勝てないって事だ!」
戦法も戦略もない。
こいつは、頭が悪いんじゃなく、考えるのが嫌いなだけなんだ。
だから本能に任せて、せっかく得た力を、持て余している。
有効利用が出来てない。お前はそれで、本当にいいのか?
斧を受けて、別方向に流す。
上体が泳ぐのを、ビィシャグは、ぐっとその太い足でこらえ、また戦斧を振る。
「確かに、前よりマシに、戦えるようになっている様だが、それ以上でも以下でもない
お前さんは、戦い方そのものが、まるで進歩してねぇから、そうなる」
(?なんだ、今、なにか微妙な違和感が……)
ビィシャグは、もう不毛な口論をしても、無駄だと思っているのか、単に考える事を放棄したのか、ただがむしゃらに、戦斧を振り回す。
時に突き、柄を使っての攻撃等も混ぜるが、それは以前見た技だ。
ラザンはそれを、綺麗に受け流し、ビシャグは下半身の強化も入念にしたのだろう、身体が流されるのを、何とかその足で踏みとどまっているが、それも時間の問題だ。
(いい素材使ってる、なのに、味付けも適当で、バランスも見た目も考えない、男料理とでも言えばいいのか?
まあ、俺も料理なんざ、からっきしだが、ね)
「おおぉー、『超・重・壊・絶』!!」
ビィシャグが、その巨大な戦斧に、闘気をありったけ籠め、放ったスキルの大技だ。
超スピードで振り下ろされた戦斧を、流歩で躱す。
ラザンに避けられた戦斧は、闘技舞台へと叩きつけられる。
この技の本番は、これからだ。
叩きつけられた闘技舞台に亀裂が走り、弾けるように、舞台が破壊され、無数の破片が、放射状に放たれる。
破片は、ビィシャグ自身にも当たるが、彼の鍛えられた筋肉と闘気、そしてギルドの術士から付与された防御障壁。それらがあるので、自分に当たろうと、お構いなしの捨て身の大技だ。
だがその、全方位に放たれた闘技舞台の、超速で弾け飛ぶ、巨大な破片群すら、流歩で全て躱されてしまう。
仕留める為の大技すら、かすりもしない。
ビィシャグには、最早勝ち目はない、と観客達すら思った。
それでも、ビィシャグは諦めることなく、戦斧をふるう。
その状況の中で、一人ラザンだけが、出どころの分からない、不可解な違和感に悩まされていた。
自分でも掴めない違和感は、どこからか生じている?なんだ?
ビィシャグではない。
奴は、今まで隠していた、鍛えた力を十二分に発揮している、つもりなんだろうな。
もうその力の揺れ幅は、読めた。
では、俺の調子が悪い?そんな事は、ないと思うが……。
(チッ、分からん。仕方ない、そろそろ決めよう。観客達も、充分楽しんだだろう……)
ビィシャグがまた力任せの、単調な攻撃で押してくる。
身体の正面に来た、その戦斧の攻撃を、一度カタナで受け、そして流………
ピシっと、自分の手元に来る嫌な感覚。
斧を受けたカタナが、まるで硝子(ガラス)細工の様に、モロく折れ、戦斧の力任せの攻撃が、今までが嘘の様に、綺麗に通ってしまった。
(まずっ……)
とっさに身体を捻ったが、流歩を使おうとしても手遅れだった。
考えなしな、ビィシャグの攻撃だが、通ればその威力は申し分ない。
ギルドの術士がかけた障壁は、紙のように呆気なく破れ、その攻撃を受けた、ラザンの闘気で纏っていた障壁すらも、貫通し……。
「はあ………?」
攻撃を放ったビシャグが、一番驚愕し、うろたえていた。
斧に妙な手応えがあったと思ったら、自分のなんでもない攻撃で、全てをスルリと受け流していた、憎っき宿敵が、呆気なく吹き飛んだのだ。
(闘気の障壁がなければ、完全に上と下が、お別れだったかもしれんな……)
吹き飛びながら、ラザンは冷静に、他人事のように分析していた
闘技舞台から、まるで重さのない小石の様に吹き飛ばされ、何度か闘技場の地面にぶつかり、土埃(つちぼこり)を上げ、地面に擦られながら、やっとラザンの身体は止まった。
ギルバートの様に、闘技場端の壁まで行かなかったのは、闘気の障壁で、かなり威力を減衰出来たからだ。
不殺の術の判定は、正確だった。
その攻撃は、”ラザン”なら死なない程度に、強力な攻撃だったのだ。
審判が、吹き飛んだラザンの所まで走って行く。
計測数値を見る。これは……
「おい、ラザンこれは……」
「ああ、わかってる……」
口の端から、血が垂れている。
ラザンは、腹から胸にかけて。斜め切り裂かれた傷を押さえ、内臓が出ないようにしていた。
「俺の、負け、だな……」
審判が合図する。試合終了だ。
【い、意外な幕切れっ!か、勝ったのは、『豪岩(グレート・ロック)』ビィシャグだ!】
ラザンは傷を押さえながら、自分の足で闘技舞台に戻った。
「ま、待て、今のは、お、おかしい!
