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店主に急いで礼を言って一旦場を離れると、本棚を物色するスカーレットの元へと向かう。埃を被った本棚には変わった背表紙の本や、背表紙すらない本も並べられている。
スカーレットに訳を話すと、彼女も手に持っていた本を積読の上に戻して店主の元へと向かう。
「すみません店主さん、、。」
「いえいえお気になさらず。それよりも、そんなに慌ててどうしたんじゃ?」
不思議そうに首を傾げる店主に向かって、隣に立っているスカーレットが質問を投げかける。
「その少年が最後に此処を訪れた時の話を聞かせてほしい。」
「久しぶりの再会じゃったから話が弾んでな。ーーああそうじゃった。最後に本を預かっておったんじゃ。」
「本?」
「また取りに来るから預かっておいてくれと言われてな。あれからかなり経ってしまっておるから、忘れてしまったのかもしれんが。」
その言葉にスカーレットは何かに気がついた様だ。長い指を顎に当てて少し考えると、再び店主に向き直る。
「その本は何処にある。」
「奥の部屋に保管してあるんじゃが、それが何か?」
「見せてみろ。」
やや高圧的な態度ではあるが店主の方は特に気にした様子は無いようだ。了承した彼は部屋の奥へと下がり、少し時間が経った後、1冊の本を手に抱えて戻ってきた。
『空のなまえ』と書かれた青い表紙の本だ。
「普通の本、ですね。」
思わずセシリアはそう呟いた。何か細工のなされた本という訳でも無さそうだし、内容もただの旅行記のようだ。
「少し借りるぞ。」
店主から本を借り受けた2人は、店の隅で本をペラペラと捲る。
レビ砂漠を訪れた際には「炎天」のお陰で死にかけた、カルネラ山脈から眺める「暁の空」は最高だった等の内容が書かれている。
筆者であるフォワ・ネールが旅先で出会った空について記述したものであり、本当に単なる旅行記だった。
「内容もいたって普通ですね。」
「そうだな。」
「シシィはどうしてこの本を?」
「あいつは空が好きだったからな。単純に気に入った本を借りようとしただけという可能性もある。ーーーだが、就任式の前に嘘をついてまでこの街へ訪れ、そのまま借りれば良いはずの本をわざわざ店主に預けておいた。どうみても不自然だろう。」
その間も本を捲る手を止めない。
そして、とあるページに辿り着いた瞬間その手を止めた。ランファンの街から眺める「紺碧」の空は大層美しいーー内容はいたって普通だが、そのページには白い折り畳まれた紙が挟まれていた。
「当たりだな。」
スカーレットはそのメモを摘み、匂いを嗅ぐと満足気に微笑む。その白い紙には何も書かれていない。
「えっ、でもその紙何も書かれていませんよ?」
「一旦此処を出るぞ。」
そう言うとスカーレットは「空のなまえ」と書かれた本を閉じると店主の元へと向かう。本を受け取った店主は彼女の顔を眺め、少し驚いた様に微笑んだ。
セシリアは「またおいで。」と店主が言った様に聞こえたが、スカーレットは何も反応を返すことは無かった。
建物の外に出ると、スカーレットは懐からマッチを取り出した。手際よく音をたてて擦ると赤々とした火が燃え上がる。
そして、白い紙に近付けようとして
「待ってください!」
「何だ?」
「燃やしたら不味いでしょう!」
「知らないのか。火で炙ると文字が浮き出る。」
「普通の令嬢はそんなこと知りませんよ、、。」
流石のスカーレットも本に囲まれた室内で火をつける様な真似はしなかったようだ。
セシリアを他所に、彼女は白い紙にマッチの火を近づける。すると、黒い文字が現れ始める。シシィの手紙の文字と同じ、ちょっぴり歪んだ文字だ。
*
アルビオン王都内に位置するダンピエール離宮。肌色のレンガに四角くて大きな窓が嵌め込まれ、所々に銀の石細工が施されている。
その宮殿内において、群青色の瞳を持つ1人の男が怒り狂っていた。足元には割れた茶器の破片が散らばっている。
「何故未だにあの男が玉座に座り続けている!」
やや過剰なまでに煌びやかな室内の中心で怒声を上げるのは、シグナス・アルビオンーーこの国の皇帝の弟である。
「落ち着きなさいませ。もう少しの辛抱でございますよ。」
その傍で宥める様に声をかけるのは、アルビオンの栄誉ある牡羊座の星将軍だ。
「5年も待たされたんだぞ!」
「誠に申し訳ありません。思わぬ邪魔が入ったものですから。」
その言葉に苛立ちを隠せない様子でシグナスはなおも怒声をあげ続ける。
「1年先に生まれたというだけで妾の子が皇帝になったんだぞ!その上次の皇帝はあの男の息子だぞ。ーーそれにあの女もだ。あの女狐が邪魔をしたせいで俺は!」
「お気持ちお察しします。私も5年前に邪魔をされましたから。」
尚もにこやかに牡羊座は言葉を続ける。
「順調に計画は進んでおります。手始めに、バーレイ伯爵の倅を唆して目眩しとさせていただきました。このままいけば貴方様が次代の皇帝です。」
つらつらと述べる牡羊座の言葉に安心したのか、シグナスは徐々に怒気をおさめる。
「そうか。ーーやはりお前は誠の忠臣だ、ノルトライン公爵。」
