3 / 9
死神との出会い
死にたくない、という声
しおりを挟む
烏蓮(うれん)は小屋の扉を押し開けた。
冷え切った室内に、外の雪よりも冷たい静けさが広がっている。死神である彼にとっては何の不都合もない空間だが、腕の中の少女にとってはただの“凍える檻”だ。
それでも今は――ここしかなかった。
烏蓮は少女を古い寝台へそっと横たえる。
湿った布を取り払い、乾いた布をかける。
本来、死神が生者に触れるなどあり得ない行為を、彼の手は淡々と続けている。
淡々としている“ふり”をしているだけだと、本人ですら気づき始めていた。
少女のまぶたは微動だにしない。
だが、魂だけは確かに揺れていた。
――まだ、終わりたくない。
烏蓮は眉をひそめる。
意識すらないはずの少女から、声にならない強い衝動が伝わってきた。
死神には魂の“声”が聴こえる。
それは言葉ではなく、意志そのものだ。
この少女は、弱いくせに強い。
壊れそうなくせに、必死に生を掴もうとしている。
だからこそ厄介だ。
「……なぜそこまで、生に縋る?」
烏蓮の問いは少女に向けられたものではない。
自分自身に向けた、感情の行き場を探すような独白だった。
少女の胸がわずかに上下する。
それがか細くても、途切れそうでも――その動きだけで烏蓮の胸に波紋が広がる。
数刻の沈黙ののち、少女の唇がふるえた。
最初は呼吸の乱れかと思った。
だが次の瞬間、確かに“それ”は言葉になった。
かすかに、震える声で。
「……いや……だ……」
烏蓮は目を見開いた。
少女はまだ完全に意識を取り戻していない。
夢と現実の境で、魂の叫びが声になって漏れただけ。
それでも、その一言にはあまりにも重い意味が宿っていた。
――死にたくない。
死神として、何度も聞いてきた叫び。
だが、それらとは決定的に違う響きだった。
少女の声は弱々しいのに、必死だった。
諦めではなく、“拒絶”だった。
「……生に、縋るか」
烏蓮は少女の手を見下ろす。
氷のように冷たい。
しかし、その指先には確かな意志が残っていた。
死神は、生者の“願い”に触れてはならない。
その願いを叶えることも、壊すことも、いずれにしても禁忌だ。
それでも。
それでも――。
「……まだ、終わらせたくはないのだな」
少女は応えない。
ただ静かに、苦しげに息をするだけ。
烏蓮は静かに立ち上がり、黒い外套を少女にかけた。
死神の衣は冷えを遮るものではない。
ただの布だ。意味を持たない行為だ。
それなのに、自分はなぜか安心している。
禁忌を破り、感情を持ち、救おうとしている。
そんな愚かな行為に気づかぬほど、烏蓮は鈍感ではない。
それでも手は止まらなかった。
少女の胸から、微かな呼吸音が漏れる。
その音を聴きながら、烏蓮は痛いほど自覚する。
――この少女の“生きたい”という声は、私に届いてしまった。
そして、それに応えてしまいたいと思っている自分がいる。
雪は静かに降り続き、小屋の窓を白く染めていく。
死神と少女。
本来、交わるはずのなかった二つの存在の時間が、初めて重なった夜だった。
冷え切った室内に、外の雪よりも冷たい静けさが広がっている。死神である彼にとっては何の不都合もない空間だが、腕の中の少女にとってはただの“凍える檻”だ。
それでも今は――ここしかなかった。
烏蓮は少女を古い寝台へそっと横たえる。
湿った布を取り払い、乾いた布をかける。
本来、死神が生者に触れるなどあり得ない行為を、彼の手は淡々と続けている。
淡々としている“ふり”をしているだけだと、本人ですら気づき始めていた。
少女のまぶたは微動だにしない。
だが、魂だけは確かに揺れていた。
――まだ、終わりたくない。
烏蓮は眉をひそめる。
意識すらないはずの少女から、声にならない強い衝動が伝わってきた。
死神には魂の“声”が聴こえる。
それは言葉ではなく、意志そのものだ。
この少女は、弱いくせに強い。
壊れそうなくせに、必死に生を掴もうとしている。
だからこそ厄介だ。
「……なぜそこまで、生に縋る?」
烏蓮の問いは少女に向けられたものではない。
自分自身に向けた、感情の行き場を探すような独白だった。
少女の胸がわずかに上下する。
それがか細くても、途切れそうでも――その動きだけで烏蓮の胸に波紋が広がる。
数刻の沈黙ののち、少女の唇がふるえた。
最初は呼吸の乱れかと思った。
だが次の瞬間、確かに“それ”は言葉になった。
かすかに、震える声で。
「……いや……だ……」
烏蓮は目を見開いた。
少女はまだ完全に意識を取り戻していない。
夢と現実の境で、魂の叫びが声になって漏れただけ。
それでも、その一言にはあまりにも重い意味が宿っていた。
――死にたくない。
死神として、何度も聞いてきた叫び。
だが、それらとは決定的に違う響きだった。
少女の声は弱々しいのに、必死だった。
諦めではなく、“拒絶”だった。