ラザンの剣が、変な風に折れた!」
「……何、言ってやがる。なんであろうが、負けは負けだ……」
「ふ、ふざけるな!それ位の傷で、降参しやがって!俺は認めねぇ!そのままでも戦え!てめえなら、素手でも俺に勝てるだろうが!」
「……無茶苦茶言ってやがる。俺は、降参したんじゃねーんだよ」
「な、なんだと!」
「綺麗に攻撃、通しちまったからな。もう、戦闘不能のダメージなんだよ」
ビィシャグが、慌てて審判を見る。
彼は黙ってうなずいた。
「ううぅう、おかしいだろう!こんな終わり方、認めん、絶対認めんぞ!」
「勝負は水物、時の運だ。
今回お前さんに、勝利の女神が微笑んだ。それだけの話だ……。
勝った方が、文句言うなよ。俺が、馬鹿みてーじゃねえか……」
ラザンは、審判が呼んだ担架に乗せられて、運ばれて行った。
「負けた俺が言っても、もう説得力がないが、試合中に言った事、ちゃんと考えろよ……じゃあな……」
「俺は認めん!認めんぞ!絶対だ!再試合を、要求する!」
ビィシャグは、勝ち名乗りもせず、ただ抗議の声を、上げ叫び続けていた。
※
「なんか、変な終わり方したな。
最後のラザン、急にカタナが、折れた様に見えたが……」
リュウエンは、動体視力がいい。
攻撃が決まった時の光景が、よく見えていた。
「ああ。ビィシャグの攻撃で折れるぐらいなら、そもそも受けたりはしないだろう。
もしかしたら、剣になにか、仕掛けられたのかもしれん。
時限式で発動する様な……」
ラルクスも、リュウエン程ではないが、今の光景の不自然さは見えていた。
「うん、そういう術は無数にあるわ。
けど、今のは気づかれない様に、隠蔽でくるんで、もしかしたら、遠隔式でタイミング見て、発動させたのかも。
あそこで折れるのは、都合が良過ぎるわ」
サリサリサには、前衛の事は分からないが、聞いた情報から起きた事の状況で、大体の術の予想、分析等は出来る。
「なるほどな」
確かに、時限式ならば、ただカタナが折れて、それにラザンが対応出来てしまう。
絶好の瞬間を狙っての、遠隔式の術の発動と見た方が、正解に近い筈だ。
「へぇ~~。そんな事するんだ。なら、不正なの?」
アリシアは、神術士だから、という訳ではないが、こんな大舞台での不正等が、許されていいとは思わない。
「かもしれん。確率は高い」
「ビィシャグも、再試合とか叫んでるけど、この場合どうなるんですか?」
リュウエンとラルクスは、もう不正があったとして、その場合どうなるかを気にする。
「う~~ん。ギルドで調査するとは思うが、日程がもう組まれて、動いてるんだ。
明日の決勝は、やらざるを得ないかもしれん……」
今現在来ている来賓に、調査の上、試合の延期だ再試合だ、などと簡単に言う事は出来ない。それだけで、十分不祥事なのだから。
諸国の来賓とて、日程を調整して来ているのだ。
「問題は、仕掛けをした、誰か、或いは集団。
ビシャグや、そのクラン『デス・パワー』に、そんな知恵者はいない。ラザンが、決勝に出て困る相手……」
「シリウスは、そんな事しないでしょう。
むしろ、戦いたがってたと思いますよ」
「ああ。だから、手前勝手な事を考えて動いたのは、『崩壊騎士団(フォール・ナイツ)』の内の、誰かかもしれんな。
ただ、もしかしたら、賭けの方で、ラザンが負けて、大儲けする事を目論んだ、賭博組織の連中、という線も、なくはない……」
(正直、賭博組織の線は薄いが……)
ラザンの荷物に近づき、カタナに何かを仕掛けるとすると、競技場での訓練に参加していた、冒険者ぐらいにしか、出来ないだろうからな……)
「あれ?そう言えば、ゼンはどうしたんだ?いないが、またトイレか?」
