83 / 90
第八十三話
しおりを挟む
「殿下?」
「悪いな、フィル。ロデリックとは一生縁がなかったとあきらめてくれ。それにどうせ、おまえの相手になるほどの腕はないぞ、こいつにはな。俺にはどうあっても決着をつけねばならない理由がある。村のこともある。それに何より、俺は自分自身の過去を斬らねばならんのだ。
ロデリックよ、さあ、剣をとれ。喜ぶがいい。貴様はまだ負けてはいないのだ。おまえが持ち出したはじめの約束に立ち返り、俺と一騎討ちといこう。疲れ果てた俺と、まだロクに剣も振っていない貴様。条件としては悪くなかろう? 勝てば文句なく貴様の勝利。この場では誰にも手は出させぬ。必ず生きて帰れると、我が名に誓って約束しよう」
それから俺はフィルをみて、「……悪いがそういうことだ、無理にでも譲ってもらうぞ」と声をかけた。
フィルはどうぞと手で示し、軽く頭を下げた。
ロデリックの身体は震えている。
泣いているのかもしれなかった。
もうすでに負けた気で、あるいは死んだ気でいるのだろうか?
結果が見えていようとも、決着だけはつけなければならない。
元の主人である俺へと刃を向けたのだ、大罪には厳罰が必要。
しかし、それは俺が許せば済むことでもある。
もしもそれが、俺に向けた刃だけであったならば……
すでに村は被害を被り、怪我人だって出ている。
それを俺が許して無罪放免では、とても済まされない。
フィルが言ったように、こいつが俺を愛しているかどうかは知らぬ。
が、俺に拘っているロデリックを生かしておけば、必ずまたやってくる。
仮に、この場でどれだけ真摯に反省を示したとしてもだ。
「ロデリックよ、俺はとうに限界を越えた。今すぐ倒れて眠りたいほどにな。
しかし、なぜだろうな、なぜかはわからんが、気力だけは衰えん。衰えるどころか、これまでにないほどの昂り。そういう意味では、戦いで自分を取り戻せというおまえの気遣い、それに感謝すべきであろうな。
……どうした? 来ないなら、こちらから行くぞ」
そうは言ったものの、さすがに四つん這いのままの相手を斬り捨てるわけにはいかない。
どうしようかと思いあぐねていると、ロデリックはよろよろと立ち上る。
「クソ! いったいなんでこんなことになった。あんたのせいだ。俺はあんたが王になるという夢に乗っかった。それなのに、肝心なところで日和りやがったのはおまえではないか。おかげで俺は出世どころか、賊にまで落とされた。そうだ、おまえの命で責任を取りやがれ!」
大声で悪態をつきながら、大振りの剣が空を斬る。
見え見えの攻撃は剣で受けるにも値せず、俺が軽く身を交わすたびに、前のめりになって通り過ぎていく。
同じ光景が何度も繰り返された。
『俺のせいだ』という、こいつの恨み言もわかる。
本来は『勝ち組』であったはずなのだ、ある時までは。
しかし、ここまでのこの男の人生すべてが俺のせいなのだろうか?
いや、そんなことはない。
俺はそこまで責任を取れない。
何度振っても俺に当たらない程度の剣技。
特別な冴えをみせるどころか墓穴を掘ってしまう程度の智謀。
捨てられない過去の名誉に地位。
——それでも賊の頭になれるなら、別の何かにでも成れたはずだろうに……——
ロデリックもそれなりの家の出であったのだ。
その成れの果てを目の前にして、ひどく悲しくなった。
——全部ではない。だが、幾らかの責任が俺にあることも事実。ならばこの男にこれ以上の醜態を晒させぬよう、楽にしてやるのも俺の役目——
俺は自分の想いを整理し終えると、全力の一振りでキリをつける。
今や高く登った太陽を目指さんばかりに、血しぶきが上がった。
「すまなかった。そして、ありがとう。助かった」
二度目だ。
すべてを失ったはずの俺は、二度、女に救われた。
汗のせいか髪は顔に張り付き、いささか泥に塗れた俺の女神を抱き寄せる。
「怪我はないか?」
「大丈夫よ。怪我人に心配されるほどの怪我なんてないわ」
「フィル、おまえのおかげだ。来てくれなければ、こうはならなかった」
「やっと認めていただけますか」
「ああ、間違っているのは俺の方であった。争わぬ者には勝利は得られぬと言ったおまえの言葉、真実であった。俺は今日戦ったからこそ、おまえも、ジャニスも、失わずにすんだ」
「はじめからそうすればよかったのです」
「そう簡単に言うな。俺は、おまえほど割り切りがよくないんでな」
「それはもう、よく存じております」
フィルと俺は笑いあった。
「悪いな、フィル。ロデリックとは一生縁がなかったとあきらめてくれ。それにどうせ、おまえの相手になるほどの腕はないぞ、こいつにはな。俺にはどうあっても決着をつけねばならない理由がある。村のこともある。それに何より、俺は自分自身の過去を斬らねばならんのだ。
ロデリックよ、さあ、剣をとれ。喜ぶがいい。貴様はまだ負けてはいないのだ。おまえが持ち出したはじめの約束に立ち返り、俺と一騎討ちといこう。疲れ果てた俺と、まだロクに剣も振っていない貴様。条件としては悪くなかろう? 勝てば文句なく貴様の勝利。この場では誰にも手は出させぬ。必ず生きて帰れると、我が名に誓って約束しよう」
それから俺はフィルをみて、「……悪いがそういうことだ、無理にでも譲ってもらうぞ」と声をかけた。
フィルはどうぞと手で示し、軽く頭を下げた。
ロデリックの身体は震えている。
泣いているのかもしれなかった。
もうすでに負けた気で、あるいは死んだ気でいるのだろうか?
