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第六十六話
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「どうもな、逃げおおせた奴がいたらしい。仲間の旗色が悪いのを見て、一目散に逃げた仲間がいたんだろうな」
「そいつが今頃来たというのか」
「そのときにな、見たと言うんだ。鷲の翼を模した剣と刻まれた紋章、あれはオーウェン個人をあらわす紋章だと」
「鷲の翼……」
「ああ。それと金色の髪に青い瞳。海焼けを思わせるような褪せた肌。あれは間違いなく元皇太子だと。こんな田舎の山奥の村に来て、海だなんだとおかしな事を言うぜ、あいつら」
壁にかかったままの剣に目がいく。
べつにこだわりがあって大事にしていたわけではない。
刃こぼれがあろうと、折れなかった。
ただそれだけで使い続けていたものだった。
柄を握る拳を守るために、たしかに鍔がある。
翼状のものが。
賊の言う特徴も、俺そのもの。
これまで俺は、誰にも自分の身元を明かさなかった。
それは失敗だったかもしれない。
せめて村長やジャックくらいには、出自を明かしておくべきだったろうか?
そうであったなら、万一に備えて打ち合わせておくこともできた。
賊が俺の名を出したとき、ためらいなく俺が村を立ち去りさえすれば、村は無関係で済んでいたはずだ。
おそらくジャックをはじめ何人かは、『俺のことでは?』と、気づきはじめているだろう。
昨日はともかく、今日の賊の話は具体的過ぎた。
噂を聞いてきたというような類ではない。
グランリオの皇太子であったオーウェンの特徴をよく知っている。
それを知っていたうえで、ジャニスのときの騒ぎで俺を見て気づいた、そんな感じだ。
鷲がどうだの紋章がどうだの、そこらの賊が知るはずもないこと。
このあたりに生まれた賊が、ここから遥か遠く、海に臨むマルセデスのことなど知っているとは思えない。
もっとも、俺の顔を知る奴はその逃げたという男だけなのだろう。
——俺に気づいて逃げた賊……、過去を辿れば俺の部下だったのかもしれない——
「奴らがどこにいるのか、わかるのか?」
「ああ、『俺たちに差し出す気になったら、ここに来い』とは、いちおう言われている。それと、自分から名乗った。名は『ロデリック』だと」
俺は目だけでフィルを見た。
フィルもまた、わずかに表情を曇らせ、俺を見た。
何か言いたげに口が開きかけたが、ジャックの前だ。
俺がまた怒ると思い、遠慮したようだった。
その様子からして、どうやらフィルもだいたい同じことを考えたようだった。
予想以上に悪い報せだ。
ロデリックもまた、俺の部下であった男。
俺によって、人生を変えられた男ともいえる。
彼はフィルと同じく、問題のある男でもあった。
しかし、気が短いが信念のあるフィルとは全く違う。
問題の質が違うのだ、とても同列に並べることはできない。
かつて何度か、ロデリックの言動は問題にされたことがあった。
小さな子供がぶつかって服を汚した程度のことで、村の井戸へ毒薬を投げ込ませた。
敵が降伏のために送り出した使者を斬り捨て、警戒を解いた相手を蹂躙し略奪を行なった。
ほかにもいくつか噂になった。
そんな危ない話がついて回る男なのだ。
だがどの噂についても、ただの噂レベル。
真実と証明する確実な証拠はあがらなかった。
事実としても明らかな目撃者はロデリックの部下だけだと思われ、それを証言するものは誰ひとりとしていなかったのだ。
さらに悪いことにロデリックは、グランリオ国内有数の実力者の血縁でもあった。
それを疑惑だけで責めて中途半端な処分を行えば、どんな復讐的行動に出るかわからない。
噂の内容が内容だけに、誰もがいまひとつ踏み込めずにいたのだ。
相手がロデリックとわかったなら、もはや時間の猶予はない。
噂通りに行動する危険な男なら、この村に夜襲をかけて火を放つ暴挙に出ても驚きはない。
俺は、かつての噂は正しかったと、今まさに感じている。
火の無い所に煙は立たないと世間は言う。
複数回も疑惑が煙のように立ち昇るなら、噂も限りなく真実へと近づいていく。
そして今回、賊を率いてきたと本人がいうなら、過去の答えは出たも同然。
かつての火元であるという何よりの証拠にほかならないだろう。
噂は噂ではなく、間違いのない事実だったのだ。
いや、今は過ぎた過去のことなどどうでもいい。
考えるべきは今。
この村のために、するべきことがある。
それは決して、この家に引き籠ることなどではなかった。
「そいつが今頃来たというのか」
「そのときにな、見たと言うんだ。鷲の翼を模した剣と刻まれた紋章、あれはオーウェン個人をあらわす紋章だと」
「鷲の翼……」
「ああ。それと金色の髪に青い瞳。海焼けを思わせるような褪せた肌。あれは間違いなく元皇太子だと。こんな田舎の山奥の村に来て、海だなんだとおかしな事を言うぜ、あいつら」
壁にかかったままの剣に目がいく。
べつにこだわりがあって大事にしていたわけではない。
刃こぼれがあろうと、折れなかった。
ただそれだけで使い続けていたものだった。
柄を握る拳を守るために、たしかに鍔がある。
翼状のものが。
賊の言う特徴も、俺そのもの。
これまで俺は、誰にも自分の身元を明かさなかった。
それは失敗だったかもしれない。
せめて村長やジャックくらいには、出自を明かしておくべきだったろうか?
