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第六十七話
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俺は剣を引き寄せ、柄に刻まれた紋章を親指で何度もこする。
そこには俺が生まれた国、マルセデスの紋章があった。
いまでは傷だらけで、打痕もひどい。
もう一目見ただけでは、それが何を表すのか、元の図柄を知る者でないとわからないようになってしまっている。
だが、俺にはわかる。
はっきりと、見える。
剣を止まり木にして、翼を広げる鷲の姿。
そしてその下には、すり減って読めぬようになってはいるが、『信じる者のために生きよ』と綴られていた。
たとえ傷だらけになり、一部が欠けて絵も字も判別できなくなろうとも、俺にとってその意味するところは永遠に変わらない。
——信じる者のために生きるならば——
嵐のような困難は、俺がすべて引き受けよう。
この村を襲う災いを引きはがすために、俺がここを去る。
やはり、追われる運命は変えられなかったか。
「悪いが、一緒に来てくれ、ジャック」
「どこへ行くんだ?」
「村長に会いに行くぞ」
俺はジャックと連れ立って、村長の家へと向かった。
そのあとからフィルもついてきた。
夕飯の直前だった家族に頭を下げ、団欒を邪魔することを詫びる。
ただならぬ様子だと思ったのか、村長は俺たちをすぐ別室に通した。
それから家族には、「呼ばれるまで誰も来ないように」と念を押す。
席に着くなり、「世間話は要らぬようだな。聞こう」と村長が俺をうながした。
初めて見るはずのフィルなのに、この者は誰だと、説明を求めたりすることもなかった。
俺は挨拶も早々に、つまらぬ昔話をはじめた。
これまで誰にも語らずにいた過去。
ジャニスにさえ、話していない。
俺は自分の愛する女にも、過去のすべてを話していなかったのだ。
俺はジャニスやジャック、セスや村長くらいには、信じられていたのだと思いたい。
だが結局のところ……
俺自身は誰も信じていなかったのかもしれない。
こんなかたちで話すことになろうとは、思ってもいなかった。
忘れた気でいた、昔の話。
それは、おおよそこんな話だった。
このシャーウッド村のある国、つまり今いる場所はモンテルレイになる。
その隣に、グランリオという国があった。
グランリオ王には、子供が一人だけいた。
側室が複数いることが当たり前の王にしては、一人とはひどく少ない。
が、できないものは仕方のないことだった。
それだけに唯一の血を引く我が子に対する、グランリオ王の愛着は強かった。
その愛する子供が十五の誕生日を迎えた日。
成人を迎え、皇太子として立つその日。
グランリオ中を揺るがす、大事件が起きた。
式典の直前、主役のはずの皇太子が失踪したのだ。
発覚直後より、上へ下への大騒ぎ。
国を挙げての捜索が一年にわたり行われた。
城で、街で、村で。
山で、森で、川で。
しかし、皇太子殿下の行方はようとして知れなかった。
失踪直後こそ、手柄争いをするかのように、懸命に捜索がなされた。
だが、一ヶ月が経ち、三ヶ月、半年……
やがて一年も経つ頃には、すっかりあきらめに変わっていた。
すると、どうなるだろうか?
口には出さぬものの、多くの者が同じ事を考えていた。
そう、『皇太子はすでにこの世界に生きてはいない』、と。
皇太子が消え、時を経て希望的観測も萎んでゆく。
すると当然のように跡目争いが起こった。
それは国を二分する激しい争いになり、明け透けに語られることはないものの、多くの血が流れたと噂された。
この状況を嘆き、王と側近たちは頭を悩ませた。
どちらの側の候補者が皇太子に立てられても、血が流れた経緯を鑑みるに、波乱が起こることは間違いない。
片方は納得せず、内戦となること待ったなしの情勢であった。
この苦境に悩み抜いたグランリオ王が考え出した、一つの奇策。
それが俺の運命を大きく変えた。
そこには俺が生まれた国、マルセデスの紋章があった。
いまでは傷だらけで、打痕もひどい。
もう一目見ただけでは、それが何を表すのか、元の図柄を知る者でないとわからないようになってしまっている。
だが、俺にはわかる。
はっきりと、見える。
剣を止まり木にして、翼を広げる鷲の姿。
そしてその下には、すり減って読めぬようになってはいるが、『信じる者のために生きよ』と綴られていた。
たとえ傷だらけになり、一部が欠けて絵も字も判別できなくなろうとも、俺にとってその意味するところは永遠に変わらない。
——信じる者のために生きるならば——
嵐のような困難は、俺がすべて引き受けよう。
この村を襲う災いを引きはがすために、俺がここを去る。
やはり、追われる運命は変えられなかったか。
「悪いが、一緒に来てくれ、ジャック」
「どこへ行くんだ?」
「村長に会いに行くぞ」
俺はジャックと連れ立って、村長の家へと向かった。
そのあとからフィルもついてきた。
夕飯の直前だった家族に頭を下げ、団欒を邪魔することを詫びる。
ただならぬ様子だと思ったのか、村長は俺たちをすぐ別室に通した。
それから家族には、「呼ばれるまで誰も来ないように」と念を押す。
席に着くなり、「世間話は要らぬようだな。聞こう」と村長が俺をうながした。
初めて見るはずのフィルなのに、この者は誰だと、説明を求めたりすることもなかった。
俺は挨拶も早々に、つまらぬ昔話をはじめた。
これまで誰にも語らずにいた過去。
ジャニスにさえ、話していない。
俺は自分の愛する女にも、過去のすべてを話していなかったのだ。
俺はジャニスやジャック、セスや村長くらいには、信じられていたのだと思いたい。
だが結局のところ……
俺自身は誰も信じていなかったのかもしれない。
こんなかたちで話すことになろうとは、思ってもいなかった。
忘れた気でいた、昔の話。
それは、おおよそこんな話だった。
このシャーウッド村のある国、つまり今いる場所はモンテルレイになる。
その隣に、グランリオという国があった。
グランリオ王には、子供が一人だけいた。
側室が複数いることが当たり前の王にしては、一人とはひどく少ない。
が、できないものは仕方のないことだった。
それだけに唯一の血を引く我が子に対する、グランリオ王の愛着は強かった。
その愛する子供が十五の誕生日を迎えた日。
成人を迎え、皇太子として立つその日。
グランリオ中を揺るがす、大事件が起きた。
式典の直前、主役のはずの皇太子が失踪したのだ。
発覚直後より、上へ下への大騒ぎ。
国を挙げての捜索が一年にわたり行われた。
城で、街で、村で。
山で、森で、川で。
しかし、皇太子殿下の行方はようとして知れなかった。
失踪直後こそ、手柄争いをするかのように、懸命に捜索がなされた。
だが、一ヶ月が経ち、三ヶ月、半年……
やがて一年も経つ頃には、すっかりあきらめに変わっていた。
すると、どうなるだろうか?
口には出さぬものの、多くの者が同じ事を考えていた。
そう、『皇太子はすでにこの世界に生きてはいない』、と。
皇太子が消え、時を経て希望的観測も萎んでゆく。
すると当然のように跡目争いが起こった。
それは国を二分する激しい争いになり、明け透けに語られることはないものの、多くの血が流れたと噂された。
この状況を嘆き、王と側近たちは頭を悩ませた。
どちらの側の候補者が皇太子に立てられても、血が流れた経緯を鑑みるに、波乱が起こることは間違いない。
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それが俺の運命を大きく変えた。
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