REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

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第六十八話

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 皇太子の失踪したグランリオのさらに隣には、マルセデスという小国があった。
 グランリオの国に比べてしまえば、吹けば飛ぶような小さな国土。
 ただし、それは面積だけに限った話であった。
 海に面したマルセデスは、漁業と交易で栄えていた。
 大海に突き出た二本の半島が囲むように伸び、大きな湾をつくる。
 大洋の大波から守られたこの地は、まさに神の恵み。
 マルセデスの首都、港町ポートアーサー。
 俺はそこの生まれだ。

 グランリオとマルセデスには、通じるものがあった。
 この両国、古きを辿れば祖先が同じなのだ。
 小国だが大きな港を持つマルセデス。
 大国だが内陸にあり海への玄関口を持たぬグランリオ。
 経済的な意味においても、両国は切り離せぬ密接な関係にあった。
 皇太子の失踪したグランリオの王は、『祖先が同じである』というところに目をつけた。
 そして考え出されたのが、両国の合併だ。

 マルセデス国を併合し、グランリオに。
 グランリオの空いた皇太子の座に、マルセデスの皇太子をすえ、将来の王とする。
 二分する派のどちらかが王につくより、大きな港を持つマルセデスを国に加えることの方が、グランリオ全体にとって大きな利益になることは明白だった。
 この先、内戦になれば国は乱れる。
 そこを他国にでも攻め込まれれば、領土の維持もままならないだろう。
 この王の奇策に、当初は反発する声もあった。
 しかし国内で揉める両候補に、グランリオ王の策を超える提案があるはずもない。
 両陣営は屈するよりほかなかった。
 一方でマルセデスにとっても悪い話ではない。
 国の名は一地方の名に下がるが、王子が大国の王となるのだ。
 そうして国の枠を超えての養子縁組が行われ、グランリオに新しい皇太子が立つことになった。
 それが俺だった。

 それからの数年は、忙しい日々だった。
 そして充実した日々でもあった。
 大国の王になるには、学ばねばならぬことが多くある。
 潮風に吹かれ、気ままに海に漕ぎ出してはサボっていた、マルセデスのときとは違うのだ。
 歴史に土木、建築。
 国際情勢に地域情勢、国家の支配者や有力者に大商人たち。
 楽だったのは元々得意だった剣技の時間だけ。
 俺の剣技はグランリオの王宮で学ぶような、上品なものではない。
 育った地、マルセデス流。
 基本こそ教えられたものの、あとは実戦だ。
 港で喧嘩をふっかけては争い、文字通り身体に傷を負いつつ、身に付けたもの。
 教えられて学ぶような上品さはない。
 それにグランリオの者どもが文句を言おうにも、誰も俺に勝てないのだ。
 自分が弱くなる剣を学ぶものなど、この世界に存在するはずもない。

 地方に送られ、現場に出て指揮もとった。
 兵の指揮はもちろん、土木や建築もだ。
 実際的な細々とした作業など、俺にはできるはずもない。
 しかし兵の指揮も、土木建築も、基本は同じ。
 まず情報を集め、何が必要か、何が目的かを見極める。
 そして適切な人、場所、資材を選び、運用する。
 生きた現場で学ぶことは、座って聞かされるより何倍も楽しい。
 正解も間違いも、目の前で答えになって現れるから。
 講師の子守唄のような高説を座って聞かされても、尻が痛くなるばかりだ。
 この経験はシャーウッドの村でも生きた。
 現場での経験がなければ、この村での櫓や柵の設置はできなかったろう。
 俺には実際の細かな作業など、村の者たちのように器用にはできない。
 だが出来上がりを噛み砕いて説明し、それがどう役に立つのかを説くのだ。
 必要性や目的を納得してもらえさえすれば、愚直でまじめな者たちだ、へんに金で雇った者より早く、正確に、堅牢な物が出来上がった。
 なにしろ自分たちのためのものだから。

 話が逸れた、元に戻そう。
 期待され、それに応える。
 するとみんなが俺を讃えてくれる。
 その繰り返しは楽しく、それが続いていくことを疑わなかった。
 だが、そんなグランリオでの皇太子としての日々も、終わりを迎えることになる。
 いま思うに、きっかけは婚約だったのだろう。

 マルセデスとグランリオ両国がひとつになった、記念すべき日から五年後。
 俺の婚約が発表された。
 相手は王の遠縁で、家の格としても理想的。
 さらにはグランリオを代表するといわれた、美しい娘だった。
 その黒く輝く美しい髪から、夜空を纏う女神と評されていたほどに。
 このとき、この国の未来が固まった。
 皇太子の婚約者争いとは、これもまた、ある意味で戦争。
 他国から迎えるならともかく、国内からの嫁探しとなれば、それは熾烈な争いだった。
 将来の王妃を輩出すれば、その一族の繁栄は長きに渡り約束されたも同然。
 やがて来る新王の時代の、基本的権力構造の決定。
 俺の婚約とは、それを意味していた。
 こうして当面の権力レースに一つのケリがついた。
 そのはずだった。
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