ダンピエール離宮にて、2人の男は謀略を張り巡らせる。片方は目先の欲に囚われ、片方は底知れない計略を笑顔の下に隠して微笑んだ。
スカーレットに訳を話すと、彼女も手に持っていた本を積読の上に戻して店主の元へと向かう。
「すみません店主さん、、。」
「いえいえお気になさらず。それよりも、そんなに慌ててどうしたんじゃ?」
不思議そうに首を傾げる店主に向かって、隣に立っているスカーレットが質問を投げかける。
「その少年が最後に此処を訪れた時の話を聞かせてほしい。」
「久しぶりの再会じゃったから話が弾んでな。ーーああそうじゃった。最後に本を預かっておったんじゃ。」
「本?」
「また取りに来るから預かっておいてくれと言われてな。あれからかなり経ってしまっておるから、忘れてしまったのかもしれんが。」
その言葉にスカーレットは何かに気がついた様だ。長い指を顎に当てて少し考えると、再び店主に向き直る。
「その本は何処にある。」
「奥の部屋に保管してあるんじゃが、それが何か?」
「見せてみろ。」
やや高圧的な態度ではあるが店主の方は特に気にした様子は無いようだ。了承した彼は部屋の奥へと下がり、少し時間が経った後、1冊の本を手に抱えて戻ってきた。
『空のなまえ』と書かれた青い表紙の本だ。
「普通の本、ですね。」
思わずセシリアはそう呟いた。何か細工のなされた本という訳でも無さそうだし、内容もただの旅行記のようだ。
「少し借りるぞ。」
店主から本を借り受けた2人は、店の隅で本をペラペラと捲る。
レビ砂漠を訪れた際には「炎天」のお陰で死にかけた、カルネラ山脈から眺める「暁の空」は最高だった等の内容が書かれている。
筆者であるフォワ・ネールが旅先で出会った空について記述したものであり、本当に単なる旅行記だった。
「内容もいたって普通ですね。」
「そうだな。」
「シシィはどうしてこの本を?」
「あいつは空が好きだったからな。単純に気に入った本を借りようとしただけという可能性もある。ーーーだが、就任式の前に嘘をついてまでこの街へ訪れ、そのまま借りれば良いはずの本をわざわざ店主に預けておいた。どうみても不自然だろう。」
その間も本を捲る手を止めない。
そして、とあるページに辿り着いた瞬間その手を止めた。ランファンの街から眺める「紺碧」の空は大層美しいーー内容はいたって普通だが、そのページには白い折り畳まれた紙が挟まれていた。
「当たりだな。」
スカーレットはそのメモを摘み、匂いを嗅ぐと満足気に微笑む。その白い紙には何も書かれていない。
「えっ、でもその紙何も書かれていませんよ?」
「一旦此処を出るぞ。」
そう言うとスカーレットは「空のなまえ」と書かれた本を閉じると店主の元へと向かう。本を受け取った店主は彼女の顔を眺め、少し驚いた様に微笑んだ。
セシリアは「またおいで。」と店主が言った様に聞こえたが、スカーレットは何も反応を返すことは無かった。
建物の外に出ると、スカーレットは懐からマッチを取り出した。手際よく音をたてて擦ると赤々とした火が燃え上がる。
そして、白い紙に近付けようとして
「待ってください!」
「何だ?」
「燃やしたら不味いでしょう!」
「知らないのか。火で炙ると文字が浮き出る。」
「普通の令嬢はそんなこと知りませんよ、、。」
流石のスカーレットも本に囲まれた室内で火をつける様な真似はしなかったようだ。
セシリアを他所に、彼女は白い紙にマッチの火を近づける。すると、黒い文字が現れ始める。シシィの手紙の文字と同じ、ちょっぴり歪んだ文字だ。
*
アルビオン王都内に位置するダンピエール離宮。肌色のレンガに四角くて大きな窓が嵌め込まれ、所々に銀の石細工が施されている。
その宮殿内において、群青色の瞳を持つ1人の男が怒り狂っていた。足元には割れた茶器の破片が散らばっている。
「何故未だにあの男が玉座に座り続けている!」
やや過剰なまでに煌びやかな室内の中心で怒声を上げるのは、シグナス・アルビオンーーこの国の皇帝の弟である。
「落ち着きなさいませ。もう少しの辛抱でございますよ。」
その傍で宥める様に声をかけるのは、アルビオンの栄誉ある牡羊座の星将軍だ。
「5年も待たされたんだぞ!」
「誠に申し訳ありません。思わぬ邪魔が入ったものですから。」
その言葉に苛立ちを隠せない様子でシグナスはなおも怒声をあげ続ける。
「1年先に生まれたというだけで妾の子が皇帝になったんだぞ!その上次の皇帝はあの男の息子だぞ。ーーそれにあの女もだ。あの女狐が邪魔をしたせいで俺は!」
「お気持ちお察しします。私も5年前に邪魔をされましたから。」
尚もにこやかに牡羊座は言葉を続ける。
「順調に計画は進んでおります。手始めに、バーレイ伯爵の倅を唆して目眩しとさせていただきました。このままいけば貴方様が次代の皇帝です。」
つらつらと述べる牡羊座の言葉に安心したのか、シグナスは徐々に怒気をおさめる。
「そうか。ーーやはりお前は誠の忠臣だ、ノルトライン公爵。」
ダンピエール離宮にて、2人の男は謀略を張り巡らせる。片方は目先の欲に囚われ、片方は底知れない計略を笑顔の下に隠して微笑んだ。
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