「……生に、縋るか」
烏蓮は少女の手を見下ろす。
氷のように冷たい。
しかし、その指先には確かな意志が残っていた。
死神は、生者の“願い”に触れてはならない。
その願いを叶えることも、壊すことも、いずれにしても禁忌だ。
それでも。
それでも――。
「……まだ、終わらせたくはないのだな」
少女は応えない。
ただ静かに、苦しげに息をするだけ。
烏蓮は静かに立ち上がり、黒い外套を少女にかけた。
死神の衣は冷えを遮るものではない。
ただの布だ。意味を持たない行為だ。
それなのに、自分はなぜか安心している。
禁忌を破り、感情を持ち、救おうとしている。
そんな愚かな行為に気づかぬほど、烏蓮は鈍感ではない。
それでも手は止まらなかった。
少女の胸から、微かな呼吸音が漏れる。
その音を聴きながら、烏蓮は痛いほど自覚する。
――この少女の“生きたい”という声は、私に届いてしまった。
そして、それに応えてしまいたいと思っている自分がいる。
雪は静かに降り続き、小屋の窓を白く染めていく。
死神と少女。
本来、交わるはずのなかった二つの存在の時間が、初めて重なった夜だった。
0
あなたにおすすめの小説
小さなフェンリルと私の冒険時間 〜ぬくもりに包まれた毎日のはじまり〜
ちょこの
ファンタジー
もふもふな相棒「ヴァイス」と一緒に、今日もダンジョン生活♪
高校生の優衣は、ダンジョンに挑むけど、頼れるのはふわふわの相棒だけ。
ゆるふわ魔法あり、ドキドキのバトルあり、モフモフ癒しタイムも満載!
ほんわか&ワクワクな日常と冒険が交差する、新感覚ファンタジー!
追放された味噌カス第7王子の異種族たちと,のんびり辺境地開発
ハーフのクロエ
ファンタジー
アテナ王国の末っ子の第7王子に産まれたルーファスは魔力が0で無能者と言われ、大陸の妖精族や亜人やモンスターの多い大陸から離れた無人島に追放される。だが前世は万能スキル持ちで魔王を倒し英雄と呼ばれていたのを隠し生まれ変わってスローライフを送る為に無能者を装っていたのだ。そんなルーファスはスローライフを送るつもりが、無人島には人間族以外の種族の独自に進化した先住民がおり、周りの人たちが勝手に動いて気が付けば豊かで平和な強国を起こしていく物語です。
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる
アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。
でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。
でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。
その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。
そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)
冤罪で辺境に幽閉された第4王子
satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。
「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。
辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。
異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?
来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。
そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった!
亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。
「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」
「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」
おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。
現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。
お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、
美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる