REBIRTH〜国を追われ、名を捨てて〜

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第八十三話

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「殿下?」
「悪いな、フィル。ロデリックとは一生縁がなかったとあきらめてくれ。それにどうせ、おまえの相手になるほどの腕はないぞ、こいつにはな。俺にはどうあっても決着をつけねばならない理由がある。村のこともある。それに何より、俺は自分自身の過去を斬らねばならんのだ。
 ロデリックよ、さあ、剣をとれ。喜ぶがいい。貴様はまだ負けてはいないのだ。おまえが持ち出したはじめの約束に立ち返り、俺と一騎討ちといこう。疲れ果てた俺と、まだロクに剣も振っていない貴様。条件としては悪くなかろう? 勝てば文句なく貴様の勝利。この場では誰にも手は出させぬ。必ず生きて帰れると、我が名に誓って約束しよう」
 それから俺はフィルをみて、「……悪いがそういうことだ、無理にでも譲ってもらうぞ」と声をかけた。
 フィルはどうぞと手で示し、軽く頭を下げた。
 ロデリックの身体は震えている。
 泣いているのかもしれなかった。
 もうすでに負けた気で、あるいは死んだ気でいるのだろうか?
 結果が見えていようとも、決着だけはつけなければならない。
 元の主人である俺へと刃を向けたのだ、大罪には厳罰が必要。
 しかし、それは俺が許せば済むことでもある。
 もしもそれが、俺に向けた刃だけであったならば……
 すでに村は被害を被り、怪我人だって出ている。
 それを俺が許して無罪放免では、とても済まされない。
 フィルが言ったように、こいつが俺を愛しているかどうかは知らぬ。
 が、俺に拘っているロデリックを生かしておけば、必ずまたやってくる。
 仮に、この場でどれだけ真摯に反省を示したとしてもだ。
「ロデリックよ、俺はとうに限界を越えた。今すぐ倒れて眠りたいほどにな。
 しかし、なぜだろうな、なぜかはわからんが、気力だけは衰えん。衰えるどころか、これまでにないほどの昂り。そういう意味では、戦いで自分を取り戻せというおまえの気遣い、それに感謝すべきであろうな。
 ……どうした? 来ないなら、こちらから行くぞ」
 そうは言ったものの、さすがに四つん這いのままの相手を斬り捨てるわけにはいかない。
 どうしようかと思いあぐねていると、ロデリックはよろよろと立ち上る。
「クソ! いったいなんでこんなことになった。あんたのせいだ。俺はあんたが王になるという夢に乗っかった。それなのに、肝心なところで日和りやがったのはおまえではないか。おかげで俺は出世どころか、賊にまで落とされた。そうだ、おまえの命で責任を取りやがれ!」
 大声で悪態をつきながら、大振りの剣が空を斬る。
 見え見えの攻撃は剣で受けるにも値せず、俺が軽く身を交わすたびに、前のめりになって通り過ぎていく。
 同じ光景が何度も繰り返された。
『俺のせいだ』という、こいつの恨み言もわかる。
 本来は『勝ち組』であったはずなのだ、ある時までは。
 しかし、ここまでのこの男の人生すべてが俺のせいなのだろうか?
 いや、そんなことはない。
 俺はそこまで責任を取れない。
 何度振っても俺に当たらない程度の剣技。
 特別な冴えをみせるどころか墓穴を掘ってしまう程度の智謀。
 捨てられない過去の名誉に地位。
——それでも賊の頭になれるなら、別の何かにでも成れたはずだろうに……——
 ロデリックもそれなりの家の出であったのだ。
 その成れの果てを目の前にして、ひどく悲しくなった。
——全部ではない。だが、幾らかの責任が俺にあることも事実。ならばこの男にこれ以上の醜態を晒させぬよう、楽にしてやるのも俺の役目——
 俺は自分の想いを整理し終えると、全力の一振りでキリをつける。
 今や高く登った太陽を目指さんばかりに、血しぶきが上がった。



「すまなかった。そして、ありがとう。助かった」
 二度目だ。
 すべてを失ったはずの俺は、二度、女に救われた。
 汗のせいか髪は顔に張り付き、いささか泥に塗れた俺の女神を抱き寄せる。
「怪我はないか?」
「大丈夫よ。怪我人に心配されるほどの怪我なんてないわ」
「フィル、おまえのおかげだ。来てくれなければ、こうはならなかった」
「やっと認めていただけますか」
「ああ、間違っているのは俺の方であった。争わぬ者には勝利は得られぬと言ったおまえの言葉、真実であった。俺は今日戦ったからこそ、おまえも、ジャニスも、失わずにすんだ」
「はじめからそうすればよかったのです」
「そう簡単に言うな。俺は、おまえほど割り切りがよくないんでな」
「それはもう、よく存じております」
 フィルと俺は笑いあった。
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