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第七十八話
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——いったい、何人斬った? 十五か、それ以上か?——
すでにもう余裕はない。
五より先の数など、数えてもいなかった。
はじめは囃し立て、盛り上げて威勢のよかった連中も、今では飼い慣らされ、番犬の役割を忘れた犬のように大人しい。
ただ見守るだけの存在だ。
盛んだった罵声や嘲笑はすでになく、俺の剣と相手の剣が斬り結ぶ甲高い音だけが、ときおり草原に響く。
賊同士の仲間意識などという、そんな大層なものが奴らにあるのかどうかなんて、俺にはわからない。
それでも挑戦者が次々に討ち取られていくのを目の前で見せられれば、くだらん連中であっても何か感じるものがあるらしい。
処刑台の前に並んでいる者とは、決して俺だけではない。
それどころか、奴らの方が俺より前に並んでいるかもしれなかった。
時折剣戟の響く静かな戦いではあったが、俺はある音に悩まされはじめていた。
戦いを経るごとに息があがり、自分の呼吸音がうるさくて仕方ない。
この場でただひとり、俺だけがずっと動き続けている。
もっと、もっとと、身体は大量の空気を欲しがった。
自らの命を賭け、十人からの人数と連続でやり合っているのだ。
余裕などあろうはずもない。
打身もあれば、傷もある。
血も流れているし、当然、疲労もある。
奴らをひとり、またひとりと地獄へ送り込めば送り込むほど、間違いなく俺自身も限界へと近づいていく。
俺が限界に辿り着いた時……
それは地獄の門に辿り着く時だ。
今の俺を支えているのは、生きることへの執着ではない。
シャーウッドの村に来たフィルと立ちあったときには、たしかに執着があった。
まだ死ねない、と。
だが、シャーウッドに背を向けた今となっては、そんなものはもう何もない。
ここを切り抜けたとて、一人でグランリオを討ちに向かうと決めていた。
国を一人で倒す?
土台無理な話だ。
やがて消えゆく運命だろう。
では、何が今の俺を支えているのか?
皮肉なことにそれは、俺を目の前にして自分が死ぬのではと恐怖に震えだす、卑しい賊どもの顔だった。
はじめこそ金に目が眩み、喜び勇んで向かってきた。
そんな連中が今では自分の番を恐れ、仲間に押し出されて嫌々前に出てくるのだ。
その顔こそ、その怯えた様子こそが、俺を奮い立たせた。
大陸一と評された頃の、強い自分。
自信にあふれ、相手を圧倒し、ねじ伏せていく。
かつての自分に戻ったような感覚。
俺は、いつしかそれに酔いはじめていた。
かつてアリーに語ったことがある。
強さは人を酔わす、と。
いままさに、自分がその中にいた。
——俺こそが、王にふさわしい! 俺こそが強者!——
——なのに、なのになぜ…… こんなところで終わらねばならん——
額の汗が目に入り、思わず顔をしかめる。
そのわずかな隙に、死角からの打撃。
遅れながらもどうにか受け止め、払いのける。
が、腕にじんとした痺れが残った。
もう腕には力が入らなくなりはじめている。
——死ぬな、これは。確実に死ぬ——
ここで倒れてしまえば、確保されて一時的には生き永らえることができるだろう。
だが結局、待つのは処刑による死だ。
身柄を送られ、恥を晒すことになるだろう。
こうなると目の前の敵のことなど、どうでもよくなってくる。
眼前の敵と斬り結びつつ思い出されるのは、過去のことばかりだった。
——俺はなんのためにここまで——
以前にも、くたくたになり、あきらめたことがあった。
そうだ、あれは……
ジャニスと会う前も、同じだった。
判断を間違えて失敗し、裏切られてすべて失った。
そんな俺は何も考えられず、ただただ、あきらめ彷徨うばかり。
満足に食えず、どこへ向かえばいいのかもわからない。
追手におびえ、碌に眠れない。
神経はすり減り、川面を下る木の葉が螺旋を描きながら渦へ飲まれるかのように、落ちてゆく精神はとめどない。
そんな絶望に追い込まれた俺の元へ、彼女が踏み込んできたのだ。
俺が拒んだのに、土足で入ってきた。
辺境の村娘が、俺の中へと入ってきた。
それはただ、無駄に生き延びただけのことだったのだろうか。
遅いか早いかの違い?
いや、そんなことはない。
裏切りの中で俺が討ち取られていたなら……
出会うより前に山中で行き倒れていたなら……
俺がいなければ、ジャニスはあの日、死んでいた。
確実に。
そうだ、俺が変えたのだ。
それだけでも、俺の生に意味はある。
あきらめなければ、なにかが変わる!
振り下ろされる剣をかい潜り、身体ごと剣をぶつける。
柔らかい腹部をかき斬ってひとつ死を与え、代わりに俺はまた生き残る。
「殺してみろ‼︎ 俺は降伏など絶対にしない! 全員倒して進んでみせよう!」
もう何人目かわからぬ賊を倒し、俺は空に向かって吠えた。
すでにもう余裕はない。
五より先の数など、数えてもいなかった。
はじめは囃し立て、盛り上げて威勢のよかった連中も、今では飼い慣らされ、番犬の役割を忘れた犬のように大人しい。
ただ見守るだけの存在だ。
盛んだった罵声や嘲笑はすでになく、俺の剣と相手の剣が斬り結ぶ甲高い音だけが、ときおり草原に響く。
賊同士の仲間意識などという、そんな大層なものが奴らにあるのかどうかなんて、俺にはわからない。
それでも挑戦者が次々に討ち取られていくのを目の前で見せられれば、くだらん連中であっても何か感じるものがあるらしい。
処刑台の前に並んでいる者とは、決して俺だけではない。
それどころか、奴らの方が俺より前に並んでいるかもしれなかった。
時折剣戟の響く静かな戦いではあったが、俺はある音に悩まされはじめていた。
戦いを経るごとに息があがり、自分の呼吸音がうるさくて仕方ない。
この場でただひとり、俺だけがずっと動き続けている。
もっと、もっとと、身体は大量の空気を欲しがった。
自らの命を賭け、十人からの人数と連続でやり合っているのだ。
余裕などあろうはずもない。
打身もあれば、傷もある。
血も流れているし、当然、疲労もある。
奴らをひとり、またひとりと地獄へ送り込めば送り込むほど、間違いなく俺自身も限界へと近づいていく。
俺が限界に辿り着いた時……
それは地獄の門に辿り着く時だ。
今の俺を支えているのは、生きることへの執着ではない。
シャーウッドの村に来たフィルと立ちあったときには、たしかに執着があった。
まだ死ねない、と。
だが、シャーウッドに背を向けた今となっては、そんなものはもう何もない。
ここを切り抜けたとて、一人でグランリオを討ちに向かうと決めていた。
国を一人で倒す?
土台無理な話だ。
やがて消えゆく運命だろう。
では、何が今の俺を支えているのか?
皮肉なことにそれは、俺を目の前にして自分が死ぬのではと恐怖に震えだす、卑しい賊どもの顔だった。
はじめこそ金に目が眩み、喜び勇んで向かってきた。
そんな連中が今では自分の番を恐れ、仲間に押し出されて嫌々前に出てくるのだ。
その顔こそ、その怯えた様子こそが、俺を奮い立たせた。
大陸一と評された頃の、強い自分。
自信にあふれ、相手を圧倒し、ねじ伏せていく。
かつての自分に戻ったような感覚。
俺は、いつしかそれに酔いはじめていた。
かつてアリーに語ったことがある。
強さは人を酔わす、と。
いままさに、自分がその中にいた。
——俺こそが、王にふさわしい! 俺こそが強者!——
——なのに、なのになぜ…… こんなところで終わらねばならん——
額の汗が目に入り、思わず顔をしかめる。
そのわずかな隙に、死角からの打撃。
遅れながらもどうにか受け止め、払いのける。
が、腕にじんとした痺れが残った。
もう腕には力が入らなくなりはじめている。
——死ぬな、これは。確実に死ぬ——
ここで倒れてしまえば、確保されて一時的には生き永らえることができるだろう。
だが結局、待つのは処刑による死だ。
身柄を送られ、恥を晒すことになるだろう。
こうなると目の前の敵のことなど、どうでもよくなってくる。
眼前の敵と斬り結びつつ思い出されるのは、過去のことばかりだった。
——俺はなんのためにここまで——
以前にも、くたくたになり、あきらめたことがあった。
そうだ、あれは……
ジャニスと会う前も、同じだった。
判断を間違えて失敗し、裏切られてすべて失った。
そんな俺は何も考えられず、ただただ、あきらめ彷徨うばかり。
満足に食えず、どこへ向かえばいいのかもわからない。
追手におびえ、碌に眠れない。
神経はすり減り、川面を下る木の葉が螺旋を描きながら渦へ飲まれるかのように、落ちてゆく精神はとめどない。
そんな絶望に追い込まれた俺の元へ、彼女が踏み込んできたのだ。
俺が拒んだのに、土足で入ってきた。
辺境の村娘が、俺の中へと入ってきた。
それはただ、無駄に生き延びただけのことだったのだろうか。
遅いか早いかの違い?
いや、そんなことはない。
裏切りの中で俺が討ち取られていたなら……
出会うより前に山中で行き倒れていたなら……
俺がいなければ、ジャニスはあの日、死んでいた。
確実に。
そうだ、俺が変えたのだ。
それだけでも、俺の生に意味はある。
あきらめなければ、なにかが変わる!
振り下ろされる剣をかい潜り、身体ごと剣をぶつける。
柔らかい腹部をかき斬ってひとつ死を与え、代わりに俺はまた生き残る。
「殺してみろ‼︎ 俺は降伏など絶対にしない! 全員倒して進んでみせよう!」
もう何人目かわからぬ賊を倒し、俺は空に向かって吠えた。
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