剣・恋・乙女の外伝 ~『流水の弟子』の修行・大陸放浪編~

千里志朗

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第1章 魔の森編

008. 東より来たりし者

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6/8 皇帝の一人称を、妾、から余、に変更します。
その他、こまごま修正。 


  ※


 朝食前の軽い(実際はまるで軽くない)鍛錬を済ませ、軽く(本当に軽い)朝食を済ませた二人は、また修行を始める為に、テントから少し離れた場所に移った。

 ラザンが作った、深い森の中に突如出現した、人工的な広場。

 ラザンの悪名が、周囲の魔物達に伝わっているのか、その広場に魔物が迷い込んで来た事は、ただの一度もなかった。野営の為のテントの周囲には、魔物除けの魔具が設置されているが、そんな物は必要なかったのでは?と思える位に。

 ゼンの様子は、朝からずっと暗めな感じだ。

(……生理かなんかか?)

 等と、ラザンはやくたいもない事を考えていた。

 二人が向き合う。ゼンは一応、収納具から木剣を取り出す。

 その真横、少し離れた場所に、いつの間にか、二人の人間が存在していた。

 ラザンが即座にパッと、身体ごと向きを変え、戦闘態勢を取る。

 たった今まで、誰もそこにいなかったのは、師匠で剣の達人であるラザンが、それまで何も反応していなかった事からも確かな事実だ。

 服装は、どこか奇妙な、ラザンが闘技会の時に来ていた布を織り込んだ様な服に、似ていなくもないが、もっとしっかりとした、綺麗で立派な物だ。

 確実にそちらの方が絢爛豪華、豪奢にして典雅。恐ろしく高級そうで、色使いや模様の派手な黒を基調とした衣服に、髪飾りや髪留めなど、ゼンには分からないジャラジャラした飾りアクセをふんだんにつけている、ゼンと同年代に見える小柄な少女。手にはフサフサの飾りがついた扇を持っている。

 もう一人は、鎧こそ纏っていないが、その手に血の様に赤黒い槍を持った、きつい目つきの美女。油断など微塵もない、と言いたげなその雰囲気、鋭い殺気は、一瞬で周囲に隠れ潜む動物達や魔物まで、あわただしく逃げ出した気配からも、その美しい女性が、戦士である事だけは一目瞭然だった。

 二人の女性は、両方とも黒髪だが、黒を基調の豪奢な衣装を纏い、見慣れれぬ扇で口元を隠す仕草をする少女の方は、大人になったら間違いなく、とんでもない美女になるだろう、と予想が出来る程に美しく、何故か妖しい魅力を放っていた。

 朱槍をもった女性は、二十台の後半位か、赤を貴重にした、これも見慣れぬ重ね着する感じの衣服に身を包み、やたらとキツイ目をいからせているが、こちらの美貌もキツイ釣り目で若干マイナスではあるが、それでもかなりの美女である事には、1ミリの疑問を差し挟む余地もない。

 転移だのなんだのを、未だよく理解していないゼンは、その二人の出現の意味が分からず、手に木剣を持ったまま、唖然としてそちらに身体の向きを自然と変えていた。

 ―――その、木剣の切っ先が、たまたま少女の方に向いた、その刹那、朱槍を持った美女の殺気が、明確な目標を定め、ゼンに放たれた。

 物理的な圧迫感すら感じる、圧倒的強者の“殺意”に、何の抵抗をする術もないゼンは、ただそれだけですら、心の臓の鼓動を止めるに充分な程の力が込められていて、数秒で死にかけた。
 
 その間に、ラザンがすかさず割って入らなければ、ゼンは確実に死んでいただろう。

 ゼンは、急に“殺意”から解放されて脱力し、ペタンとその場に尻餅を付く。

「……ゼン、その木剣を仕舞え。あっちの嬢ちゃんに切っ先を向けない様に注意して、な」

 ラザンは、ゼンの方を振り向きもせずに言い放つ。

 その言葉で、ゼンは自分が何かマズイ事をやらかしたらしき事を察し、慌てて師匠の言われるがままに木剣を収納した。

 ラザンが、常になく厳しい、怒りの表情をしているのが見えなくともゼンには分かった。

 ゼンは力のこもらない足で、それでも立ち上がって、何か起きた時に対応しなければ、と思う。

「……たかが無力な子供の、鍛錬用の木剣が向けられたぐらいで、大人げないと思わねぇーのか?李朱蘭(りしゅらん)」

 ラザンは、視線は扇で口元を隠す少女から片時も目を離さずに、ゼンを殺しかけた、李朱蘭(りしゅらん)と呼びかけた美女に言う。

(……師匠、この二人と知り合いなのかな?)

 ゼンは、ラザンの言葉から、三人が顔見知りらしいと推測をする。

 黒髪の女性二人は、ゼンの心にチクリと、切ない痛みと煩悶(はんもん)を思い出させる。

「……畏れ多くも我らが帝(みかど)に、例え何者であろうと武器を向ける者を、私は許さない。それが私の役目であれば……」

 朱槍を持った、李朱蘭(りしゅらん)と呼ばれた美女は、いつの間にかラザンに合わせる様に、槍を構えていた。

 そしてラザンも、腰を落とし、鞘に納まった大太刀に手をやっている。

「ハンっ。勝手に押し掛けて来て、どういう言い草なんだかな。

 ここは、お前等の国の領土でもなければ、俺等はその部下でも臣民でもなんでもねぇーんだよ。

 潰すぞ、主人に、盲目的に仕えるだけしか能の無い犬が……」

「今のは侮辱と取りました。つまり、その少年が死んでもいい、と……」

「ふん。武器頼りで“四神”を気取る小娘が、やって見せろよ。言っておくが、俺はその槍が、“狙い”を外そうと外すまいと関わらず、叩き落とせる。

 それ以前に、お前は俺の間合いにいる。槍を放つ前にぶった斬れるがな。

 実体ではなく、影で来ている様だが、その影は本体と繋がっている。俺が斬ったそのダメージは、本体にも確実に響き届く。“四神”が一人、再起不能に陥るな……」

 ゼンは気が付いた。今のラザンの構えは、以前見せられた最速の居合と同じ構え。ラザンの踏み込みや、神速の剣さばき、足さばきであれば、恐らく、一瞬で間合いをつめ、ラザンの斬撃は、槍を構えた李朱麗(りしゅらん)を両断出来るのだろう。

 いや、斬撃を飛ばす技を使えば、その間合いすら関係ないのかもしれない。

 それが証拠に、槍を構えた李朱蘭は、額に冷や汗を浮かべ、それ以上動けないでいた。

(影?実体じゃない、のかな?二人とも、凄い存在感があるのに……。それはつまり、本体はもっと力がある……?)

 そして、ゼンの第一印象よりも、その少女は幼い。背が低かった。ゼンよりも多分幼い。何故そんな誤認をしたかと言うと、少女はプカプカと、地面よりも少しだけ浮いた状態でいたからだ。

(サリサが使ってた、浮遊術と同じ系統の術かな……?)

「……止めるがよい、李朱蘭(りしゅらん)。汝(なれ)にそんな事をさせる為に、余はわざわざ同行を許した訳ではないと言うに。

 余計な真似はせずに、控えておれ。ついて行きたい、と無理に申すから、連れて来たのじゃぞ?それが、目的に会うなり喧嘩を売る等、愚の骨頂よ」

「はっ……。も、申し訳ありませぬ、我が主(あるじ)……」

 李朱蘭(りしゅらん)は、槍の構えを解き、主人の横まで素早く移動して片膝を付くと、頭を垂れる。

 だが、ラザンは構えを解かない。最初から彼は、豪奢な衣服に扇で口元を隠す、その年で妖艶、としか表現のしようがない雰囲気を放つ少女だけを注視していた。

 そこでまたゼンも気付く。

 今この場にいる、二人の強者。ラザンと李朱蘭(りしゅらん)。その二人よりも、少女が放つ、更に圧倒的な何か力の様な物が、まだそうした感覚を鍛えていないゼンにすら分かる程に、大きいのだ。恐ろしく強大で、身体に震えが走る。

 ラザンはこの森に来てから、常に“気”を抑えていた。そのせいか、とも思えたが、ラザンの普段とはまるで違う、緊張し、戦闘態勢を崩さない様子から考えると、

(あの少女は、師匠よりも、もしかしたら、強い……?まさか!?)

