79 / 90
第七十九話
しおりを挟む
さあ、次だ。
そう思った。
しかし、どうにも様子がおかしい。
次の番手の出足が鈍いのは、もう何人も前からだ。
それにしても、今回は時間がかかり過ぎていた。
待ち時間がしんどく、膝に手をつくなり、どかっと地面に腰を下ろすなりしたい。
休みたかった。
水が欲しい。
しかしいったん楽をしてしまえば、相手に引っ張り上げられなければ二度と立てないだろう。
弱みを見せてはいけないのだ。
敵よりもなによりも、自分自身に。
折れた心を立て直すことは難しい。
ただまっすぐに立ち、遠く山の端をにらみつけ、精一杯のなんともない振りを続けて待つ。
疲れていない、まだやれると言う虚勢。
するとようやく、奴らに動きが見えた。
動きだす影。
それはこれまでと違い、一つだけではなかった。
——まあ、最後はそうなるだろうな——
どうやらもう、一騎打ちの時間は終わりのようだ。
ありがたいことに、俺はこいつらの誰よりも間違いなく強い、『この場で最強である』、という最高評価を頂戴したらしかった。
誰ひとりとして、疲れきって倒れる直前の俺であっても、真正面からでは勝てない。
ならば、どうするか?
答えは簡単なことだ。
残った全員で、袋にすればいい。
それしかない。
じつに単純な答えだ。
残った賊は七か? 十か?
距離をとりつつ俺を囲むように動きはじめた。
疲れ切っている俺を恐れているのか、ずいぶんと俺から間をとる緩やかな包囲網。
奴ら同士の距離は遠く、スカスカだ。
訓練なら叱り飛ばされてしまうほどに、ひどい囲み方。
俺は思わず笑ってしまう。
しかしその緩い囲みでさえ、走って突破できるほどの余力は残っていなかった。
——向こうが総出で来るなら、俺だって休憩を要求してもいいはずだ——
わずかでも休息の時間が欲しい俺は、ロデリックの姿を探し、視界の正面にすえた。
あいも変わらず安全な背後に隠れたままだった。
自分は包囲に参加せず、後方から叫ぶばかりである。
「ロデリック! 見世物の時間は終わりか。そっちの役者ども、すでに舞台にはあがらないようだぞ」
「クソ面白くない舞台なぞ、途中で打ち切りが常だ。そんなことも知らんのか」
「そうかそうか、それはすまないな。主役の俺の、力不足かな?」
「クッ、言いたいのはそれだけか」
「言いたいこと? どうかな……、ないな。言いたいことがあるのは俺じゃない。むしろ俺より、おまえの方じゃないのか?」
「なんだと?」
「悪党とはいえ、男が一度決めた約束を破るんだ。なら、普通ひとことあるだろう」
「約束なんかねえよ、俺がルールだ。俺のやりたいようにやる。思い上がるなよ」
「それがロデリック流の、上に立つ者の在り方ってわけか? 今も、安全な場所に隠れているようだが」
「だまれ、黙れよ。
あんたのその、『俺が常識だ』みたいな言い方、昔から嫌いなんだよ。その口が動くのも、あとわずかだ、せいぜい覚悟しておけ」
口だけは威勢を保っていたが、ロデリックは右に左にと血走った目を忙しく動かして、部下どもの反応を気にしていた。
少しはロデリックの中にも、常識的な感覚がまだ残っているのかもしれない。
こんなリーダーのもとには、碌な奴は集まらないだろう。
だからこそ、ロデリックは部下の一挙手一投足が気になって仕方ないのだ。
集まる部下からの視線を払うように手を振り、「やれ!」と叫ぶ。
その笛に応じて踊りだすはずの手下たちは、ロデリックの望むようには動いてくれない。
二度三度と部下を叱咤するも、動きは鈍く、にじり寄る素振りだけ。
戦う意思を明確に示すような動きにならない。
ロデリックが唾を飛ばしてけしかける声だけが、朝の澄んだ空気のせいか草原に異様に響いていた。
その一方で焦れているのはロデリックだけではない。
休むために煽って時間をつくりはしたが、俺とて自分から動き出したいのというのが偽らざる本音。
いまのところ、我先にと攻め込んでくる賊はいない。
がそれだけに、逆に動き出すときは皆一斉にかかって来るはずだ。
複数に囲まれて攻撃されれば、どうしても受けに回らざるを得ない。
長い忍耐になるだろう。
さらなる体力の消耗は避けられない。
それよりもこちらから先手を取り、各個にあたって一人でも先に倒してしまいたいのだ。
理想は先手であるが、それを実行するだけの体力がない。
気持ちの上では『今ここで!』となるが、身体は蔦でも絡みついているのかと思うほどに反応してくれない。
掛け声で動かぬのはロデリックの配下だけではなく、俺の身体もそうだった。
そう思った。
しかし、どうにも様子がおかしい。
次の番手の出足が鈍いのは、もう何人も前からだ。
それにしても、今回は時間がかかり過ぎていた。
待ち時間がしんどく、膝に手をつくなり、どかっと地面に腰を下ろすなりしたい。
休みたかった。
水が欲しい。
しかしいったん楽をしてしまえば、相手に引っ張り上げられなければ二度と立てないだろう。
弱みを見せてはいけないのだ。
敵よりもなによりも、自分自身に。
折れた心を立て直すことは難しい。
ただまっすぐに立ち、遠く山の端をにらみつけ、精一杯のなんともない振りを続けて待つ。
疲れていない、まだやれると言う虚勢。
するとようやく、奴らに動きが見えた。
動きだす影。
それはこれまでと違い、一つだけではなかった。
——まあ、最後はそうなるだろうな——
どうやらもう、一騎打ちの時間は終わりのようだ。
ありがたいことに、俺はこいつらの誰よりも間違いなく強い、『この場で最強である』、という最高評価を頂戴したらしかった。
誰ひとりとして、疲れきって倒れる直前の俺であっても、真正面からでは勝てない。
ならば、どうするか?
