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第六十九話
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婚約が成された直後のこと。
『失踪していたかつての皇太子が地方都市で発見され、保護された』
こんな真偽不明な噂が囁かれた。
噂の内容が内容だけに人々の興味を惹き、それは瞬く間に広がった。
当初、王宮でこれを真に受ける者はいなかった。
あれだけ国を探しても見つからなかったのだ。
発見者にはその身分を問わず、莫大な懸賞金や地位を約束してさがさせた。
それこそ草の根を分けてまで調べられたはずなのだ。
無数の人々の目から隠れて暮らすなど、あり得ない話だ。
が、話が話であり、国中に広まった噂を放っておくわけにもいかない。
先の皇太子の教育係であったという、失踪した王子をよく知る者が招集され、噂のその都市へと急遽派遣された。
そしてすぐ、驚きの報告がもたらされた。
『王の実子に間違いない』と。
これは大きな騒ぎとなった。
いまさらの王子の帰還に、誰もが耳を疑った。
しかし、紛れもなく失踪した皇太子本人だったのだ。
王族とは思えぬほどに、その身体はやせ細り、髪や肌は荒れていた。
だが特徴のどれもが、本人であることを示していたのだ。
幼少時に転落したときにできた足の傷跡。
うなじの大きなほくろ。
グランリオ王とよく似た風貌。
瞳や髪の色……
そして幼少期についての正確な思い出。
逆に、かつての皇太子であることを否定するような証拠は、一切見つからなかった。
いま思えば、ことの発端たる失踪事件。
それ自体が王位の簒奪を狙う血縁者による犯行だったのだろう。
皇太子の排除、国の混乱、絶好の機会の到来……
そこまでは良かったのだ。
狙い通り。
だがグランリオ王は予想外の奇策を繰り出した。
この奇手が、ことのほか上手くいった。
交易の盛んな港を領土に加えることに成功。
迎えた養子は正式な皇太子に。
皇太子の評判も良く、突き崩す隙はない。
さらには婚約者までも決定してしまった。
そうなればもう、当面の権力構造は決定したも同然。
もう一度、強制的にやり直しを図るには、これしかない。
王をも畏れぬも大罪人の最後の切り札。
それがかつて自らが誘拐した、王の実子の解放だったのだろう。
こうしてグランリオの国は、新たな局面を迎えた。
ふたたび権力闘争の幕が開けようとしているのは、誰の目にも明らかだった。
これは俺にとって非常にまずい状況だった。
突然舞い戻った王の実子と、養子ではあるが正式な皇太子の対立構造だ。
俺や実子に争う気がなくとも、まわりは放ってはおかない。
『内戦になるやもしれん』
『争いになれば、どちらかが死ぬまで収まらんぞ』
口の悪いものたちは、すぐさまそう噂した。
俺の後ろ盾は、なんといっても現グランリオ王。
そもそも俺をグランリオへと連れてきた当人だ。
ところがその王の、死んだと思われていた実子が生きていた。
これでは頼りようもない。
では、婚約者の父親はどうであろうか?
この男は、非常に優れた人格者だった。
道理を理解し、へんに肩入れすることのない公正さを持った好人物。
俺の婚約者である娘もただ美しいだけでなく、その美徳を受け継いでいたし、そこが気に入って選んだ。
だが、人格者はどこまでいっても人格者に過ぎない。
平時においては理想的ではある。
が、野心を隠さぬ賢しい者の方が、混乱時には役に立つ。
義理の父になるはずだった男は、悲劇の被害者である実子を慮る発言を繰り返した。
それが人格者と評される彼らしさだと、理解はできる。
理解はできるのだ。
しかし、生き馬の目を抜くような政争の場では、あまりに愚か。
あり得ない言動だった。
彼が何かを発言するたび、空気が変わっていくのを感じざるを得なかった。
『娘を傷つけぬよう、泥水を被ってでも皇太子の即位を押し通す』
そういう姿勢をまわりは期待した。
しかし彼の発言は親族や協力者を失望させ、不安にさせるだけのものだった。
ポートアーサーから連れて来た側近。
グランリオで、俺によく尽くしてくれた者達。
多くの者を交え、何度も激論が交わされた。
戦争上等の過激な強硬派もいれば、王と王の実子を交え協調すべきと主張する者たちもいた。
会議では結論が出ないまま、ただただ日が過ぎてゆく。
仕方のないことだ。
直面している事態には、はっきりとした善悪や正誤は存在しない。
答えが簡単にわかるような事態ではないのだ。
いたずらに時ばかりが過ぎた。
そうこうしているうち、ついには側近の家族に危害が加えられるという事件が発生してしまう。
事ここに至り、俺自身が決断することとなった。
『失踪していたかつての皇太子が地方都市で発見され、保護された』
こんな真偽不明な噂が囁かれた。
噂の内容が内容だけに人々の興味を惹き、それは瞬く間に広がった。
当初、王宮でこれを真に受ける者はいなかった。
あれだけ国を探しても見つからなかったのだ。
発見者にはその身分を問わず、莫大な懸賞金や地位を約束してさがさせた。
それこそ草の根を分けてまで調べられたはずなのだ。
無数の人々の目から隠れて暮らすなど、あり得ない話だ。
が、話が話であり、国中に広まった噂を放っておくわけにもいかない。
先の皇太子の教育係であったという、失踪した王子をよく知る者が招集され、噂のその都市へと急遽派遣された。
そしてすぐ、驚きの報告がもたらされた。
『王の実子に間違いない』と。
これは大きな騒ぎとなった。
いまさらの王子の帰還に、誰もが耳を疑った。
しかし、紛れもなく失踪した皇太子本人だったのだ。
王族とは思えぬほどに、その身体はやせ細り、髪や肌は荒れていた。
だが特徴のどれもが、本人であることを示していたのだ。
幼少時に転落したときにできた足の傷跡。
うなじの大きなほくろ。
グランリオ王とよく似た風貌。
瞳や髪の色……
そして幼少期についての正確な思い出。
逆に、かつての皇太子であることを否定するような証拠は、一切見つからなかった。
いま思えば、ことの発端たる失踪事件。
それ自体が王位の簒奪を狙う血縁者による犯行だったのだろう。
皇太子の排除、国の混乱、絶好の機会の到来……
そこまでは良かったのだ。
狙い通り。
だがグランリオ王は予想外の奇策を繰り出した。
この奇手が、ことのほか上手くいった。
交易の盛んな港を領土に加えることに成功。
迎えた養子は正式な皇太子に。
皇太子の評判も良く、突き崩す隙はない。
さらには婚約者までも決定してしまった。
そうなればもう、当面の権力構造は決定したも同然。
もう一度、強制的にやり直しを図るには、これしかない。
王をも畏れぬも大罪人の最後の切り札。
それがかつて自らが誘拐した、王の実子の解放だったのだろう。
こうしてグランリオの国は、新たな局面を迎えた。
ふたたび権力闘争の幕が開けようとしているのは、誰の目にも明らかだった。
これは俺にとって非常にまずい状況だった。
突然舞い戻った王の実子と、養子ではあるが正式な皇太子の対立構造だ。
俺や実子に争う気がなくとも、まわりは放ってはおかない。
『内戦になるやもしれん』
『争いになれば、どちらかが死ぬまで収まらんぞ』
口の悪いものたちは、すぐさまそう噂した。
俺の後ろ盾は、なんといっても現グランリオ王。
そもそも俺をグランリオへと連れてきた当人だ。
ところがその王の、死んだと思われていた実子が生きていた。
これでは頼りようもない。
では、婚約者の父親はどうであろうか?
この男は、非常に優れた人格者だった。
道理を理解し、へんに肩入れすることのない公正さを持った好人物。
俺の婚約者である娘もただ美しいだけでなく、その美徳を受け継いでいたし、そこが気に入って選んだ。
だが、人格者はどこまでいっても人格者に過ぎない。
平時においては理想的ではある。
が、野心を隠さぬ賢しい者の方が、混乱時には役に立つ。
義理の父になるはずだった男は、悲劇の被害者である実子を慮る発言を繰り返した。
それが人格者と評される彼らしさだと、理解はできる。
理解はできるのだ。
しかし、生き馬の目を抜くような政争の場では、あまりに愚か。
あり得ない言動だった。
彼が何かを発言するたび、空気が変わっていくのを感じざるを得なかった。
『娘を傷つけぬよう、泥水を被ってでも皇太子の即位を押し通す』
そういう姿勢をまわりは期待した。
しかし彼の発言は親族や協力者を失望させ、不安にさせるだけのものだった。
ポートアーサーから連れて来た側近。
グランリオで、俺によく尽くしてくれた者達。
多くの者を交え、何度も激論が交わされた。
戦争上等の過激な強硬派もいれば、王と王の実子を交え協調すべきと主張する者たちもいた。
会議では結論が出ないまま、ただただ日が過ぎてゆく。
仕方のないことだ。
直面している事態には、はっきりとした善悪や正誤は存在しない。
答えが簡単にわかるような事態ではないのだ。
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そうこうしているうち、ついには側近の家族に危害が加えられるという事件が発生してしまう。
事ここに至り、俺自身が決断することとなった。
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