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第一章 お屋敷編
第四十話 井戸と秘密と昼下がり
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井戸。
裏庭の中央に口を開けて佇む井戸。水神様の力の宿るとされている……井戸。
「……」
俺は慎重に井戸に近付いて、そっと中を覗き込む。
暗くて、水面が見えないな……。この前は、はっきりと確認できたはずなのに。天気は今日も晴れているのに、ちょっと妙だ。
底に何か得体の知れない物が棲んでいる様な想像が捗ってしまって……いけないいけない。
気のせいだ。慌てて首を横に振りながらも、更に想像してしまう。
俺を観察している謎の気配の正体って、この辺りの井戸に宿る、水神様なんじゃないか……?
だったらどうして、水神様がそんなことを? そこまで分かる訳がない。
だけど、背筋がすっと冷えていく。ひんやりとした冷気が、仄かに漂い始めて来た様な……。
反対に、例の気配は今は感じない。だけど不気味なのには変わりはなかった。
すぐに俺は桶に水を汲んで、手洗いを澄ませてしまう。
洗い終わった桶を、再び井戸に下ろすと――。
ぽちゃん。静かな音がして。
……。それっきり、何も聞えてくることは無かった。水面は今も見えない。
これ以上、この場にはいると、良くないことが起こるかもしれない。
俺は駆け足で台所に戻って勝手口を閉ざした。
扉が閉まる前の一瞬、隙間から裏庭の景色が見える。
日光が降り注ぐ中、井戸の周りだけが陰っていた。
「ちゃんと洗ってきたぞ」
お茶の間に戻ると食欲旺盛な白狐の双子、灯詠ひよみと都季ときは、さっきまで大皿に乗っていたはずの四つのおにぎりをぺろりと平らげて、更に各々一つのおにぎりを作ろうとしていた。
「良く食うなお前ら」
一人辺り最低でも、四個以上は食べていることになる。体はまだまだちっこいのに、良く食うな……。
「働かざる者食うべからず、なのです」
灯詠は何故か、当然だという風に得意気だ。
「腹が減ってはいくさができぬ」
加えて都季も、しれっと言う。
「働いてもいないし、いくさもしていないだろ……」
まあ確かに、子供は遊ぶのが仕事とは言うし、俺に悪戯をするのも当人たちにとっては悪戯の様な物かもしれないが……。
「それじゃ、俺も作ろうかな」
いつもの場所に腰を下ろして、長方形の大きなちゃぶ台の上に置いて有ったきゅうすから、湯呑に緑茶を注ぐ。
右隣に座っている灯詠も、その向かいの都季も、小さな桶に貯めた水に軽く手を付けた後、そのまま程よい量のご飯を手の平に乗せて、たどたどしい手つきで握り始めている。子狐達は意外と器用らしく、おにぎりの形はすぐに整っていき、綺麗な三角形へと変わっていく。
……あれ。
そう言えば……この世界の獣人達は、全身と同じく手の平ももふもふなはずだ。当然、見れば都季にも灯詠にも、真っ白い毛が手の平にもちゃんと生えていた。
それなのに、子狐達が作ったおにぎりには、毛が一本も混じっていない。
今更になって気が付いたけれど……蓬さんやちよさんが作ってくれた料理に毛が入っていたことも、思い返してみれば一度も無かった。
その秘密は? 答えはすぐに思い付く。
水神様の井戸の、水の力のお陰だ。桶一杯に汲んだ井戸の水は、不思議な力を発揮する。例えば、洗剤が無くても食器を完璧に綺麗に洗うことができる、という様な。
こんな風に料理に毛がつかないというのも、水神様の恩恵なのだろう、きっと。
……水神様。
本当に実在するかはまだ分からないけれど……水神様は、この世界の人達を助けている存在だ。
そんな優しい水神様が、俺の後をずっと付いてきているとは、考えにくかった。
まあ、他の世界から連れて来られた人間の俺を警戒して、観察しているという可能性は有るけれど。
もし本当にそうだったとしても、害を及ぼす様なことは、水神様は決してしないはずだ。
こんなのただの直観に過ぎないけれど……これだけは、信じても大丈夫、だと思う。
「さて、と」
気を取り直して俺も、手を軽く水につけて、おにぎりを作り始める。ご飯のぬくもりが手の平に伝わってくる。思ったよりも熱いかもしれない。
「お、案外難しいな……」
ちょっと多めに米を手に取ってしまったからか、油断していると落としてしまいそうだ。
力を入れ過ぎずに形を整えるのにも、一苦労だ。考えてみれば、こうやって料理を作ったりするのって、調理実習以来だな……。
こぼさない様に、慎重に、慎重に……よし。
「一応、完成だな」
俺は握り終わったおにぎりを一旦大皿の上に置いて、缶の中から海苔を取り出して巻く。
「な、中々っ、個性的な、形なのですねっ……!」
「ざ、斬新で……凄い」
子狐達が口元を抑えて、くくくと愉快そうに笑う。
そりゃあ、俺の作ったおにぎりは、反論できない位には形が崩れ三角形と言うよりも四角形に見えるし、真ん中から分断される寸前なのだが……。
「……形よりも味が大切だろ」
と、苦し紛れに言いながら俺は、塩をちょっとだけまぶしてから、おにぎりを一口食べてみる。
「あ、おいしい」
感想が素直に出てくる。
炊き立てのご飯はふっくらとしていて、塩をまぶしてもほんのりと甘い味がして。海苔の香ばしい香りも、良いアクセントになっている。
不思議と、幸せな気持ちに満たされていくような味だった。
大きめに握ったはずなのに、気が付けば一個目をすぐに完食してしまっていて。
すぐに俺は二つ目をいそいそと作り始めた。
「景だって沢山作っているのです!」
「……食いしんぼ」
子狐達に突っ込まれるのももっともだった。
「そうそう」
結局俺も、大きめのおにぎりを五個も平らげて。昼食後の、のんびりとした時間。
折り紙で何かを作って遊んでいる都季と灯詠に尋ねてみる。おにぎりを作って食べるのに夢中になっていて、忘れていた質問だ。
「何か有ったのですか?」
「どうしたの」
「このお屋敷に今暮らしている人って、全員で七人だよな?」
「えっと、私達二人に、御珠様、十徹、蓬、ちよ、そして景ですから……」
「間違いなく、七人」
子狐達はそれぞれ指折り数えて顔を見合わせてから、頷いてくれた。
確かに、今、このお屋敷に住んでいるのは、御珠様、ちよさん、蓬さん、十徹さん、都季、灯詠、俺の七人で正しいらしい。と、なるとやっぱり……。
「……ここって、幽霊とかは出るのか?」
恐る恐る俺は、本題を切り出した。
裏庭の中央に口を開けて佇む井戸。水神様の力の宿るとされている……井戸。
「……」
俺は慎重に井戸に近付いて、そっと中を覗き込む。
暗くて、水面が見えないな……。この前は、はっきりと確認できたはずなのに。天気は今日も晴れているのに、ちょっと妙だ。
底に何か得体の知れない物が棲んでいる様な想像が捗ってしまって……いけないいけない。
気のせいだ。慌てて首を横に振りながらも、更に想像してしまう。
俺を観察している謎の気配の正体って、この辺りの井戸に宿る、水神様なんじゃないか……?
だったらどうして、水神様がそんなことを? そこまで分かる訳がない。
だけど、背筋がすっと冷えていく。ひんやりとした冷気が、仄かに漂い始めて来た様な……。
反対に、例の気配は今は感じない。だけど不気味なのには変わりはなかった。
すぐに俺は桶に水を汲んで、手洗いを澄ませてしまう。
洗い終わった桶を、再び井戸に下ろすと――。
ぽちゃん。静かな音がして。
……。それっきり、何も聞えてくることは無かった。水面は今も見えない。
これ以上、この場にはいると、良くないことが起こるかもしれない。
俺は駆け足で台所に戻って勝手口を閉ざした。
扉が閉まる前の一瞬、隙間から裏庭の景色が見える。
日光が降り注ぐ中、井戸の周りだけが陰っていた。
「ちゃんと洗ってきたぞ」
お茶の間に戻ると食欲旺盛な白狐の双子、灯詠ひよみと都季ときは、さっきまで大皿に乗っていたはずの四つのおにぎりをぺろりと平らげて、更に各々一つのおにぎりを作ろうとしていた。
「良く食うなお前ら」
一人辺り最低でも、四個以上は食べていることになる。体はまだまだちっこいのに、良く食うな……。
「働かざる者食うべからず、なのです」
灯詠は何故か、当然だという風に得意気だ。
「腹が減ってはいくさができぬ」
加えて都季も、しれっと言う。
「働いてもいないし、いくさもしていないだろ……」
まあ確かに、子供は遊ぶのが仕事とは言うし、俺に悪戯をするのも当人たちにとっては悪戯の様な物かもしれないが……。
「それじゃ、俺も作ろうかな」
いつもの場所に腰を下ろして、長方形の大きなちゃぶ台の上に置いて有ったきゅうすから、湯呑に緑茶を注ぐ。
右隣に座っている灯詠も、その向かいの都季も、小さな桶に貯めた水に軽く手を付けた後、そのまま程よい量のご飯を手の平に乗せて、たどたどしい手つきで握り始めている。子狐達は意外と器用らしく、おにぎりの形はすぐに整っていき、綺麗な三角形へと変わっていく。
……あれ。
そう言えば……この世界の獣人達は、全身と同じく手の平ももふもふなはずだ。当然、見れば都季にも灯詠にも、真っ白い毛が手の平にもちゃんと生えていた。
それなのに、子狐達が作ったおにぎりには、毛が一本も混じっていない。
今更になって気が付いたけれど……蓬さんやちよさんが作ってくれた料理に毛が入っていたことも、思い返してみれば一度も無かった。
その秘密は? 答えはすぐに思い付く。
水神様の井戸の、水の力のお陰だ。桶一杯に汲んだ井戸の水は、不思議な力を発揮する。例えば、洗剤が無くても食器を完璧に綺麗に洗うことができる、という様な。
こんな風に料理に毛がつかないというのも、水神様の恩恵なのだろう、きっと。
……水神様。
本当に実在するかはまだ分からないけれど……水神様は、この世界の人達を助けている存在だ。
そんな優しい水神様が、俺の後をずっと付いてきているとは、考えにくかった。
まあ、他の世界から連れて来られた人間の俺を警戒して、観察しているという可能性は有るけれど。
もし本当にそうだったとしても、害を及ぼす様なことは、水神様は決してしないはずだ。
こんなのただの直観に過ぎないけれど……これだけは、信じても大丈夫、だと思う。
「さて、と」
気を取り直して俺も、手を軽く水につけて、おにぎりを作り始める。ご飯のぬくもりが手の平に伝わってくる。思ったよりも熱いかもしれない。
「お、案外難しいな……」
ちょっと多めに米を手に取ってしまったからか、油断していると落としてしまいそうだ。
力を入れ過ぎずに形を整えるのにも、一苦労だ。考えてみれば、こうやって料理を作ったりするのって、調理実習以来だな……。
こぼさない様に、慎重に、慎重に……よし。
「一応、完成だな」
俺は握り終わったおにぎりを一旦大皿の上に置いて、缶の中から海苔を取り出して巻く。
「な、中々っ、個性的な、形なのですねっ……!」
「ざ、斬新で……凄い」
子狐達が口元を抑えて、くくくと愉快そうに笑う。
そりゃあ、俺の作ったおにぎりは、反論できない位には形が崩れ三角形と言うよりも四角形に見えるし、真ん中から分断される寸前なのだが……。
「……形よりも味が大切だろ」
と、苦し紛れに言いながら俺は、塩をちょっとだけまぶしてから、おにぎりを一口食べてみる。
「あ、おいしい」
感想が素直に出てくる。
炊き立てのご飯はふっくらとしていて、塩をまぶしてもほんのりと甘い味がして。海苔の香ばしい香りも、良いアクセントになっている。
不思議と、幸せな気持ちに満たされていくような味だった。
大きめに握ったはずなのに、気が付けば一個目をすぐに完食してしまっていて。
すぐに俺は二つ目をいそいそと作り始めた。
「景だって沢山作っているのです!」
「……食いしんぼ」
子狐達に突っ込まれるのももっともだった。
「そうそう」
結局俺も、大きめのおにぎりを五個も平らげて。昼食後の、のんびりとした時間。
折り紙で何かを作って遊んでいる都季と灯詠に尋ねてみる。おにぎりを作って食べるのに夢中になっていて、忘れていた質問だ。
「何か有ったのですか?」
「どうしたの」
「このお屋敷に今暮らしている人って、全員で七人だよな?」
「えっと、私達二人に、御珠様、十徹、蓬、ちよ、そして景ですから……」
「間違いなく、七人」
子狐達はそれぞれ指折り数えて顔を見合わせてから、頷いてくれた。
確かに、今、このお屋敷に住んでいるのは、御珠様、ちよさん、蓬さん、十徹さん、都季、灯詠、俺の七人で正しいらしい。と、なるとやっぱり……。
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恐る恐る俺は、本題を切り出した。
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