答えは簡単なことだ。
残った全員で、袋にすればいい。
それしかない。
じつに単純な答えだ。
残った賊は七か? 十か?
距離をとりつつ俺を囲むように動きはじめた。
疲れ切っている俺を恐れているのか、ずいぶんと俺から間をとる緩やかな包囲網。
奴ら同士の距離は遠く、スカスカだ。
訓練なら叱り飛ばされてしまうほどに、ひどい囲み方。
俺は思わず笑ってしまう。
しかしその緩い囲みでさえ、走って突破できるほどの余力は残っていなかった。
——向こうが総出で来るなら、俺だって休憩を要求してもいいはずだ——
わずかでも休息の時間が欲しい俺は、ロデリックの姿を探し、視界の正面にすえた。
あいも変わらず安全な背後に隠れたままだった。
自分は包囲に参加せず、後方から叫ぶばかりである。
「ロデリック! 見世物の時間は終わりか。そっちの役者ども、すでに舞台にはあがらないようだぞ」
「クソ面白くない舞台なぞ、途中で打ち切りが常だ。そんなことも知らんのか」
「そうかそうか、それはすまないな。主役の俺の、力不足かな?」
「クッ、言いたいのはそれだけか」
「言いたいこと? どうかな……、ないな。言いたいことがあるのは俺じゃない。むしろ俺より、おまえの方じゃないのか?」
「なんだと?」
「悪党とはいえ、男が一度決めた約束を破るんだ。なら、普通ひとことあるだろう」
「約束なんかねえよ、俺がルールだ。俺のやりたいようにやる。思い上がるなよ」
「それがロデリック流の、上に立つ者の在り方ってわけか? 今も、安全な場所に隠れているようだが」
「だまれ、黙れよ。
あんたのその、『俺が常識だ』みたいな言い方、昔から嫌いなんだよ。その口が動くのも、あとわずかだ、せいぜい覚悟しておけ」
口だけは威勢を保っていたが、ロデリックは右に左にと血走った目を忙しく動かして、部下どもの反応を気にしていた。
少しはロデリックの中にも、常識的な感覚がまだ残っているのかもしれない。
こんなリーダーのもとには、碌な奴は集まらないだろう。
だからこそ、ロデリックは部下の一挙手一投足が気になって仕方ないのだ。
集まる部下からの視線を払うように手を振り、「やれ!」と叫ぶ。
その笛に応じて踊りだすはずの手下たちは、ロデリックの望むようには動いてくれない。
二度三度と部下を叱咤するも、動きは鈍く、にじり寄る素振りだけ。
戦う意思を明確に示すような動きにならない。
ロデリックが唾を飛ばしてけしかける声だけが、朝の澄んだ空気のせいか草原に異様に響いていた。
その一方で焦れているのはロデリックだけではない。
休むために煽って時間をつくりはしたが、俺とて自分から動き出したいのというのが偽らざる本音。
いまのところ、我先にと攻め込んでくる賊はいない。
がそれだけに、逆に動き出すときは皆一斉にかかって来るはずだ。
複数に囲まれて攻撃されれば、どうしても受けに回らざるを得ない。
長い忍耐になるだろう。
さらなる体力の消耗は避けられない。
それよりもこちらから先手を取り、各個にあたって一人でも先に倒してしまいたいのだ。
理想は先手であるが、それを実行するだけの体力がない。
気持ちの上では『今ここで!』となるが、身体は蔦でも絡みついているのかと思うほどに反応してくれない。
掛け声で動かぬのはロデリックの配下だけではなく、俺の身体もそうだった。
0
あなたにおすすめの小説
「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。
夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。
もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。
純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく!
最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる