もふけもわふーらいふ!

夜狐紺

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第一章 お屋敷編

第五十八話 雨夜の儀 二

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「「「かんぱーい!」」」
 御珠みたま様の号令で、お屋敷の皆が一斉に乾杯をする。
 そしてお互いに、盃やコップをコツンと合わせて、響きの良い音を鳴らして。
 お屋敷の裏庭で、梅雨入りをお祝いするパーティーが始まった。

 俺が最初に選んだ飲み物はすっきりとした甘さの、ラムネの様に舌の上でぱちっとはじける味で。
 その他にも、さかさまの傘に溜めた水に浸された竹筒の中の飲み物は、抹茶に、ジュースに、冷製スープという様に、元がこの裏庭の真ん中に有る井戸の水だったとは思えないほどの変化を遂げていた。
 どれも特別な水――水神様の井戸の水を使っているからか、すっきりとしていて、もたれずにいつまでも飲んでいられる様な味だった。
 勿論料理との相性もばっちりで。深夜のはずなのに。いや、だからむしろ、食欲が弾んで――こりゃあ明日は何も食べれないかもなあと思いながらも、食べる手が止まらない。
 ちよさんの反応からして、これらの料理はよもぎさんが一人で内緒で作っておいたものらしく……。蓬さんの本気を垣間見たのだった。
 そして密かに楽しみにしていた稲荷寿司は……期待を全く裏切らず、一口食べただけでもふわっと甘いおあげの味が広がって……とても、上品な味だった。それでいて決して単調な味じゃなくて、病みつきになってしまう様な魔力を持っていて……気が付けば十個ぐらい食べてしまっている自分が居た。
 でもまあ、それは俺だけじゃなくて。皆、夢中になって食べていて、ちょっと多いかなと思っていた料理は多分このペースで行くと、一つも残さずに完食しそうだった。

「おっと……」
 再び稲荷寿司を一つ食べて、コップを傾ける。だけど……飲み物が切れてしまっていた。
 なので、俺は新たにコップに注ぎに行く。
 えっと、それじゃ今度は、これを試してみようかな。
 選んだのは、橙色の光の玉が水面から立ち上る傘。水面に浸してある竹筒から、コップに透明な水を注ぐと……。
「あれっ」
 途端に手の平に伝わってくる温度。ゆらゆらとコップから立ち上ってくるのは、光の玉じゃなくて……湯気で。
「あつっ……」
 軽く水面に触れた指先に、ぴりっとした感覚が走る。
 雨で冷やしていた竹筒の中に入っていた井戸の水のはずなのに。中身が暖まるなんて、不思議だ……。
 指先についた水滴は、おしるこの味がして。とにかく、俺は熱いのが少し苦手だから、このままだとすぐには飲めないな……。
 なので近くの縁側に腰を下ろして、もう少し冷めるのを待つことにした。


「本当に懐かしいのう、二人とも」
「そうだねえ。最後にこの儀式をしたのは確か――」
「……五年前…………」
 お屋敷の大人達、御珠様と蓬さんと十徹とうてつさんは他の縁側に座って、それぞれ盃に汲んだ飲み物――お酒を飲んでいる。
 楽しそうな会話が、こっちの縁側にまで聞こえて来た。
 特に真ん中に座る御珠様と、その左隣に座る蓬さんの間には、飲み干した竹筒がいくつも積み重なっていて。だけどそれでいて特に酷く酔っぱらっている様子もないから……多分、御珠様も蓬さんも、かなり「ザル」なんだろうな……。
 どっちの方が、お酒に強いんだろう? 何となく、蓬さんの方が酒豪なイメージが有るけど……。
「そうか、もう五年……。わらわもちょっとは、成長できていれば良いのだが、のう……」
 御珠様が目を細めて、珍しく少し自信無さげにしっぽをしゅんとさせている。
「大丈夫! たまちゃんはいつも頑張ってるよ!」
 蓬さんが快活に笑って、そんな御珠様の背中を叩いて明るく励ましている。
「……」
 十徹さんもこくりと頷いて、蓬さんの意見に賛同している。
「……励ましてくれるのは嬉しいのだが、のう……それよりも」
 だけど御珠様はどこか不機嫌そうに、頬を膨らませた。……何か有ったのかな?
「蓬も十徹も、皆の前でも呼び名も話し方も普通で良いと言っておるじゃろう? もっとこう、わらわは、親しまれて愛される、街の人皆の友達みたいな感じを目指しておるのだが……」
「いやいや。たまちゃんはこの街を守っているんだから。もっと威厳の有る様にしなきゃ」
「……矢張り『御珠様』が良い」
「むー、おぬしたちは妙なところで頑固なのだから……」
 御珠様が呆れた様に蓬さんと十徹さんを見つめて。それから朗らかに笑った。そして三人は、懐かしそうに、光の玉で溢れかえる庭を眺める。きっと、昔からお屋敷に居た分、思うところも、多いんだろうな……。
 それにしても、『たまちゃん』なのか、御珠様のあだ名って……。何だか、かわいらしい。
「小さい頃は、梅雨になるたびにやっていたんだけどね。あんまりおいしいから飲み過ぎて、お腹を壊しちゃったりして」
「いやいや、それは蓬だけじゃろう? わらわはおぬしと違って、もっと利発な子供だったぞ?」
「もう。私はちゃんと覚えてるからね? たまちゃんと初めて一緒に遠くに遊びに行った時――」
「だ、だめじゃってその話は!」
「十徹君も分かるでしょう? ほら、五年前も、お酒を飲んだたまちゃんが……」
「………………くすっ」
「あーっ! こっそりと笑ったな、十徹! おぬしも蓬と同罪じゃ! 酷いやつなのじゃ!」
 ……やっぱり、既にわりかし酔ってはいるみたいだけど……。普段よりも、声も大きくなっているし。
 とにかく、そんな三人の表情は自然で、とても朗らかに笑っていた。きっと語らいゆく中で、色んな思い出がもっともっと積み重なっているんだろう。


「まさに、絶景。大海のごとし……」
 都季ときがまた、はらりとお札を傘の水面に落とすと、途端に今度は橙色の光が立ち上る。
 そして都季は背伸びをしてそれを見上げて、とても嬉しそうで満足そうな表情を浮かべる。
「絵本みたいなのです!」
 別の傘に灯詠ひよみが落とした札は、濃い緑色の光を生み出して。灯詠は両手を挙げて、はしゃいでいる。
「さあ都季、今度はあっちの方の傘で試しましょう!」
「了解……いざ、迅速に……」
 御珠様から渡された大量の札を手にした子狐達が、傘を避けながらいそいそと歩いていく。
 紅、金、銀、桜色、水色、若草色、藍色……その他にも、次々に庭に新しい色が生まれていく。
 それはどれも、本当に優しい光で、眺めているだけでも、穏やかな気持ちになっていると……。 
「……?」
 ゆらりゆらりと、目の前に湯気が漂ってきた。
 だけどそれは、俺が手にしているおしるこから立ち上っている物じゃない。ちょっとの間じっとしている間に、湯気は収まったのだから。
 ……と、いうことは。
「「あっ……」」
 ちらっと右隣を見てみると、目が合った。
 湯気の立ち上るコップを手に持って、長くてふわふわしたしっぽをゆらりと揺らしたのは……。
 ――ちよさん。
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