そうであったなら、万一に備えて打ち合わせておくこともできた。
賊が俺の名を出したとき、ためらいなく俺が村を立ち去りさえすれば、村は無関係で済んでいたはずだ。
おそらくジャックをはじめ何人かは、『俺のことでは?』と、気づきはじめているだろう。
昨日はともかく、今日の賊の話は具体的過ぎた。
噂を聞いてきたというような類ではない。
グランリオの皇太子であったオーウェンの特徴をよく知っている。
それを知っていたうえで、ジャニスのときの騒ぎで俺を見て気づいた、そんな感じだ。
鷲がどうだの紋章がどうだの、そこらの賊が知るはずもないこと。
このあたりに生まれた賊が、ここから遥か遠く、海に臨むマルセデスのことなど知っているとは思えない。
もっとも、俺の顔を知る奴はその逃げたという男だけなのだろう。
——俺に気づいて逃げた賊……、過去を辿れば俺の部下だったのかもしれない——
「奴らがどこにいるのか、わかるのか?」
「ああ、『俺たちに差し出す気になったら、ここに来い』とは、いちおう言われている。それと、自分から名乗った。名は『ロデリック』だと」
俺は目だけでフィルを見た。
フィルもまた、わずかに表情を曇らせ、俺を見た。
何か言いたげに口が開きかけたが、ジャックの前だ。
俺がまた怒ると思い、遠慮したようだった。
その様子からして、どうやらフィルもだいたい同じことを考えたようだった。
予想以上に悪い報せだ。
ロデリックもまた、俺の部下であった男。
俺によって、人生を変えられた男ともいえる。
彼はフィルと同じく、問題のある男でもあった。
しかし、気が短いが信念のあるフィルとは全く違う。
問題の質が違うのだ、とても同列に並べることはできない。
かつて何度か、ロデリックの言動は問題にされたことがあった。
小さな子供がぶつかって服を汚した程度のことで、村の井戸へ毒薬を投げ込ませた。
敵が降伏のために送り出した使者を斬り捨て、警戒を解いた相手を蹂躙し略奪を行なった。
ほかにもいくつか噂になった。
そんな危ない話がついて回る男なのだ。
だがどの噂についても、ただの噂レベル。
真実と証明する確実な証拠はあがらなかった。
事実としても明らかな目撃者はロデリックの部下だけだと思われ、それを証言するものは誰ひとりとしていなかったのだ。
さらに悪いことにロデリックは、グランリオ国内有数の実力者の血縁でもあった。
それを疑惑だけで責めて中途半端な処分を行えば、どんな復讐的行動に出るかわからない。
噂の内容が内容だけに、誰もがいまひとつ踏み込めずにいたのだ。
相手がロデリックとわかったなら、もはや時間の猶予はない。
噂通りに行動する危険な男なら、この村に夜襲をかけて火を放つ暴挙に出ても驚きはない。
俺は、かつての噂は正しかったと、今まさに感じている。
火の無い所に煙は立たないと世間は言う。
複数回も疑惑が煙のように立ち昇るなら、噂も限りなく真実へと近づいていく。
そして今回、賊を率いてきたと本人がいうなら、過去の答えは出たも同然。
かつての火元であるという何よりの証拠にほかならないだろう。
噂は噂ではなく、間違いのない事実だったのだ。
いや、今は過ぎた過去のことなどどうでもいい。
考えるべきは今。
この村のために、するべきことがある。
それは決して、この家に引き籠ることなどではなかった。
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