「……そんな風に身構えるでない。余は話合いにきたのじゃぞ。

 折角、ようやくフェルズを出た様子じゃったので、余の元に来る決心がついたのかと思えば、こんな所でノンビリと魔物の雑魚いびりかや?らしくない濃。なんじゃ、その童子(わらし)は。フェルズで子供でも儲けたのか?李朱蘭(りしゅらん)が嘆くではないか」

「主上(しゅじょう)っ!」

 吊り目の美女が、頬を紅くして、主人らしき年下の少女に抗議する。

 そんな風に女性的な感じがなかったので、急に恥じらうその姿はどこか子供っぽさすら感じさせる、初心(ウブ)な反応であった。

 それでもラザンは警戒を解かない。

「……前にも言ったな。俺はもう、そういうのは間に合ってるんだよ。金で娼婦を買った方が後腐れなくていい。あれから何年だ?もう諦めろ。俺にその気はない」

 ラザンは顔色一つ変えずに、冷たく言い放つ。

「おおぉっ!なんと無情な言い様じゃ!あの時も、大怪我をしたおのれを、献身的に介護した娘を、無下に袖に振るとは!」

 かなりわざとらしく少女は、扇で顔を隠し、ヨヨヨ、と嘆き抗議する。

「うるせぇっ!その怪我を負わせたのは、そもそもてめえだろーがっ!

 烈央神聖帝国の帝(みかど)、“神帝”と言われる皇帝様が、俺なんぞに、今更何の用だっ!」

 ラザンがゼンへの説明も兼ねたその言葉に、世間の情勢にうといゼンですら驚愕した。

 今現在、大陸の半分以上、東の端から中央部にかけてのほとんどが、その烈央神聖帝国の領土と化しているのだ。

 ローゼン王国等は、その残った西方の中央部に位置する、領土の狭い、一介の小国に過ぎないのだ、とゴウセルから習っていた。

 つまりそこにいる、まだあどけない歳にしか見えない少女が、大陸の半分を治める大帝国の、世界の頂点に君臨する、一大権力者なのだ……。











*************************
オマケ劇場

ミ「……なんで、話二つに分けたからって、ミンシャ達の仕事が2倍になるんですの?」
リ「さあ……?なんででしょうね……」
ミ「仕方ないから解説ですの!この、『烈央神聖帝国』、というのは、ストーリー中に一度は名前の出ている、大陸一大きな強国ですの」
リ「お二人の修行の旅で、その国の場所にも、一度以上は足を踏み入れている筈なんですが、この話だと、そちらに矛盾が生じかねないものな気がします」
ミ「どうせ何か修正して辻褄合わせるつもりですの!」
リ「そうでしょうね。合うといいんですけど」(他人事)
ル「おー、広いくに?るーでも、時間かかるかなぁ?」
ミ「ん~。かなり広い国ですから、大人になったルフでも1日2日で横断出来る距離ではない筈ですの」
ル「お~~、でっか~~い!」
リ「そうね。私も、魔物の噂で聞くに、広くてしかも、兵士の教育が行き届いていて、冒険者よりも主流になって魔物退治をしている、とかなんとか」
ル「ふ~~ん、そっかぁ~~」(自分達に魔物意識はないので他人事)
ミ「ま、ご主人様が行くところなら、何処でもお供あるのみですの」
リ「そうね。ラザン様は、フェルズに来る前、帝国の中を突っ切って、こちらに流れて来た筈だから、その途中での人間関係のようですね」
ミ「ご主人様に、危害が及ばないなら無関係な話ですの」
リ「……そう、ね」
ル「お~~~!」

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