「あ、違います。なんか、ラザンが負けたのが、ショックだったのか、小さく挨拶して、すぐ帰りましたよ。
あいつ、ラザンに何か入れ込んでたから、余計に、ショックだったのかも……」
「そ、そうか。全然気づかなかったな……」
今の、大人の悪意が潜んだ一件を、少年がどう思ったか、気になるゴウセルだった。
※
ゼンが配達の仕事をしていた時に、そこに気づいたのは、まったくの偶然からだった。
まだ、配達に慣れていなくて、青の市民街に入り、その少し外れに、廃屋となったその屋敷と、広い庭があった。
その屋敷では、悲惨な事件があり、被害者は余りの無念に、悪霊(レイス)となって、その屋敷に縛られていた。
その屋敷を相続した、遠い親戚は、不動産屋にその売買を任せたが、地縛霊となった、悪霊(レイス)付きの家など売れる訳もなかった。
もし、冒険者を雇って退治したとしても、経費だけがかかり、近隣に幽霊屋敷として、すでに有名になっていた、その屋敷が売れる見込みは、限りなく低かった。
結果、長年放置され、屋敷は痛み、廃屋となったのだ。
ゼンは、この広い庭に、時々木を登って、壁を越え入り込み、しばらくボーっと考え込む事があった。
ゼンが、まだ配達をしていた頃の話だ。
屋敷に、何か悪いものがいるのは、何となく分かっていた。
それでもあれは、外に出ては来れない存在だ。
だから、広い庭の片隅を借りて、色々考えていたのだ。
配達の仕事の事。それを与えてくれたゴウセルの事。
新たに行ける様になった、広い”世界”の事など、考える事はいくらでもあった。その頃は……。
今日そこに来たのは、あの試合を見て、とにかく剣が振りたくなったのだ。
実は、リュウエンに練習用の木剣を貰ってからは、たびたびここで木剣の素振りをしていたのだ。
ここは、スラムの外れの外れにある、遠いカクレガよりは余程近い。
だから、少し寄り道すれば、すぐ来れる。
いつのまにか、ゼンにとっての格好の練習場となっていたのだ。
でも、いつもではない。
たまに、どうしようもなく衝動的に、木剣で素振りしたくなる。
そういう時もある。
だから、今日ここで素振りをしていたのは、まったくの偶然だった。
ゼンは、今日のラザンの試合を見て、見様見真似で、ラザンの動きを再現していた。
当然、本物の動きには遠く及ばない。
動きも、剣の振りも、その不思議な足運びも。
無理をしてやっているので、時々転び、身体も段々痛くなって来た。
(まだ、オレには無理な、無茶な動きなんだ……)
それでも、やらずにはいられなかった。
あんな、信じられない様な、変幻自在の動き、凄い技を繰り出す、その強者が、何があったか、ゼンには分からなかったが、負けた衝撃的な場面(シーン)。
あんなに強い人ですら、何かが、”ズレ”れば、負ける事すらある……。
何故か、オークギングに追い詰められた、リュウエンの姿が浮かんだ……。
不意に、ゼンのすぐ近くに、人の気配がした。
まるで、湧いて出た様に現れた。
この屋敷を管理している、大人かなにか?と思ったゼンは、とっさに怒られる!と思った。
だがそこには、思いもかけない人物がいた。
「よう、坊主。なんか面白い事、してるじゃねーか」
つい先程まで、準決勝で激しく戦っていた、ゼンが真似していた当の本人。
『流水』のラザンが、そこにいた………
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偶然が重なり合うと必然、と言い出したのは誰なのか。
運命とは、最初から決められた事なのか。
その選択は、本当に正しいのか。
少年は、何を選ぶのか……
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