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第一話 とある春
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陽気な春の昼下がり。僕はスーパーで一人、黙々とキャベツの品定めをしていた。
出来るだけ良いやつを買ってくれ、と一緒に来た筈の調理担当に頼まれはしたものの、何が違うかまったく分からない。どれもこれも同じ葉にしか見えない。
これで良いと思うのを取り敢えずカゴに入れたが、不安しか残らない。確認を取ろうとも、頼んだ本人はいつの間にか何処かへと消えていた。相変わらず、いい加減を極め切っている。
「——あー! 見つけた!」
噂をすれば、だ。お菓子コーナーの角から、灰色のダボっとしたパーカーを着た調理担当が、月下の芒野原のような、黄金の髪を振り乱して走り寄ってくる。
「見つけた、じゃない。これで良いのか——」
「ちょっとこっち来て!」
ぐわっと凄い勢いで視界が後ろに流れる。
彼女の華奢な身体からは予想だに出来ないような怪力で、僕の身体はあっという間にお菓子のコーナーに吸い込まれた。
大方、また奇抜な袋菓子でも買おうとしているのだろう。新しいものに目が無いから。
「これ、買っても——」
「駄目」
案の定、『新発売! ハバネロとワサビの悪魔的コラボレーション』なんて文言が目に入る。辛いものが苦手な癖に、そんなものなんか買うんじゃない。
「早過ぎ!? お金は私が出すんだからさー! お願いだよー! 買ってくれても——」
「駄目」
上目遣いで目を潤ませても、駄目なものは駄目だ。というか多分、食べたらもっと酷い顔をする事になるだろう。前回死にかけたのを忘れたのか。
「うぇ……分かったよ! 分かりましたよ! 大人しく我慢しますよぉ……」
項垂れる彼女を連れて、レジへ直行した。これ以上変なものを買わせる訳にはいかない。後々泣きを見るのは僕の方だからだ。
「ところで、適当に買ったが、どういうのが良い野菜なんだ?」
「んー……適当? なんか美味しそうなやつ。まー、大丈夫だよ。焼いたら全部一緒だから」
「……お前に聞いたのが間違いだった」
スーパーを出て、さっさと帰路につく。道路には散った桜の花びらが散りばめられていて、風が吹くたびにブワッと舞い上がる。
「こういうのはさー、春って感じがして雅だよね。帰って、一杯やらないかい?」
「未成年に飲ませようとするなって。成人したら付き合うから、我慢してくれ」
「ああ! そうだったそうだった。つい忘れてたよ。残念だよなぁ……これを肴に出来ないなんて! んっ、美味っ」
「花びら食うなよ……」
陽気な事だ。呑気、と言うべきか。
やがて、見えてきた我が家。小高い丘陵にある、緑の多い小洒落た住宅地の一角。
扉を開けて、薄暗い玄関先に荷物を降ろすと、ふさふさした暖かいものに全身を包まれたような感覚に襲われる。
「この味は……今回の厄、段差に小指をぶつける事! ふふん、腰の一つや二つ抜かして……ないね。相変わらず、つまんないなぁ!」
彼女は笑った。その黄金の瞳を、紅く輝かせて。
「……ありがたいけど、そろそろ離してくれ。冷蔵ものもあるから」
「はいはい! 人間は、お腹壊しちゃうもんね!」
巻きついていた半透明の尻尾のようなものが、するすると解けて消えて行く。
——僕の名前は、進条保。何の取り柄もない、休学中の大学生。
そして彼女の名は、悠禅華鐘。厄を食って生計を立てる、人ならざる何かである。
出来るだけ良いやつを買ってくれ、と一緒に来た筈の調理担当に頼まれはしたものの、何が違うかまったく分からない。どれもこれも同じ葉にしか見えない。
これで良いと思うのを取り敢えずカゴに入れたが、不安しか残らない。確認を取ろうとも、頼んだ本人はいつの間にか何処かへと消えていた。相変わらず、いい加減を極め切っている。
「——あー! 見つけた!」
噂をすれば、だ。お菓子コーナーの角から、灰色のダボっとしたパーカーを着た調理担当が、月下の芒野原のような、黄金の髪を振り乱して走り寄ってくる。
「見つけた、じゃない。これで良いのか——」
「ちょっとこっち来て!」
ぐわっと凄い勢いで視界が後ろに流れる。
彼女の華奢な身体からは予想だに出来ないような怪力で、僕の身体はあっという間にお菓子のコーナーに吸い込まれた。
大方、また奇抜な袋菓子でも買おうとしているのだろう。新しいものに目が無いから。
「これ、買っても——」
「駄目」
案の定、『新発売! ハバネロとワサビの悪魔的コラボレーション』なんて文言が目に入る。辛いものが苦手な癖に、そんなものなんか買うんじゃない。
「早過ぎ!? お金は私が出すんだからさー! お願いだよー! 買ってくれても——」
「駄目」
上目遣いで目を潤ませても、駄目なものは駄目だ。というか多分、食べたらもっと酷い顔をする事になるだろう。前回死にかけたのを忘れたのか。
「うぇ……分かったよ! 分かりましたよ! 大人しく我慢しますよぉ……」
項垂れる彼女を連れて、レジへ直行した。これ以上変なものを買わせる訳にはいかない。後々泣きを見るのは僕の方だからだ。
「ところで、適当に買ったが、どういうのが良い野菜なんだ?」
「んー……適当? なんか美味しそうなやつ。まー、大丈夫だよ。焼いたら全部一緒だから」
「……お前に聞いたのが間違いだった」
スーパーを出て、さっさと帰路につく。道路には散った桜の花びらが散りばめられていて、風が吹くたびにブワッと舞い上がる。
「こういうのはさー、春って感じがして雅だよね。帰って、一杯やらないかい?」
「未成年に飲ませようとするなって。成人したら付き合うから、我慢してくれ」
「ああ! そうだったそうだった。つい忘れてたよ。残念だよなぁ……これを肴に出来ないなんて! んっ、美味っ」
「花びら食うなよ……」
陽気な事だ。呑気、と言うべきか。
やがて、見えてきた我が家。小高い丘陵にある、緑の多い小洒落た住宅地の一角。
扉を開けて、薄暗い玄関先に荷物を降ろすと、ふさふさした暖かいものに全身を包まれたような感覚に襲われる。
「この味は……今回の厄、段差に小指をぶつける事! ふふん、腰の一つや二つ抜かして……ないね。相変わらず、つまんないなぁ!」
彼女は笑った。その黄金の瞳を、紅く輝かせて。
「……ありがたいけど、そろそろ離してくれ。冷蔵ものもあるから」
「はいはい! 人間は、お腹壊しちゃうもんね!」
巻きついていた半透明の尻尾のようなものが、するすると解けて消えて行く。
——僕の名前は、進条保。何の取り柄もない、休学中の大学生。
そして彼女の名は、悠禅華鐘。厄を食って生計を立てる、人ならざる何かである。
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