結果が見えていようとも、決着だけはつけなければならない。
元の主人である俺へと刃を向けたのだ、大罪には厳罰が必要。
しかし、それは俺が許せば済むことでもある。
もしもそれが、俺に向けた刃だけであったならば……
すでに村は被害を被り、怪我人だって出ている。
それを俺が許して無罪放免では、とても済まされない。
フィルが言ったように、こいつが俺を愛しているかどうかは知らぬ。
が、俺に拘っているロデリックを生かしておけば、必ずまたやってくる。
仮に、この場でどれだけ真摯に反省を示したとしてもだ。
「ロデリックよ、俺はとうに限界を越えた。今すぐ倒れて眠りたいほどにな。
しかし、なぜだろうな、なぜかはわからんが、気力だけは衰えん。衰えるどころか、これまでにないほどの昂り。そういう意味では、戦いで自分を取り戻せというおまえの気遣い、それに感謝すべきであろうな。
……どうした? 来ないなら、こちらから行くぞ」
そうは言ったものの、さすがに四つん這いのままの相手を斬り捨てるわけにはいかない。
どうしようかと思いあぐねていると、ロデリックはよろよろと立ち上る。
「クソ! いったいなんでこんなことになった。あんたのせいだ。俺はあんたが王になるという夢に乗っかった。それなのに、肝心なところで日和りやがったのはおまえではないか。おかげで俺は出世どころか、賊にまで落とされた。そうだ、おまえの命で責任を取りやがれ!」
大声で悪態をつきながら、大振りの剣が空を斬る。
見え見えの攻撃は剣で受けるにも値せず、俺が軽く身を交わすたびに、前のめりになって通り過ぎていく。
同じ光景が何度も繰り返された。
『俺のせいだ』という、こいつの恨み言もわかる。
本来は『勝ち組』であったはずなのだ、ある時までは。
しかし、ここまでのこの男の人生すべてが俺のせいなのだろうか?
いや、そんなことはない。
俺はそこまで責任を取れない。
何度振っても俺に当たらない程度の剣技。
特別な冴えをみせるどころか墓穴を掘ってしまう程度の智謀。
捨てられない過去の名誉に地位。
——それでも賊の頭になれるなら、別の何かにでも成れたはずだろうに……——
ロデリックもそれなりの家の出であったのだ。
その成れの果てを目の前にして、ひどく悲しくなった。
——全部ではない。だが、幾らかの責任が俺にあることも事実。ならばこの男にこれ以上の醜態を晒させぬよう、楽にしてやるのも俺の役目——
俺は自分の想いを整理し終えると、全力の一振りでキリをつける。
今や高く登った太陽を目指さんばかりに、血しぶきが上がった。
「すまなかった。そして、ありがとう。助かった」
二度目だ。
すべてを失ったはずの俺は、二度、女に救われた。
汗のせいか髪は顔に張り付き、いささか泥に塗れた俺の女神を抱き寄せる。
「怪我はないか?」
「大丈夫よ。怪我人に心配されるほどの怪我なんてないわ」
「フィル、おまえのおかげだ。来てくれなければ、こうはならなかった」
「やっと認めていただけますか」
「ああ、間違っているのは俺の方であった。争わぬ者には勝利は得られぬと言ったおまえの言葉、真実であった。俺は今日戦ったからこそ、おまえも、ジャニスも、失わずにすんだ」
「はじめからそうすればよかったのです」
「そう簡単に言うな。俺は、おまえほど割り切りがよくないんでな」
「それはもう、よく存じております」
フィルと俺は笑いあった。
0
あなたにおすすめの小説
「お前の戦い方は地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん、その正体は大陸を震撼させた伝説の暗殺者。
夏見ナイ
ファンタジー
「地味すぎる」とギルドをクビになったおっさん冒険者アラン(40)。彼はこれを機に、血塗られた過去を捨てて辺境の村で静かに暮らすことを決意する。その正体は、10年前に姿を消した伝説の暗殺者“神の影”。
もう戦いはこりごりなのだが、体に染みついた暗殺術が無意識に発動。気配だけでチンピラを黙らせ、小石で魔物を一撃で仕留める姿が「神業」だと勘違いされ、噂が噂を呼ぶ。
純粋な少女には師匠と慕われ、元騎士には神と崇められ、挙句の果てには王女や諸国の密偵まで押しかけてくる始末。本人は畑仕事に精を出したいだけなのに、彼の周りでは勝手に伝説が更新されていく!
最強の元暗殺者による、勘違いスローライフファンタジー、開幕!
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
魔力ゼロで出来損ないと追放された俺、前世の物理学知識を魔法代わりに使ったら、天才ドワーフや魔王に懐かれて最強になっていた
黒崎隼人
ファンタジー
「お前は我が家の恥だ」――。
名門貴族の三男アレンは、魔力を持たずに生まれたというだけで家族に虐げられ、18歳の誕生日にすべてを奪われ追放された。
絶望の中、彼が死の淵で思い出したのは、物理学者として生きた前世の記憶。そして覚醒したのは、魔法とは全く異なる、世界の理そのものを操る力――【概念置換(コンセプト・シフト)】。
運動エネルギーの法則【E = 1/2mv²】で、小石は音速の弾丸と化す。
熱力学第二法則で、敵軍は絶対零度の世界に沈む。
そして、相対性理論【E = mc²】は、神をも打ち砕く一撃となる。
これは、魔力ゼロの少年が、科学という名の「本当の魔法」で理不尽な運命を覆し、心優しき仲間たちと共に、偽りの正義に支配された世界の真実を解き明かす物語。
「君の信じる常識は、本当に正しいのか?」
知的好奇心が、あなたの胸を熱くする。新時代のサイエンス・ファンタジーが、今、幕を開ける。
友人(勇者)に恋人も幼馴染も取られたけど悔しくない。 だって俺は転生者だから。
石のやっさん
ファンタジー
パーティでお荷物扱いされていた魔法戦士のセレスは、とうとう勇者でありパーティーリーダーのリヒトにクビを宣告されてしまう。幼馴染も恋人も全部リヒトの物で、居場所がどこにもない状態だった。
だが、此の状態は彼にとっては『本当の幸せ』を掴む事に必要だった
何故なら、彼は『転生者』だから…
今度は違う切り口からのアプローチ。
追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
掘鑿王(くっさくおう)~ボクしか知らない隠しダンジョンでSSRアイテムばかり掘り出し大金持ち~
テツみン
ファンタジー
『掘削士』エリオットは、ダンジョンの鉱脈から鉱石を掘り出すのが仕事。
しかし、非戦闘職の彼は冒険者仲間から不遇な扱いを受けていた。
ある日、ダンジョンに入ると天災級モンスター、イフリートに遭遇。エリオットは仲間が逃げ出すための囮(おとり)にされてしまう。
「生きて帰るんだ――妹が待つ家へ!」
彼は岩の割れ目につるはしを打ち込み、崩落を誘発させ――
目が覚めると未知の洞窟にいた。
貴重な鉱脈ばかりに興奮するエリオットだったが、特に不思議な形をしたクリスタルが気になり、それを掘り出す。
その中から現れたモノは……
「えっ? 女の子???」
これは、不遇な扱いを受けていた少年が大陸一の大富豪へと成り上がっていく――そんな物語である。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう
お餅ミトコンドリア
ファンタジー
パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。
だが、全くの無名。
彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。
若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。
弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。
独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。
が、ある日。
「お久しぶりです、師匠!」
絶世の美少女が家を訪れた。
彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。
「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」
精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。
「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」
これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。
(※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。
もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです!
何卒宜しくお願いいたします!)
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる